「大丈夫なのかよ?」
「平気よ。あたしを誰だと思ってるの」
そう言って傍に居るレインに対しても唇を綻ばせるリネは、上機嫌だ。
――彼女が術の天才で有る事は、その歳では考えられない量の術を使う事から他人でも安易に予想できる。
レインも又、セルシアやリネ本人から何度も彼女が天才である事は聞かされていたが、それは自分の目で見ても分かる‘事実’だった。

だから彼女が自分の得意分野とする‘魔術’を、自分のオリジナルに改造してみたいと思うのも、有る意味当たり前な訳で。
‘原理さえ合っていれば大丈夫’。
そう言って自信満々なリネがレインとセルシアを連れて人気の無い森奥まで来たのはついさっきの出来事だ。
数日前から彼女が自信のオリジナル魔術を創っているのはパーディー全員が気付いていたが(大抵徹夜をしているので翌日は眠そうなのだ。不
機嫌の余りレインとセルシアが良くとばっちりを食らうのに、何故かマロンやアシュリーには手を出したことが無い。彼女の中には格差が有りすぎ
る)、まさかこんなに早く完成させるとは思わなかった。そして、その‘試し撃ち’にレインとセルシアを連れてくる事も、彼等の中では予想外だった。
完成した術を試したいと思うのは人として当たり前だろう。自身が作ったものはさっさと使ってみたい物である。
唯、何故自分達が連れてこられたのだろう。イヴとかロアとか、選択肢はいくらでも合ったはずだ。
百歩譲って幼馴染であるセルシアを連れて来るのは理解できる。唯俺が連れてこられた理由が未だ分からない。
「何で俺まで?」
問い掛ければ、振り返ったリネが微笑を浮かべた。
「何か合ったらあんたに処理して貰おうと思って」
…何て悪知恵のある子なんだ。頭を抱えると同時にセルシアが苦笑した。この調子だとセルシアが連れてこられた理由も多分一緒だ。
詠唱を詠う彼女が、足元に‘造り上げた’魔法陣を浮かび上がらせる。
皮肉さえ無ければ可愛くて天才という典型的なヒロインのイメージなのに。その口の悪さはどうにかならないのだろうか。セルシアの肩を小突いて
静かに問い掛ければ、彼は苦笑して「それがリネだから」と言った。今何気に凄い事を言ったぞこの男。
「――蕭然たる夜を裂く疼痛は、孤高なる烙印をその身に刻む」
リネの指が、上に振り上げられる。
そして指先に小さな五星を描き、振り下ろそうとした瞬間――。

「待て!リネ!!」

――‘それ’に気付いたのはセルシアとほぼ同時だった。
セルシアがリネの体を無理矢理引っ張って、術の軌道を反らさせた。
今まさに彼女の放とうとしていた術は、術者であるリネがセルシアと横転した為間一髪不発に終わる。
「ちょ…何すんのよ!!」
当然怒ると思っていたが、案の定そうだった。直ぐに体を起こしたリネが横で苦笑するセルシアを横暴に殴り始めた。
怒りたくなる気も分かるが、まずは前の景色を見ろ。突っ込みを入れようとして――リネが漸く気付いた。
「…人?」
「ええっと、お取り込み中。すいません…」

リネが放とうとした術の軌道の中心に、‘彼等’は立っていた。




「えっと、僕はピピ・ウィグルアです。宜しくお願いします」
「…文月時雨」
律儀に頭を下げた少年―ピピ―の横、如何にも此方を警戒する様な目をした少年がつまらなさそうに名乗る。
「あたしはコロン。宜しくねー」
そして最後に2人の少年の合間から飛び出して来た少女が笑顔を浮かべた。
さて、向こうが名乗ってくれた以上こっちも名乗るべきだろう。最初に口を開いたのはリネだった。
「あたしはリネ。こっちの馬鹿がレイン」
「そういう説明良くな…」
「うるさい死ね」
レインの言葉を無理矢理遮断した彼女が、横で苦笑するセルシアを横目で見る。
「こっちがセルシア」
「えっと、宜しく?で良いのかな」
――改めて、お互いの名前を挙げた所で沈黙が走った。
聞きたい事は色々有るのだが(何で此処に居るんだとかとりあえず本当に色々)、お互いに口を開けないで居る。
1分2分と時が過ぎて行くが、向こうも何を話せば良いか困っている様だ。時折3人で目を合わせ、気まずそうな顔をしている。
「…どうして、此処に?」
痺れを切らしたセルシアが3人に問い掛けた。一度緊張の線が緩み、リネが身を乗り出す。
「どうして此処に居るのかとかは正直どうでも良いんだけど、あんた達立ってる場所が場所よ。もう少しであたしが人殺しになりそうだったじゃない」
そう言う問題じゃないだろ。まず周りを見ずに術を打とうしたリネが悪い。…と言いたいが言ったところで殴られるのがオチなので敢えて黙っておく。
「知るかよ、そんな事」
答えたのは彼―時雨―だった。恐らく少年の方も相当気が短いのだろう。リネと同タイプと見て良いみたいだ。
「あんた達が変なタイミングで出てきたから術の試し打ちが出来なかったじゃない!」
「だから知るかっつってんだろ!」
明らかに喧嘩腰なリネに、彼も乗せられて炎上した。セルシアと目を合わせ、苦笑する。これは止めるべきだ。今直ぐに。
無駄な争いをしているとリネが術を乱発するかもしれない。そうなったら彼女はもう暴走戦車並の破壊力だ。森一つが焼け野原になるのは覚悟し
ておいた方が良いだろう。
「ちょっとぉ、喧嘩は止めなさいよ」
そんな2人の喧嘩を止めたのは意外にも彼女―コロン―だった。リネと時雨の間に自然と入り込み、2人の仲を適当に繕った後に時雨の方を引っ
張って元居た場所に引き戻す。セルシアがリネの傍により、彼女を傍まで連れてきた。リネも時雨も喧嘩したままだが…争いが収まっただけ良い
としよう。
「…で、改めて。どうして此処へ?」
問い掛ければ罰の悪そうな顔をしたピピが苦笑を浮かべた。
「えっと…実は僕達もよく分からないんです」
「は?」
小首を傾げると身を乗り出してきたのはコロンだった。
「何かさぁ、気付いたら此処に居たって言うの?俄か信じがたい話だと思うんだけど、あたし達も正直どういう事なのかさっぱり分からないのよね」
そう言って彼女もまたピピ同様苦笑を浮かべる。隣の時雨は相変わらずリネを睨んだままだ。恐らくセルシアがリネを掴んでいる手を離したら彼女
は真っ先に時雨に殴りかかりに行くのだろう。それをセルシアも分かってるらしく、出来るだけリネを傍に引き寄せている。…時雨の視線に気付い
たリネが彼に向かって舌を出した。リネの動作に腹を立てた時雨が再び彼女と喧嘩を始めようとして――コロンに止められる。
「止めなさいってー」
「うるせえ!ってかあの馬鹿女どうにかなんねえのかよ!」
「ば、馬鹿女ですって?!」
プライドの高いリネにとってその言葉は結構響いただろう。というか、今まで散々セルシアに甘やかされ、周りにも大事にされてきた彼女としては
自分への暴言など持っての他と感じているに違いない。現に彼女は顔を真っ赤にして今にも時雨に術を放とうとしている。それをセルシアが必死に
宥めている様だ。

「…つまり、時空移動<テレポート>したって事か?」
リネと時雨に構っていたら埒が明かない。大人しく話の通じるピピとコロンに問い掛けた。
「貴方達の言葉ではそう言うの?まあ多分そうなんでしょうね」
コロンが肩を竦める。
…嘘を吐いてる、という訳ではなさそうだ。恐らく彼等の言葉は‘真意’なのだろう。とは言え彼等は何故此処に時空移動させられたのだろうか?
「うーざーいー!!」
「お前がうぜえー!!」
いがみ合いを続ける2人に、流石にコロンと目を合わせて苦笑した。セルシアが2人を止めようとしているが、コロンの様に上手くはいっていない。
寧ろ悪化させてる気がするのは俺だけか?
「時雨、もう止めなよー」
「うっせえ!」
遂には仲間にまで悪態を放つ始末だ。時雨に「煩い」と言われた彼がへこんだ顔を見せた。

「止めろってリネ。お前もいい加減にしろ」
「うざい!!あんたは黙ってなさいよこの青頭!!」
…相当頭にきてるようだ。止めても喧嘩を止めない2人にコロンが再び声をかけようとした瞬間――。


「――!!」

セルシアとほぼ同時に後ろを振り返った。
ピピも感が優れるほうなのだろう。目線の先は俺達と同じ場所を見ている。
「…どうかしたの?」
「おいリネ。お前の喧嘩が煩いってよ」
「はぁ?!」
鬼の様な形相で振り返ったリネが、そのまま指差した方向を見た。そして、その場で硬直する。――それは時雨もまた一緒だった。

多分。森の中でぎゃーぎゃー騒ぎすぎたんだろうな。それとも最初、リネが試し打ちした術の不発がいけなかったのだろうか。
目の前にはモンスターが2、3匹集まっていた。数的には多くないが大型モンスターの為か、見るからに強そうだ。
「え、ええっ?!」
もし本当にこの世界じゃない別の世界から来たのなら、モンスターを見たら恐らくそういうリアクションをするんだろうなと思っていたが、やっぱり3人
のリアクションは‘呆然’と言った感じだ。コロンはそこまで動じてる様じゃないみたいだが、ピピと時雨は硬直状態の様だった。
「ああもう、今お取り込み中なのよ!黙ってなさい!!」
そして存在を知ってる側の反応としては当然‘鬱陶しい’だ。一旦時雨から離れたリネが指を振り上げ、振り下ろした。
「――ファイヤーボルト!!」
どうせなら此処で創作術の試し打ちをしろよと思うのだが、リネの中では完全に消え去っているのだろう。術を使いモンスターを退けようとした彼女
だが、逆に向こうを怒らせてしまった。此方に向かって走ってくるモンスターに、セルシアが戦輪を投げる。
…とりあえず3人の安全確保が先だろう。関係無い事に巻き込むのは可哀想だし、第一彼等は戦う術を持っていない(と思う)。
適当に巻いてこの場の逃走を図るべきか?
リネ、セルシアと目を合わせて合図しようとして――不意にコロンが背中を突いて来た。
「ねえ、あたし達にも出来る事ってないの?」
…勇敢というか、何というか。
ピピと時雨が後ろで未だに硬直しているにも関わらず、彼女はやけに冷静だ。そして魔性の様な笑顔である。
「…有るには有るわよ」
声を投げたのはリネだった。彼女はポケットから予備の魔術増幅器を取り出し、そしてコロンの方にネックレス型のそれを投げる。
「魔術増幅器。それが有ればとりあえず魔術は使える」
「おいおいリネ。関係無い奴まで巻き込むつもりかよ」
「人手不足だからしょうがない」
…誰の所為でこんな戦いになってると思ってるんだ。
苦笑するも、確かにどう考えても人手が足りそうに無い。魔術の援護が有るだけでも大分楽になる。イヴ達と連絡が取れれば良いのだが、生憎リ
ネは今、イアリング型の通信機を両方ともイヴに預けたままだ。何てタイミングが悪いんだろうか。
「どうすればいいの?」
そしてコロンも積極的だ。
…魔術はとりあえず増幅器と術へのセンスがあれば、初期魔術ぐらいなら使用出来る筈だ。
威力は恐らくリネより劣るが、初めて使うのだから無事に発動出来れば十分なんじゃないだろうか。
「原理を説明してる暇は無いから、簡単な事だけ言うわよ。
‘詠唱’で魔術のエネルギーを体の内側から引っ張ってくるの。今からあたしと同じ様に詠唱して」
一歩下がったリネが静かに瞳を閉じる。
頼むから前衛で戦う俺とセルシアには当てないでくれよと祈りながら前衛でモンスターを食い止めた。

精練されし聖なる水よ
「精練されし聖なる水よ?」
コロンの詠唱がやや疑問系だったのだが、大丈夫なんだろうな。本当に。
少しだけ後ろを振り向くと、まさに今リネとコロンが術を放つ寸前だった。
「グラストアクア」
「グラストアクア――」
――完成した術は無事術となり、敵へ向かって水の矢を放った。
…初めてにしては随分威力が高い。恐らくコロンは術に長けてるタイプだったのだろう。不幸中の幸いというか、何というか。
「きゃー!あたし、使えちゃったぁ!!」
そしてコロンの方も嬉しそうだ。リネから借りたペンダントを握り締めて嬉しそうに飛び上がっていた。
「じゃ、当分はそれで2人の援護宜しく――」
リネが再び別の上級魔術を放とうとして――肩を思い切り掴まれる。
「ぼ、僕もやるよっ!」
多分コロンのを見てやりたくなったのだろう。リネの肩を掴んだのはピピと、時雨だった。
「…結構疲れるわよ?」
「でも…見てるだけってのも嫌です」
ピピの意見に少しだけ眉を顰めたリネだが、直ぐに此方の方を振り返る。
「…レイン、セルシア。ちょっと増幅器貸して」
納得したと見ていいのだろうか。まあ人手が足りないのも確かだし、2人にやる気さえあれば。とリネも思ったのだろう。
「――投げるぞ?」
セルシアと目を合わせ、彼女に向かって使用している増幅器を投げた。
イアリングと腕輪を上手に受け止めたリネが、それぞれを時雨とピピに押し付ける。
「やり方はコロンと一緒。大事なのは集中力って感じかしらね」
アバウトすぎる説明な気がするが、2人は先程コロンとリネをしきりに凝視していた。多分、原理は彼らも理解している筈だ。
頷いたピピが一歩後ろに下がった。それに釣られ時雨も一歩後ろに下がる。
「…あ。待って。やっぱり2人には別の術、使ってもらうわ」
そう言ったリネが最初にピピの隣に立った。――3人に違う系統の術を教えるのは、同じ術ばかりでは敵に与えれるダメージも少ないと感じたから
なのだろう。同じ様に詠唱する様言ったリネが再び足元に魔法陣を創る。
「唸れ旋風、仇なす敵に風の猛威を」
「唸れ、旋風…仇なす敵に風の猛威を…?」
おいおい。ピピまで疑問系じゃないかと敵の攻撃をあしらいながら心の中で軽く突っ込みを入れる。まあ先程コロンが成功したんだし、恐らくピピも
成功するに違いない。多分だが。
「ウィンディア」
「ウィンディア…!」
そうして腕を振るい下ろしたリネを真似し、ピピもまた声を上げた。
風の音が横をすり抜ける。…直ぐ後に鈍い痛みが走り、頬に手を当てた。掠り傷だが頬が切れている。今の風の攻撃?けど今のはリネとピピが放
った訳で、俺達を狙うって事は有り得ないと思うのだが…。
リネの方を振り返る。――彼女が慌てて指を振るい下ろしていた。
「――ヴィスウィンディウ!」
術式解呪烙印を使用している為、彼女は最高位魔術をも意のままに操る事が出来る。詠唱を省略し最高位魔術を放ったリネが――モンスターと
俺、セルシアの間に出来ている渦を無理矢理相殺させた。

今の、俺も見覚えがある。――それはセルシアも一緒みたいだ。
術の不手を使用した時に起こる症状――‘リバウンド’。
どうやら今日のピピはとことん運が無いみたいだ。彼にとって風属性は偶々‘不手’だったという事だ。
リネもそれに気付いたから、慌てて最高位魔術で相殺させたのだろう。あれは野放しにすると危険だ。こっちにまで危害が加えかねない。俺の頬
が切れたのもピピの放った術が‘リバウンド’を起こして暴走したから。って事か、漸く納得し、彼等の傍に近づいた。
――モンスターは今のリバウンドによって生まれた風に恐れて逃げ出してしまった。リバウンドによって生まれた暴走した術は、最高位魔術に匹敵
する威力を持つ場合も有る。だから相殺させるのも最高位魔術じゃなければ不可能なのだ。

「大丈夫か?」
問い掛けるがピピから反応が無かった。落ち込んでるのだろうと思い顔を覗けば、案の定彼は淀んだ顔をしていた。
「あの、僕」
「お前は悪くねえよ。偶々属性との相性が悪かった。そんだけだろ」
「モンスターもどっか行ったし結果オーライなんじゃない?」
リネが横から口を挟んでくるが、それは正直フォローになってない気がする。
モンスターが逃げ出したのもリネが最高位魔術を放ってからだし――あれはピピが打ったリバウンドでモンスターが逃げたのではなく、リネの打っ
た最高位魔術で恐れて逃げ出したといった感じだ。ピピの打ったリバウンドはモンスターの動きを抑止させた程度だったと思う。一瞬の事だったの
でよく分からないが。
「…でも、折角協力して貰ったのに全然役に立ってなかったし」
それは違う気がする。声を掛けようとした所で傍に寄ってきた時雨がピピの背中を強く叩いた。
「お前はお前が出来る事をしたって事で良いじゃねえか。なあ?」
同意を求められ、間をおいてから頷く。協力してくれるといった、その気持ちだけでも十分だ。
「そうよねー。結果的に時雨は役にすら立ってなかったし」
「うるせえ」
微笑を浮かべるコロンに時雨が眉間に皺を寄せる。
「でも手伝ってくれるって言っただけで十分だよ。3人共ありがとう」
セルシアの言葉に賛成だ。初めて見た敵だった筈なのに3人は勇敢に立ち向かってくれた。それだけで十分。
それでも落ち込んだままのピピに手を差し出した。
「そんな気にすんなって。あれは事故だ。リネの術選びが悪かっただけだって」
「どういう意味よそれ」
横からリネの痛い視線が飛んでくるが、とりあえず今は無視しておこう。
顔を上げたピピがその場を漸く立ち上がった。先程よりは晴れた顔をしている。
「あの。有難う御座います」
「こっちこそ。有賀とな」
今度はピピの方から手を差し出され、その手を握り返した。




*Never Give It Up!!
   -結ばれた世界-





この後どうやってピピ君達が自分達の世界に帰ったのかは謎に包まれております(考えるのが面倒なだけだろwwwwwww


とりあえずクリオ様へ差し上げです^^<駄目作過ぎてすいません(((
一体(Last wish*unionの)時間枠どうなってるんだろう!!←帰れwwwwww
それと正直言ってリネと時雨君を喧嘩させるのが楽しすぎました。本当にすいませんでした(((((
コロンちゃん&ピピ君の口調がつかめてない感もばりばりですが、もう許してくださいとしか…OTL←

因みに時間枠は6章終わりぐらい…なのかなあ(((
とりあえずリネっちが術を乱用してるのと(←)レインがきちんと「リネ」と呼ぶあたり、6章以降というのは確かっぽいです^^←