一体。誰が、何が。 彼女をこの狂気に立たせてしまったのだろうか。 リネの表情は眉一つ動かない。唯此方を睨んだまま、レインに向けて銃を構え続けていた。恐ろしく冷たい瞳だ。 …リネは冗談を言う様な子じゃない。そんなの傍に居たあたし達が一番知ってる。 だからこそ誰も動けなかった。誰もこの真実を認めたくなかった。 ――リネが‘本当の’BLACK SHINEの内通者だった事…。 *NO,99...Let your die!!* 「あたしが受けた命令は、二つ」 少しずつレインへの距離を近付けながら、リネが淡々と言葉を述べる。 咄嗟に彼女に近付こうとしたが、向きを変えた銃口から銃弾が飛んできた。 「近付かないで」 冷たい言葉。…そして誰も動けなくなる。 此方が動かなくなった事を確認したリネが再び銃口をレインに向けた。ゆっくりとレインに近付きながら彼女は尚も言葉を続ける。 「一つはレインを含むあんた達6人全員の監視」 ……成る程。恐らく、BLACK SHINEリーダーは薄々気付いていたんだろう。レインが少しずつ此方に気持ちを傾けていた事に。 だからリネという‘もう一人の監視役’を置いた。レインが嘘の報告を要れない為の‘見張り’として。 「そしてもう一つは、もしレインがBLACK SHINEを裏切る様ならば―――」 一呼吸間が開く。…次の言葉など予想出来ていた。出来ていたけれど、それを信じたくなくて呆然としたまま何も言えなかった。 「アンタを、殺す。…それがあたしの‘任務’」 「……」 リネの言葉に対しレインもまた無言だった。彼女の瞳を見つめながら、無言でその場に立ち尽くしている。――逃げる気は無いらしい。 会話が一段落付いたからか、彼女がトリガーに指を掛けた。……ちょっと待て。まさかリネ…本当に撃つ気なの?! 「…リネ」 「煩い。呼ばないで」 沈黙の中で、トリガーを今にも引きそうなリネにセルシアが声を投げた。 呼び声はあっさりと拒絶されたが、気持ちは揺らいでいるのかもしれない。…今、リネの瞳が微かに揺れた。 「リネが一番分かってるだろ?こんな事無意味だ。だからその銃を下ろして」 セルシアもそれに気付いたのだろう。リネを説得しようを声を投げる。 「――アンタに指図される覚え何て無い」 だが帰ってきたのは拒絶だった。 ―――それでも、彼女の瞳は確かに揺らいでいる。訴える様にセルシアが叫んだ。 「そのトリガーを引いて、後悔するのはきっとリネだ!!…だから!!」 「煩い!!」 だが彼の言葉を遮る様に、彼女が叫ぶ。…それは痛ましい悲鳴だった。 ――彼女の瞳から涙が落ちる。頬を流れた雫は微かに震えている指先に落ちた。 …リネも、レインの様に何か理由が有る? あたし達を裏切って、レインを殺さなくてはいけない‘理由’…。きっと彼女にはそれが有るんだ。 そしてその‘理由’こそ、リネを苦しめている原因。 ――でも一体何がリネを追い詰めている??そもそもリネは何時からBLACK SHINEの仲間だったんだ?? 「ねえリネ…。アンタ、理由が有るんじゃないの?レインを殺さなくてはいけない‘理由’…」 「……それは命令だからよ」 「違う。もっと別の理由が有るんでしょ」 「…そんなモノ無い!!」 大きく叫んだリネが此方を強く睨むが、瞳には相変わらず雫が光っている。 …間違いない、と思う。きっとリネには何か理由が有るんだ。もしかしたら誰かに脅迫されて居るのかも知れない。 何にせよリネがそのトリガーを引く確率は、多分低い。 さっきあたし達に向けて一発撃ったけど、アレはあたし達の中の誰にも当たる事無かった。唯の‘脅し’で撃っただけ何だ。 少しずつ近付こうとするとリネが再び此方に銃を向けて弾を発砲する。だが、やっぱり銃弾は体を掠めもしなかった。 「来ないでよ!!」 そう言われ一度歩みを止めると、リネが銃口を此方に向けながらゆっくりと後ろに引き下がる。 …やっぱりそうだ。リネはきっと、この中の誰の事も傷つけるつもりは無い。そしてレインも――命令とは言え直ぐに殺さなかったって事はやっぱり 躊躇っているんだ。それならまだ、説得すれば如何にかなるのかもしれない。 再びリネに近付こうとしたその時―――。 ――後ろに居たレインがリネに向かって歩み出した。 「来るなぁっ!!」 半ばパニック状態のリネがレインの向け銃を発砲する。でもやっぱり銃弾は誰にも当たらなかった。 リネの傍に近付いたレインが、彼女の持つ拳銃の銃口を掴んで―――。 ――有ろう事か自分の心臓に当てた。 「撃ちたいなら撃てよ」 ―――唖然。 リネ自身も呆然としたままその場で立ち尽くしている。…それはあたし達も一緒だった。 「但し。さっきセルシアが言った通り、撃って後悔するのはお前だ」 「……っ…」 「それでも良いなら撃てばいい。トリガーを引けば銃弾が心臓に当たって、俺は死ぬ」 …挑発のつもりなのか何のつもりなのか知らないけど、そんな事してリネが銃を撃ったらどうすんのよあの馬鹿!! 「あ、たし…は……」 肩を震わせたリネが、―――再びトリガーに指を掛けるのが見えた。 …直ぐに気付いた。リネは完全に錯乱してる。 だからまともな判断が出来ず――レインに乗せられてトリガーを引こうとしてるんだ!! 止めようと思い走り出す前に、先にそれを判断したセルシアが走り出す。 「ああああぁぁあっ!!」 泣き叫ぶ彼女が―――そうして心臓に向けられた拳銃のトリガーを。 引いた。 ――パァン!!! …鮮明な発砲の音。 彼女と彼が呆然とする中で、合間に入った彼が倒れこむ。 ――その一瞬はスローモーションだった。 銃弾を発砲した瞬間にセルシアが咄嗟に間合に入った為、結局怪我をしたのはセルシアの方だった。 肩口を怪我した彼が、噴出した血を押さえながらその場に座り込む。 …足を震わせてリネがその場に座り込んだ。指先から拳銃が滑り落ちる。 一足遅く3人の傍に辿り着き、拳銃をロア達の方に弾いてからリネの頬を思い切り叩いた。 思い切り叩いてから震えているリネの体を抱きしめる。 「馬鹿!!あんた、セルシアが間合に入らなかったらレインを殺してたのよ?! ――何でセルシアがあんたの事ずっと守ってきたのか、その意味ぐらい考えなさい!!!」 …セルシアがネメシスの石を盗んだことや街を崩壊させてしまった事を隠していたのは、リネに心配掛けさせたくなかったのは勿論の筈だが、それ ともう一つ――リネに罪の十字架を背負わせない為の筈だ。 だからセルシアは今までずっと独りで抱え込んできて何度も苦悩してたって言うのに、今リネがレインを殺したらそんな努力まで無駄になるじゃな い。しかもセルシアが一番恐れていたであろう殺人という重い罪で。 そんな事になったら後で後悔するのは絶対にリネだ。 だからセルシアもレインも、後悔するのはリネだと忠告したんじゃない。 腕の中で震えていたリネがやがて頬の痛みを気にする事なく胸の中で激しく泣き出す。 セルシアの方はマロンが回復に当たってるみたいだった。…軽症で済んだのが幸いだ。とりあえず誰も死ななくて良かった。 「…ごめ、んなさ…い……ごめんなさいっ……」 胸の中で鳴きながらリネが何度も同じ言葉を繰り返す。 …気付いた、みたいだ。セルシアの思いもレインの思いも。 「…あたし達こそ、ごめん。何も気付いてあげれなくて……」 結局誰も救えていなかった。セルシアの一件が合って、レインの事も合って――もう誰も見捨てたりしない。そう決めていたのに。 結局こうしてまた誰かを見捨てていた。リネが裏切りという狂気に立たされたのは有る意味あたし達の所為なのだ。 何故彼女が裏切ったのか。それはまだ分からないけど、多分リネは―――。 …薄々の予想を噛み締めながら、本気でBLACK SHINEリーダーに怒りが沸いて来た。 多分リネをBLACK SHINEに介入させた奴は――セルシアを使ってリネの事脅したんだ。 嫌な事は嫌だって言えるこんな正義感の強い子がBLACK SHINEに忠誠を誓うなんて、それ以外考えられない。 「何処の誰だか知らないけど……本気で姑息な手を使ってくるのね」 レインの件と言い、リネの件と言い……そろそろ本当に赦せない。 腕の中でずっと泣き続けているリネを強く抱きしめながら、唇を噛み締めた。 BACK MAIN NEXT |