翌日。レグロスとネオンにこの辺の地図とミツルギ神殿の場所を聞いて、SAINT ARTS本部を発った。 彼等曰くクライステリア・ミツルギ神殿はVONOS DISE本部の在る砂漠の果て――オアシスとなっている場所の隣に隣接しているらしい。 SAINT ARTS本部とVONOS DISE本部が近いのが幸いだった。先程まで緑が映えていた草原も、数十分歩けば砂漠の風景に変わっている。 此処から歩いて1日程度、ともレグロス達は言っていた。こまめに水を補給しながら行くつもりだけど…果たして辿り着けるだろうか。 眩い直射日光と激しい砂風に当たりながら薄々そう思った。 *NO,58...サンドワーム* 「あついー…死ぬー……」 数時間歩いた所で早くもレインが根を上げ始めた。少しは我慢とかそういう事が出来ないのか、コイツは。 「暑いのは皆一緒なんだから我慢しなさいよ…」 力の無い声でリネが即答する。まだ数時間歩いただけだが体力の限界が近かった。とはいっても砂漠だから休める場所も無ければ木一本も見つ からないので頑張るしか無い。 そんな中でセルシアとアシュリーだけが平然とした顔をしている。この2人感覚がおかしいんじゃないか…?! 「何でアシュリーとセルシアは…そんなに元気なんだよ……」 完璧に肩の力が抜けているロアが、後ろに居るセルシアとアシュリーに問った。彼の問いにセルシアが苦笑気味に答える。 「VONOS DISE本部は砂漠に在るからさ。何ていうか…慣れ?」 セルシアに便上してアシュリーが更にぽつりと呟いた。 「ウルフドールは自分で体温調節が出来るから……」 …くそう。何なんだこの2人。平然とした顔の2人を呪わしく思いながらとにかく一歩一歩進み続けた。 にしても本気で暑い。そして休む日陰も無いから余計に辛い。砂漠越えがこれだけ辛い事だとは思わなかった。そう考えると建物の中とは言え砂 漠地帯にずっと滞在していたセルシアを在る意味尊敬する。どんだけ辛抱強いというか…根気強いんだ。 「もう無理!もう絶対に無理!!」 其処から更に数分歩くとレインが日光の下で大きく叫び出す。 「ああもう!!喋ってるだけで体力消費するんだからこれ以上叫ばないで!!ウザい!!!」 そんなレインに苛立ったのかリネが思い切りレインを睨みつけながら叫んだ。…リネも今叫んだわよね?? そう思って直ぐ、彼女がその場に座り込んでしまった。疲れたのか具合が悪いのか何なのか分からないがとりあえず彼女はその場から意地でも 動こうとしない。レインじゃないんだからそういうの止めてよ…リネ。 「俺の水あげるからもうちょっと頑張れよ、な?」 そんなリネにセルシアが自分の水筒を差し出す。本気でどんだけ余裕なんだこの男。出来れば変わって欲しい。 セルシアから水筒を受け取ったリネがそれを飲んで、セルシアに返す。それからやっとその場を立ち上がった。 「水筒もう無いの?」 マロンがリネに問い掛けるがリネは答えない。…無言の肯定って奴か。多分全部飲んじゃったのだろう。最初の方でかなり飲んでたし。 ところでセルシアとアシュリーはさっきから全然飲んで無いけど平気何だろうか。 いくら砂漠慣れしてるのと体温調節が出来るからっていっても全く飲まない訳には行かないだろう。日射病等の心配だって在る。 「2人も少しは飲んどきなさいよ?」 声を掛けると2人が少し微笑んで頷いた。けどやっぱり水筒には手を掛けない。…まだ喉が渇いてない様だからほおって置こう。その内喉渇いたら 飲むでしょ。 再び歩き始める中、相変わらずうなだれるレインが脱力した顔でリネに問い掛けた。 「ねえーリネっちぃー…」 「煩い…喋りたくないんだから…話し、かけんな…」 「リネっちって魔術士でしょー…?水系の術で飲み水増やせないのー……??」 「……魔術で創った水が飲めるわけ無いでしょ!!」 レインの言葉にリネが少し考えた顔をしたが直ぐに彼に向けてに豪快な蹴りを入れた。 レインはそれを間一髪で避け、リネの二撃目のパンチを頬擦れ擦れの所でかわす。 「…争う元気が在るならちゃんと歩きなさいよ……」 苦笑気味に声を投げると、リネとレインが漸く喧嘩を止めた。リネが一方的にレインに攻撃してただけだけど。 余計に疲れたらしくレインが水筒に手を掛ける。リネは再びセルシアから水筒を貰って中に入っている水を口に流し込んだ。…明らかに自分の水切 れたのよね?リネ……。 そんな中、先頭を歩いていたロアが急に足を止める。釣られて足を止めてしまった。 「……ロア?」 「……ちょっと黙って」 いや。ちょっと黙ってじゃなくて。 こんな炎天下の中で立ちすくんでたら死ぬって。一秒でも早くミツルギ神殿に辿り着きたいんだからそういうの止めなさいよ。 声を掛けようとして―――伸ばした手が思わず痙攣した。 今…地面が揺れた。 後ろに居るマロン達もそれに気付いたのか疑問の顔から警戒の顔に切り替わっている。無意識の内に剣の鞘に手を伸ばした。 居る。絶対に何か潜んでる。 警戒して辺りを見回すと――近くで一箇所だけ地面が盛り上がっていた。砂が辺りに飛び散っている。咄嗟にその場から離れた。 直感でその場から引き下がったと同時、地面から巨大化した蚯蚓みたいなのが顔を覗かせる。 そして細長い胴体を引き摺って砂の中から飛び出してきた。…かなり巨体だ。 「これ…サンドワーム……?」 セルシアが小さく呟く。…何か知ってるのか? 「あれの事知ってるの?」 イヴの代わりにアシュリーが問い掛けた。セルシアが目を細めながら言葉を綴る。 「砂漠に居るモンスターだよ。自分の縄張りを荒らされるのが嫌いだから、縄張りに近づくと攻撃してくるんだ」 「じゃああたし達が居る場所はこいつの縄張りって事?」 「……だと思う」 苦笑してセルシアが肯定の返事を返す。縄張りとかそんなの知った事じゃないわよ!!! 此方に向かって巨体を揺らし向かってくるサンドワームの一撃目をかわし、直ぐに剣を抜いた。冗談じゃない。砂漠で干からびて死ぬのだけは嫌 だ!!さっさと倒して早くミツルギ神殿を目指さなくては。 正直蜃気楼の彼方に神殿らしき建物とオアシスの様な物は見えているのだ。きっともう神殿は近い。 だからこんな所で道草してる場合じゃないというのに。 苛立ちながらサンドワームの尾に剣の切っ先を振り下ろす。 …切れた。 ワームの尾っぽは、バターの様にあっさりと切れてしまった。真っ二つになった尻尾と胴体の合間に緑色の液体の様な物が流れ出す。 そして攻撃を受けたワーム悲鳴を上げる事なく砂の中に再びもぐりこんだ。…引いたのか? 「セルシア、今のって」 傍で攻撃を警戒していたセルシアに問い掛ける。彼は眉間に皺を寄せて呟いた。 「サンドワームは砂の中に入って自分の体力を回復するんだ。多分次出てくる時は…イヴがさっき切り落とした尾も回復してると思う」 何だそれ。じゃあ砂の中に潜らせる前に倒さないといけないのか?! とは言っても巨体の割りに向こうは素早いし…どうすれば良いだろう。何か良い考えは無いかと考えている間に再びロアと自分の間の地面が盛り 上がってくる。どんな所から出てくる気よ!!左右に避けた所でサンドワームが再び顔を出した。 巨体が砂漠の上に上がってくる。確かに切り落としたはずの尾が復活していた。 「砂漠のモンスターなんだから水系が聞くんでしょ?――雫の御剣、降り注ぐ!ベートゥウォーター!!」 そんな中後ろに居たリネが腕を振るい下ろした。足元の魔方陣が魔術増幅器と共鳴し、サンドワームの足元から水を噴射する。 サンドワームは苦しそうな悲鳴を上げて―――また砂の中に潜ってしまった。 「ちょっとリネ!!」 「…失敗、した。かな。……うん」 目線をずらしながらリネが呟く。…駄目だあれ。溜息を吐いて地面の様子を伺った。 絶対にまた何処から飛び出してくる。見落としてたらやられるのはこっちだ。 注意して周りを見回していると、レインとマロンの間の地面が盛り上がった。 声を掛ける前に気付いたレインとマロンがその場を直ぐに離れる。2人が離れた数秒後、サンドワームが再び顔を出した。 レインがすかさず攻撃するが攻撃が当たってから直ぐにワームは地面に潜ってしまう。…駄目だ、これじゃあキリが無い。とにかくあいつを砂の中 に潜らせないようにしないと…。 そう考えて、直ぐに頭にアイディアが浮かんだ。セルシアなら出来る! 「セルシア!」 直ぐに彼の肩を叩いて思いついたアイディアを即興に語った。彼が驚いた顔をしたが直ぐに頷く。 「……分かった。やってみる」 頷いた彼が一歩引き下がって、詠唱を唄う。 「血の流れを凍結させる永久の凍り達よ、我の戒めに従いその力開放せよ――」 ――それは全てを凍られる冷気の唄。 そんなセルシアの姿に閃いたロアが声を上げた。 「…そうか!サンドワームが地面から出てきた時に地面一帯を氷付けにすれば……!」 そうそう、あたしが思いついたのはそれよ。 サンドワームは砂があれば地面に潜ってしまう。だったら地面の上に氷を張って砂を無くしてしまえば良いんだ。 炎天下の下で氷を張るから長くは持たないだろうがサンドワームを倒すまでは持ってくれるだろう。 唯セルシアが術を完成させた時にサンドワームが地面の上に居る状態にしなくては。 「地面の上に居る状態だから…地面から飛び出した状態で術を使わないといけないぜ。…大丈夫なのか?」 レインが微妙な顔をして呟く。傍に居たマロンが少し笑って言った。 「大丈夫だよ。セルシアなら」 …うん。それは多分皆思ってる。 確かに彼はリネ程多彩な術を使いこなせる訳じゃないし、メイン武器が術では無いからリネに比べて全然威力は劣る訳だけど、リネート渓谷の時 も彼の術に助けられた。だから絶対に大丈夫。 だが何にせよセルシアにサンドワームの妨害が行ってしまわない様にしないといけないのだ。 レインとマロンの間に再び現れ、突進して来るサンドワームにレインが槍で切りかかってマロンが弓を射る。 とにかくあたし達はセルシアの術が完成するまでサンドワームの足止めだ。大きな技みたいだし、時間は結構掛かるだろう。 そんな中近づいてきたアシュリーが此方に声を掛けてくる。 「サンドワーム一体位なら、数秒だけどウルフドール専用術で宙に浮かせられるわよ」 それってかなり好都合じゃないか。わざわざ地面から引き出す必要もない。 「お願いしても良い?セルシアの術が完成したら直ぐに使用して欲しい」 「…分かった」 彼女が頷いて、その場で小さく詠唱を始める。セルシアはレインとマロンが守ってるから自分とロアはアシュリーのサポートに回ろう。リネはサンド ワームの遊撃。…これならいける。 今度は此方に向かってくるサンドワームに、ロアと2人で切り掛かる。 相変わらずバターみたいにあっさりと真っ二つに切れた。そしてサンドワームは直ぐに地面に潜る。 「精練されし聖なる水よ――グラストアクア!!」 遠くの場所で顔を覗かせたサンドワームにリネが直ぐ様術を振るい下ろした。 再びサンドワームが地面に潜り、自分、ロアとレイン、マロンの間に顔を覗かせる。そしてサンドワームが勢い良く飛び出してきた所で――。 「そして結晶に染められた冷酷な世界に、全ての熱は浄化される――……」 セルシアの詠唱が、止まった。 …もしかして完成した?彼の方を向くとセルシアが少しだけ笑う。表情からして出来たんだ。直ぐに傍に居たアシュリーに声を掛けた。 アシュリーとセルシアがお互いに顔を見合わせて、それから最初に彼女の方が言霊をつむぐ。 「――air」 呟いた彼女の言葉に風が吹き上がった。見えない力に圧迫されている様にサンドワームの体が浮き上がる。 「――アイスグラフィア!!」 そして直ぐにセルシアが術を重ねた。宙に浮いたサンドワームの真下から、除々に氷が広がっていく。氷の侵食は自分達の足元にも着たけど足の 下の砂が凍っただけで体に影響は無かった。その辺もセルシアは考えてくれたんだな。後で感謝しないと。 アシュリーの集中が途切れサンドワームが地面に落ちたと同時、辺りは完全に氷に包まれた。 逃げ場を無くしたサンドワームが氷の上でばたばたと体を動かしている。砂が無いから地面に潜れず困っているようだ。…成功した!! 「清水よ、清き舞姫と誓いの結印を――アクエス!!」 先程から詠唱していたらしいリネが少し規模の大きな術を放つ。ワームが苦しむ様に氷の上でもがいた。だが砂が無いので地面には潜れない。あ ぶり出しの状態。そんな中でもワームは砂の在る場所を探しているが辺り一面氷付けにしてしまったのでそんな場所は見当たらない。 だから余計にワームがその場でもがいた。 「無限の力を与える破邪の煌き、聖なる力は敵を裁断する――ベリーティラート!」 リネと同じく少し大きな術を詠唱していたマロンもまた、ワームに向け術を振り下ろす。 其処に直ぐロアと2人で切りかかった。ワームが大きな悲鳴を上げて―――氷の上に倒れる。 念の為剣の切っ先で体をつついてみたが全く動かなかった。…倒した!! 氷の上に座っているセルシアとアシュリーの傍に寄る。少し離れた場所に居たレイン達も傍に寄ってきた。 「お疲れ。助かったわ」 2人に手を貸してその場を立って貰う。セルシアとアシュリーが笑顔で頷いた。 それと同時周りに張られていた氷が砕け、地面に散っていく。 炎天下の下だったから溶けるのが早いのだろう。氷が解けたのがワームを倒してからで良かった。 とにかく今の戦闘で喉が渇いた。…全員が水を飲み軽く水分補給をする。 「ってリネ。あんた水筒の水残ってんの?!」 自分の水筒を飲んでいたリネに思わず声を投げた。 その問いに彼女は平然と言う。 「あたし、自分の水が切れたなんて言ってないわよ??」 …なんて悪徳な。じゃあわざわざセルシアから貰うなよ。 彼女に心の中で突っ込みつつ、遠くに微かに見える神殿を目指して再び歩き出した。 BACK MAIN NEXT |