息も絶え絶えになりながら漸く辿り着いた――クライステリア・ミツルギ神殿。
まずは近くにあったオアシスで水筒に水を汲んでから神殿の方に向かって歩き出した。
「神殿の傍がオアシスで助かったな」
ロアの言葉にマロンやリネが大きく頷く。イヴも釣られて頷いた。


*NO,59...クライステリア・ミツルギ神殿*


にしてもセルシアは平気何だろうか。此処は10年前にリトと訪れ、過ちを犯した場所。…辛く、ないのか?
彼の方を振り返るとやっぱりセルシアがちょっと苦い顔をしている。此処で思い出すことは沢山在るのだろう。唯聞いてしまえばそれは心の傷を抉
る事になるだろうから何も聞かなかった。
とにかく神殿の入り口から中に入る。…人気の無い、静かな神殿だった。
神殿に響いているのは水の様な物が滴る音と、自分達の歩く足音だけ。…本当に静かな場所だ。同時に綺麗な場所でも在る。
あちこちに柱が倒れているがそれもまた芸術に見えた。倒れている柱を覗き込むと、幾つものレリーフが刻まれている。
「10年前は警備員とかいっぱいだったんだけど…流石に今は誰も居ないな」
そんな中苦笑紛れにセルシアが言った。…や。その言葉、笑えないぞ?
皆が無言になる中でレインがセルシアに声を掛ける。
「ネメシスの石が安置されていた場所、分かるか?」
「……虚覚えだけど、何とか」
セルシアがそう言って神殿の分かれ道で右側を指差した。
「確かこっちだった。…ネメシスの石は地下の祭壇に収められてるんだ」
そう言って右側の道を歩き出した彼に、皆着いて歩いていく。
途中廊下の端に下へ降りる階段が見えた。あれを使って下に下りれば良いのか。
にしても神殿は何処も彫刻やレリーフだらけだ。
人とウルフドール族が描かれたレリーフもあれば化け物の様な物が描かれているレリーフもある。
…もしかしてこのレリーフに刻まれている化け物っぽいのが、レグロス達の言っていた‘夢喰い’…??
「…これ、きっと夢喰いよね」
同じ事を思っていたらしくリネがレリーフの化け物を歩きながら指差して言った。
その問いにアシュリーが彫刻を見ながら小さく頷く。…アシュリーがそうだって言ってるんだから、きっとそう何だろう。こういう事はあたし達より数千
年生きているアシュリーの方が詳しいと思う。彼女達ウルフドールの王族は、ネメシスの石の管理者みたいな物みたいだし。
「なあなあ、天井にも在るぜ。彫刻」
そんな中レインが声を掛けてきた。彼の言葉に思わず皆が足を止め上を見上げる。
…確かに。天井にも様々なレリーフが刻まれていた。羽の生えた天使みたいな人間の周りに人とウルフドールが拝む姿が書かれている。
そしてその周りを取り囲む様にして彫られている5つの石。――恐らくネメシスの石。
このレリーフ達が何を伝えているのかはさっぱり分からない。けど、ネメシスの石と夢喰いについて書かれているのは確かなのだろう。
とりあえず記憶のどっかに焼き付けておこうと思いじっとレリーフを見つめながら奥に向けて歩き続けた。

やがて奥まで辿り着き、細い螺旋階段をゆっくりと下りていく。床が抜けてる場所もあったので慎重に歩いた。
地下1階までやってくると辺りは真っ暗だ。松明も何も無いので辺りが見回せない。
「リネ」
こういう時頼れるのはリネだと思い彼女に声を掛ける。リネがすかさずポーチからランプの様な物を取り出した。
「リーダーが持ってけって言ったから持ってきたんだけど…此処で使えってことよね」
彼女はそう言って自らの術でランプに火を灯す。その明かりによってやっと神殿の地下が見回せるようになった。
どうやらまだ道が続いているらしい。階段を下りた先にはひたすら道が進んでいる。
「この奥なの?」
イヴの問い掛けにセルシアが頷いた。とりあえず道を覚えてるセルシアを先頭にして歩いた方が良いだろう。リネからランプを受け取ったセルシア
が先頭を歩き出す。その横にリネが続いて歩いた。
ところで地下も地下でレリーフだらけだ。天井は暗くてよく分からないが壁には相変わらずびっしりとレリーフが刻まれている。
そんな中でマロンが一瞬立ち止まったが直ぐに歩き出した。気になったので傍に寄ってみる。
「どうかしたの?」
「あ、えっと…ゲーリーンズ文字みたいなのが書かれてたんだけど…別の言葉だったみたい。なんて書かれてたのか分からなかった」
そう言ってマロンが苦笑する。…文字?
1階に文字らしい物は1つも刻まれていなかった。なのになぜ地下になって文字が見つかるんだ??
ちょっと頭に引っかかったがそんな事を考えていたってキリが無い。とにかく今は歩き続ける事にしよう。
セルシアとリネは先頭を切って歩き続けている。時々立ち止まって道に迷う事も有ったが直ぐにセルシアが道を思い出して指示してくれたので迷う
心配は無さそうだった。

「にしても此処肌寒くね?」
そんな中後ろを歩くレインが小さく呟く。アホかと思ったが確かに神殿の地下は冷えていた。言われてみれば確かに肌寒い。
「何処から風が吹いてるんじゃないか?」
ロアが言ったがマロンの隣を歩くアシュリーが首を横に振る。
「風じゃないと思う。もっと別の…」
彼女はそう言って黙ってしまった。考え事をしている辺り、この冷気が何なのか考えているのだろう。
確かに風という訳では無さそうだ。リネ達の持っているランプの火はそこまで揺れてないし、風の音が聞こえない。
じゃあ何が冷気っぽい物を出しているのだ?良くわからないけれどこれも考えるのは後回した。とにかくまずは緑のネメシスを回収しなくては。


やがて一つの階段の前でリネとセルシアが足を止め、此方に振り返る。
2人が止まったのを見てなるべく早足で2人の傍に寄った。
「此処なの?」
「…多分。この下だったと思う」
セルシアがそう言って暗闇に染められた階段の奥を見る。…彼の言ってる事は多分正しいだろうからとにかく彼を信じよう。
「……この奥から、冷気が来てる」
そんな中でアシュリーが呟いた。この奥から冷気が…?一体どういう事なんだろう。ネメシスの石って冷気でも放ってるのか??
とにかく下に下りてみないと分からない。唯セルシアもリネもなかなか下りたがらないので仕方なく2人からランプを受け取り自分が先頭で階段を
下りた。直ぐに傍にロアがやって来る。2人で先頭に立って階段を下りた。
再び長い螺旋階段を下りると、目の前には古びた扉が在る。…この奥、か??
最後に下りてきたマロンとアシュリーとレインが此方に近づいてきてから、扉に手を掛けた。
扉を押してみると、案外簡単に扉が開く。


―――中を見た瞬間、思わず立ち尽くしてしまった。
それはロアも一緒みたいで、彼は扉を持ったまま呆然としている。
直ぐにリネがやって来て中の様子を覗き込んだ。それから彼女がぽつりと呟く。


「…これ……グレミス水?」
リネはそう言ってネメシスの石が安置されている部屋に入っていってしまった。彼女を追いかけ慌てて自分達も中に入る。
――部屋の中はまるで海の様に水で溢れていた。だが唯の水じゃない。‘赤い水’だ。
扉から部屋に入って直ぐに階段が有るが、階段の2、3段は濁った赤い水に浸かってしまっている。
部屋の奥を目を凝らして見つめると――祭壇の様な物の上に、緑色の宝石が嵌め込まれたイアリングの様な物が置いてあった。
…あれが、‘緑のネメシス-リーフ・ドゥーリン-’……?
だがあれを取りに行くにはこの濁った赤い水の中を歩いていかないといけない。有害な物かもしれないし、迂闊な事は出来ない。
ところで先に部屋に入ったリネは階段を水に限りなく近い所まで下りて水の中をじっと見つめていた。落ちるんじゃないかってぐらい水の中を覗き込
んでから、此方に走って戻ってくる。

「あれ、グレミス水よ」
確信したらしいリネが皆にそう言った。
「グレミス水って?」
真っ先にレインが声を上げる。それはあたしも思っていた。
レインの問いに彼女は淡々と答える。
「あの赤い水の事よ。人の体に有害な物だから触れない方が良い。…ま、簡単に言うと毒水ね。2分もあの水に浸かってたら毒で死ぬわよ」
……それ、かなり恐ろしくないか??思わず身震いした。
ていうか2分内にこのグレミス水を泳いで祭壇まで行くのは、ちょっと無理が在る。祭壇と此方の距離は遠かった。
「俺が来た時はこんな水無かったのに…?」
セルシアが首を傾げながら呟く。まあ10年前と今じゃ神殿の中も変わっちゃったって事ね。
けど対策法を考えないと困る。
自分達は緑のネメシスを回収する為に此処に来たのだ。このままじゃ回収せずに帰るだけの無駄骨になってしまう。

「何か対策法とか無いの?」
リネに問い掛けたが彼女は即答した。

「無い」

…そんなあっさり言わなくても。思わずがっくりと項垂れてしまう。
そんな自分を見てか、リネはそのまま言葉を続けた。
「グレミス水は海の満潮と干潮みたいに、毒水を噴射してる時と正常な水の時が在るのよ。
此処に在るグレミス水が正常な水に戻ってくれたら渡れるわよ」
「…で?グレミス水が正常な水に戻るのは何時になるの??」
「……1週間ごとに入れ替わったと思う」
リネが苦笑しながら答える。…流石に1週間も此処で待つのは無理だ。
まず1週間も此処で過ごす食べ物が無い。グレミス水の毒にやられる前に自分達が飢え死にしてしまう。
となるとやっぱり此処は一度戻るしかないのか………。
何だか無駄骨したみたいでがっくりと肩を下ろした。それは全員一緒みたいで脱力した顔をしている。
…そりゃ。今からまたあの糞暑い砂漠に戻るんだもんな。誰だってそうなるに決まってる。

「またあの砂漠渡るのか…」
ロアの呟きに頷こうとした時、リネが首を横に振った。
「この近くに街が在る。確かに砂漠はもうちょっと歩かないといけないけど…SAINT ARTS本部に戻るよりはかなり近いわよ」
「じゃあ其処に行こうぜ。どーせまた此処に来ないといけねー訳だし??」
うん。確かにそうだ。どうせ5日も経ったらまた此処に来ないといけないんだから暫くはリネの言っているその街に滞在する方が良いだろう。

「とにかく神殿はもう出ようぜ。俺疲れたー」
レインがそう言って踵を返しさっさと部屋を出て行く。…何て自己中な奴だ。溜息を吐いてレインを追いかけ歩き出した。
とにかく今来た道を戻ろう。再び先頭に立って階段を上がった所で―――。




「……」

―――どうしてまあ、このタイミングで出会うんだろうか。
…そりゃ、向こうもネメシスの石を狙ってる事は知ってたけど。


「久しいわね」
「…人からネメシスの石奪っておいて何の用?今度はあたし達の命を貰いに来ました、って事?」
「それも確かに有るけど…今はとりあえず緑のネメシスの回収かしらね」

目の前に立ち憚る男女3人組。
――ノエル、キース、そしてリトの3人に、思わず硬直してしまった。










BACK  MAIN  NEXT