皆が静かに武器を構える。隣に居るロアも双剣を抜こうと柄に手を掛けたがそれを止めた。
「聞きたい事がある」
イヴの言葉にその場が静寂した。そんな中で相変わらず澄ました顔のノエルが、言葉を投げる。
「答えれる事なら答えてあげるわよ?」
ノエルの言葉にイヴが一呼吸置いて――リトの方を見た。震える唇で、何とか声を張り上げる。
これだけは聞かなくてはいけなかった。セルシアが答えてくれないなら‘こっち’に聞くしかない。

「…あんたが持ってるの?――赤のネメシス-ファイア・ドゥーア-を」
――その問いに、男の眉間に皺が寄った。


*NO,60...真実*


それだけは確実に聞いておかなくてはいけなかった。
どうせ自分達は5つ全てのネメシスの石を回収しなくてはいけないのだ。赤のネメシスとも接触する必要がある。
けれど赤のネメシスは10年前セルシアとリトが盗んで以来行方不明。当事者であるセルシアが「分からない」と曖昧な答えを返した以上、もう一
人の当事者である‘可能性’が高いこっちに聞くしかないんだ。
静寂。神殿の中が完全に静まり返る。

「…そんな訳ない……!だってリトは―――」
静寂の中でセルシアが否定の言葉を上げる。その言葉を隣に居るリネが抑制した。
…もし今、目の前に居るリトが赤のネメシスを持っているなら、リネの兄で在る可能性は高くなる。だが持っていないなら――リネの兄とは別人、と
いう可能性も出てくるのだ。リネもその辺りが気になっているに違いない。だからセルシアの否定の言葉を止めた。
とにかく目の前の男が赤のネメシスを持っているのなら、目の前の男はきっとリネの兄だ。何らかの理由で記憶を失ったのではないだろうか。
そして赤のネメシスを目の前の男が持っていないなら――他人の空似。って奴である。セルシアの否定が合っているという事だ。
少しだけ目を伏せていた男がやがて瞳を開き、唇を動かす。




「――持っている。それが何だ?」



…ビンゴ。て事はやっぱり彼はリネの兄…だった?
リネの瞳が困惑のモノから驚いた瞳になった。そしてセルシアもまた、驚いた表情でその場に立ち竦んでいる。

――繋がった。
途切れ途切れに集められた10年前の情報、セルシアとリトの関係が。今漸く繋がった。


「あんたやっぱりリネの兄何じゃないの?」
リトに続けて問い掛けると、直ぐにリトから返答が帰ってくる。
「そんな記憶存在しないと、前にも言った」
「…それはあんたがどっかで記憶喪失になったからじゃないの?記憶を無くしただけで、本当はリネの兄だった――。そうじゃないの?」
――その言葉にリトが無表情のまま黙り込んだ。
否定して来ない、って事は肯定の可能性も出て来る。


「これは悪魔であたしなりの仮説だけど……あんたは10年前にセルシアとネメシスの石を盗んでから、ネメシスの石を盗んだ後悔とセルシアにま
で罪を背負わせてしまった罪悪感からその1年後――今から9年前に行方を晦ませたんじゃない?
セルシアにならリネを任せられる。そう思ってあんたは黙って2人から行方を晦ませたんじゃないの??」


――頭の中で整理した仮説を、とりあえず声に出して言ってみた。
もしこの仮説でセルシアが肯定したら…これは仮説じゃなくて‘真実’になる。

「…有り得る話だな」
セルシアが無言で俯く中、隣に居たロアが小さく呟く。振り返るとアシュリーやマロン、レインもちょっと納得した顔をしていた。
だがセルシアは俯いたまま何も言わない。…間違っているのか?分からないけれどとにかく言葉を続ける。

「だからこそセルシアは、リトが居なくなってしまったのは自分がリトを支えれなかった所為だと後悔した――。
リトの話をする度にあんたが泣くのは、そこから来る‘後悔’と‘懺悔’から。…そうでしょ?セルシア」

セルシアに向けて声を投げるが、彼は相変わらず俯いたままだった。それは無言の肯定と見て良いのだろうか。それともどこか違う所が在るの
か?何にせよとりあえず自分なりの仮設を言ってみて、それからセルシアの反応を伺ってみよう。
唯一人、リネだけが呆然とした顔で居る中でイヴは更に言葉を続ける。

「……セルシアがリネにリトの居場所が分からないと言い続けたのも、本当に何処に居るのかわからなかったから。
リトが失踪した日の事を話せなかったのは、必然的に話す事になる『10年前ネメシスの石を盗んだのは自分とリトだという事』を、打ち明けるのが
怖かったから。
…で、セルシアとリネの前から行方を晦ませたあんたはと言うと一人で赤のネメシスを神殿に返しに行ったんじゃない?
けど神殿に向かう途中何らかの原因で記憶を失って――BLACK SHINEに引き取られた。
だからセルシアとリネの事を覚えていなかった。ずっとBLACK SHINEに忠誠を誓い続けたのも、記憶喪失で何も思い出せないから。
縋るモノが自分を助けてくれたunionしかなかったから………。

…何か違うところある?」


無表情のままのリトと、俯いたまま何も言わないセルシアに問い掛ける。
――静寂。再び場に重い空気が落ちた。2人は何か言う気配を見せない。くそう、違ってるのか合ってるのかどっち何だ。
そんな中で一人。ノエルがいきなり声を上げて笑い出した。釣られてキースも笑い出す。
「…何か可笑しい所でも合った?それとも図星過ぎての苦笑かしら??」
そんな2人に声を投げると漸く2人が爆笑を止める。皮肉の笑みを浮かべて、ノエルが言葉を述べた。
「その仮説、根本から間違ってるわ」
――間違ってる??
合ってると思ったが根本から否定されてしまった。…というか、ノエル達は知っているのか??セルシアとリトの10年前の過ち。
笑みを浮かべたままのノエルは言葉を続ける。



「そうよね。――当事者さん?」

…それはセルシアに向けての言葉だった。彼女の言葉にセルシアが漸く言葉を発する。




「…確かに。イヴの仮説は、根本から違ってる……」

…セルシアにまで呆気なく否定されてしまった。しかも根本から。じゃあ今の仮説は全部無駄だったのか。何か悩んで損した気分になった。
だけど、どうしてノエル達がセルシアとリトの過去を知っているんだろう。其処が疑問過ぎる。
けど今の仮説を聞いて直ぐに爆笑した辺り――きっとノエルとキースは知ってるんだ。

10年前の事件と、リトが失踪した『本当の真実』、を。


セルシアがやっと顔を上げた。それからゆっくりと前に出て来る。
リネの横を通り抜け、イヴとロアの一歩前に出て彼は言葉を続けた。

「けど……どうして、お前がそれを知ってる――?!」

それは今まで聞いた事の無い、低い怒りの声だった。
彼の言葉にノエルが再び笑い出す。…やっぱり知ってるんだ。セルシアが今まで隠してきた筈の真実を、全て。
セルシアの怒りの声に相変わらず高笑いをするノエルが、言葉を続けた。

「てっきり仲間にはもう話したんだと思ってたわ。まだ隠してるなんてね?」
「俺の問いに答えろ。何でお前がそれを知ってる!!」
「自分の胸の内にでも聞いてみたらどう?」

そう言った彼女が少し笑い、そしてセルシアから目を離して此方を見てきた。


「良い事教えてあげる。セルシア・ティグトが隠してた大切な大切な10年前の真相よ」

「――止めろ」

セルシアがノエルの言葉を直ぐに否定した。
分かってる。ノエルの言葉は嘘かもしれない。此方を錯乱させる言葉かもしれない。けれど――。
全員が全員、今までずっと疑問に思っていた疑惑だ。その真実が今此処でやっと明かされようとしている。皮肉にも敵の手によって。
…セルシアには悪いと思うけれど、どうしても聞きたかった。
10年前の本当の真実。リトとセルシアの身に何が起きたのか。そして彼は今何処に居るのか―――。


「リト・アーテルムはね、」

「――それ以上言ったら、殺す」

ドスの聞いた、本当に低い声。何故セルシアは其処まで隠したがるんだ?歩みだそうとするセルシアをキースが止めに入った。
セルシアとキースがいがみ合う中で、ノエルが言葉を発する。
はっきりと言われたその言葉が、一瞬理解できなかった。















「――9年前にもう死んでるのよ」










――…今、あの女何て言った??





セルシア以外の全員がその場で硬直してしまう。暫く今の言葉が理解しなかった。しようとしなかった。


「……は?」

静寂の中、リネが強張った笑みで此方に歩み出て来る。
困惑した表情のリネに向けて、ノエルからの言葉は続いた。


「此処に居るリトはそうね…言うならば‘リト・アーテルムの屍’って所かしら?
その辺は全部セルシアが気付いているでしょう。どうせならもう話しちゃえば?わざわざ機会を作ってあげたんだし」

そう言ったノエルが、踵を返して神殿の入り口に向け歩き出してしまった。

「石の回収は良いのかよ」
慌ててノエルの傍に寄ってきたキースの問いに、ノエルが答える。
「この辺の空気が凍ってるのはグレミス水の所為よ。きっと地下でグレミス水が発生しているわ。どうせ無駄足だし帰るわよ」

そう言って3人は闇の中に消えて行ってしまった。
――この辺の温度が下がっていたのは、グレミス水の所為だったのか。
だがそんな事は今となっては如何でも良い。ノエルの今の言葉をセルシアは否定しなかった。それってつまり……。



「……嘘よね?兄さんが死んでるなんて……あいつ等の嘘でしょ??ねえ。セルシア!!」

リネがセルシアの体に掴み掛かる。彼は無言で俯いていた。
…リト・アーテルムは9年前に死んでいる。ノエルはそう言った。聞き間違えでも何でもない。確かに言ったんだ。


「…どういう事よ、セルシア」

緊迫の空気の中、セルシアに声を投げる。
だが彼は何も言わなかった。リネに体を掴まれたまま、何も言わず唯唇を噛み締めている。

「何とか言いなさいよ!!」
リネが声を荒げた。彼女の声も又、今までに無い程の悲痛の声に染まっている。
そんな彼女の声にやっとセルシアが声を投げた。呟くような小さな声。風の音で消されてしまいそうな程、弱弱しい声で…。



「――そうだよ。リトはもう死んでるんだ。…9年前の、ある事件で」



…肯定、した。
誰もがその場で硬直してしまった。
セルシアが今までリトの事を話したがらなかった本当の理由は――これ、だったのか。
リネもまた彼の体に掴み掛かったまま硬直していた。










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