セルシアに掴み掛かっていた彼女の指が脱力した様に下にぶら下がった。セルシアは相変わらず俯いている。だが彼の言葉は続いた。 「…何時かはちゃんと話さないといけないと思っていた。 ……勝手な事言ってごめん。リネ。…だけど今から話すのは‘本当の真実’だ。――聞いて欲しい」 顔を上げたセルシアの瞳が微かに潤んでいた。それはきっと、セルシアが思い出すのを躊躇する様な辛い記憶に違いない。 セルシアがどうして今までリトの事を隠していたのかがやっと理解出来た。 兄が生きてると信じきっていた彼女には、言える筈も無かっただろう。――リネの兄は9年前にもう死んでいた。なんて…。 *NO,61...崩壊* セルシアは一呼吸置いてから小さく言葉を発し始めた。 「10年前ネメシスの石を奪った俺とリトはずっとネメシスの石を返しに行く為の計画を立てていた。 けれど、警備が手厚になった所為でそれは難しくなっていたんだ」 …それは知ってる。SAINT ARTS本部でセルシアが確か似た様な事を話していた。 時々言葉に躊躇しながら、それでもセルシアは言葉を発し続ける。――全ての真実を。 「そうして結局何も行動を起こさないまま1年が過ぎて――。 …事件は起きた」 セルシアが再び口を閉ざした。 そう、此処からが今まで語られる事の無かった‘リトの行方’の裏側―――。9年前、何故リトが死んだのか。その真相の話だ。 リネは俯いたまま身体を震わせていた。 …彼女も辛いだろうな。 生きていると思ってずっと探していた兄が突然‘もう死んでいる’なんて言われたんだから。しかも敵であるノエルの手によって。 セルシアは時々目を伏せながら言葉を続ける。 「今から9年前。ネメシスの石を管理する種族――ウルフドール族が、俺達に報復を図った」 その言葉に最初に驚いたのはアシュリーだった。 同じウルフドール族の起こした行動とはいえ、彼女もそれは知らなかったんだろう。 だけど…‘報復’ってどういう意味だ? 「それってどういう意味?」 アシュリーが直ぐに報復の意味を聞いた。彼が躊躇した顔で、それでも言葉を続ける。 「ネメシスの石を奪った事。…ウルフドール族にはバレていたんだ。 だから俺達はウルフドール族によって復讐された。 住んでいた街を焼き払われ、‘ネメシスの痛みはこんな物じゃなかった’と街の人を殺され、所属していたunionを八つ裂きにされた――――」 「ちょ…何それ。幾らなんでも酷すぎじゃ…」 「…これが俺達のした罪の重さだったんだよ。俺達が石を盗む事は、ウルフドール族にとっては大量殺人をされたのと一緒だったんだ……」 イヴの言葉に対しセルシアが儚げに笑った。けどそんなのって幾らなんでも酷過ぎじゃないだろうか。彼等2人だけに報復する訳じゃなく、周りの人 や自分達の所属していたunionの人間まで巻き込むなんて…。 …セルシアが9年前の事を心の傷にしているの、何となく理解できた。 そりゃ、自分とリトの所為で大量の人が殺されたんだから後悔は感じて当然だ。 ……セルシアはそんな誰にも言えない大罪を、この9年間ずっと独りで抱えて生きてきていたんだ。 「…勿論俺とリトも報復を受けた。ネメシスの石を取り返しに来て、俺達を殺そうとしたんだ」 その記憶は、今でも鮮明に残っているに違いない。 セルシアの口により、その時の情景は鮮明に語られた―――。 * * * ――その日。俺は偶々隣町に出掛けていた。 所属しているunionのリーダーから隣町に滞在しているunionに書類を渡してきて欲しいと頼まれたので、それを引き受け隣町まで行った。 簡単な任務だったからわざわざリトを誘って行く事も無いだろうと思い、彼がリネの世話をしてる間に家を出て隣町まで向かう。 そしてリーダーから受け取った書類を隣町に滞在しているunionに渡し、この街へ帰ってきた時―――既に街は紅に染められていた。 赤い炎と、紅い血――。 其処はまるで地獄絵図だった。一瞬目を疑った。この街は本当に俺が住んでいる街なのか?? とにかく俺は真っ先にリトとリネの所に戻った。どうか2人が無事で有る様に…。 ……その時、俺はどうしてこの街がこんな目に遭っているのか分からなかったんだ。 『リト!!』 ――家に戻って最初に目に入ったのは、乱暴に蹴散らされた家具と、そして…。 …壁に凭れて座っている、紅に身体を染めたリトの姿だった。 『……セルシ、ア…か……』 掠れる程の小さな声。慌ててリトの傍に寄って、傷を確認した。 腹部の右から左にかけて、酷い切り傷が有る。そして左腕が在らぬ方向に曲がっていた。…見ていて痛々しい姿だ。 『どうしてこんな事に…っ……?』 泣きながら彼の右手を握る。既にその手は冷たくなり始めていた。 嫌だ、死なないで。死なないで!!……リトが死んだら誰に縋って歩いていけば良い?? 『……良いか…セルシア……よく、聞け…』 そんな中、リトは掠れた声で必死に声を紡ぐ。 時々口から吐血した血が溢れてきた。…俺が回復術師だったら良かった。少しでも回復術を齧っていたなら――リトは救えた!! 回復術の使えない自分を本気で呪った。とにかくこのままじゃリトが危ない。隣町まで彼を担いで…。 そんな中でリトが声を絞り出す。その言葉に――絶句した。 『この、街が…襲われ、た…のは……ネメシスの、石を奪っ…た俺達…へ、の…‘報復’だ……。 ネメシスの…石……の管…理者…達――ウルフ、ドール族が……、俺達に…復、讐……しに…来たんだよ。 ……ネメ…シスの石を……返せ、ってな……』 …そんな。そんなのって……。 絶句したまま、その場を動けなかった。本当にウルフドール族が実在していたなんて。 ううん。それ以上に――石を奪った事がこんなに重い罪だったなんて……。 改めて自分達がした事の愚かさと卑劣さを思い知った。全部俺の所為だ…。 『……俺はもう…助からない……。 …向こうに顔も見られてるし…逃げてもきっと……また、俺を殺しに来る……』 『嫌だ……』 ――お願い、そんな事言わないで。 リトは絶対に、俺が助けるから…。だからそれ以上自分の命を捨てたような事、言わないで。 『……けど…お前なら、逃げれる……。…まだ奴等に顔を見られてない…お前、なら……っ!!』 そう言ってリトは再び口から溢れんばかりの血液を吐き出す。慌ててリトの背中を支えるが背中も既に血で染まっていた。 手に彼の血が付着する。これは悪夢?…ううん、違う。現実……。これは俺とリトが犯した過ちが生んだこの世の地獄なのだ。 『……頼む…セルシア……。…リネを連れ、て…此処を、逃げてくれ……。 …リネは2階で…隠れる様、に…言ってある……。…お前がリネを呼んだら…きっと顔を出す…から……』 『……嫌だ!!』 そんなの絶対に嫌だ。リトを置いて行く?そんな事出来る筈が無い。 だってこんな所にリトを置いていったら――。それはリトを見捨てるのと一緒だ。 『セルシア……。…頼む…言う事聞いてくれ…。 …コレは俺が犯した過ちだ…。…元々……お前を誘った俺が悪かったんだ……。…お前に、罪は無い…。…だから……。 …………死ぬのは俺だけで良い…』 『…そんなの、絶対に嫌だ!! リトだけの所為じゃ無い!!俺だって悪いんだ!!――リトが死ぬなら、俺だって死ぬ!!!!』 直ぐにリトの言葉を否定する。けれど。 『セルシア!!』 今までに聞いた事の無い様な声で怒られた。その声に思わず体が痙攣し、目を瞑ってしまう。 そんな中自らの血に染まった手で、リトが肩に手を置いてくれた。 目を薄く開くと――リトは優しい笑顔で笑っている。 『……リネの事…任せられるのは…お前だけ、なんだ……』 『…リ、ト………』 『…お前なら、出来る…よな……?――‘親友’…だろ??』 ――呟いたリトの瞳から、涙が零れた。 …貰い泣き。俺の瞳からも涙が零れる。嫌だ、リトを置いていきたくない。けれど……。 俺も此処で死んだら、きっとそれはリトを裏切る事になってしまうんだ。リトは俺を信頼して、最期の最期にリネを任せてくれた。リネを任せれるのは 俺だけだって…。こんなどうしようもない俺の事を、最期まで‘親友’として信頼してくれた………。 じゃあ俺は、その信頼に答えなくちゃ行けない。それが俺なりの‘罪滅ぼし’……。 『……ずるいよリト…。…そんなの……』 『…そうだな……。…ごめん、な…。……結局、お前に全部背負わせちゃって……ホントにごめんな……』 肩を引き寄せて、お互いに抱き合う。血に塗れた手の平からもう温もりは感じられなかった。 視界が涙で滲み出す。零れた涙が止まらない。リトの顔が、真っ直ぐ見れない。 『…もう、行けよ……。…直ぐに…奴等が…帰ってくる……。…だから…』 引き寄せられた体は直ぐに開放された。ねえ、もうさよならしなくちゃいけないの?? どうしてこんな事になってしまったんだろう。俺達は唯リネを養いたかっただけなんだ…。そして、ネメシスの石を価値を知らなかった。それだけ。 …ううん。でもそれが俺とリトの間違いだったんだ。俺とリトはネメシスの石の価値に気付いていなかった。だからこんな報復を受けた……。 立ち上がり、涙を拭いながら踵を返した。 『リネを連れて隣町まで逃げたら――助け、呼んでくる』 『……セルシア…』 『だからそれまでは生きて。……お願い…』 『…分かった……。…待ってるよ』 ――リトのその返事を聞いて、セルシアは2階に走り出した。2階にまだリネが隠れている。彼女の事だからきっと一番奥の押入れの中だ。 一番奥の部屋まで走り、直ぐに扉を開けた。 『リネ!!』 叫ぶと、押入れから彼女が少しだけ顔を覗かせる。やっぱり其処に居た。 まだ6歳数ヶ月程度の幼い体を抱き上げて、二階から一階へと階段を下りる。 下りた所でもう一度リトの姿を確認した。確認しただけだけどリトに怒られた。 『馬鹿、何やってる…早く逃げろ!!』 『……リトの馬鹿!!』 今の俺はそれしか言えなかった。もっと沢山伝えたい事が有ったのに――それだけしか言えなかった。 ありがとう、ごめんなさい。…伝えたかった事が数々溢れてくる。 あれが最期のリトとの会話だと気付いていた筈なのに、俺は伝えたい事を何一つ伝えれず、家を飛び出した。 家を出ると、遠くに獣の影が見える。――あれがウルフドール族…。 見つからないよう、茂みに隠れながらリネの体を抱えて走った。息が切れても、脚が痛んでも、それでも走り続けた。それしか道は無かった。 走り続けながら――ずっと泣いた…。 頭では分かっていた。きっとリトはもう――――…。 だから、悲しくて悲しくて悲しくて…胸がはち切れそうだった。 俺の所為だ。俺が街の人達を殺してしまった。俺がリトをこんな目に遭わせてしまった。全部全部俺の所為だ!! こんな事になるのなら俺が祭壇にネメシスの石を戻しに行けば良かった。俺一人が捕まったってリネはリトが養っていける。 ……そうだ…。そうしていれば良かったんだ。現に報復しに来たウルフドール族達は自分達に1年も有余をくれたじゃないか。なのに俺が帰しに行 かなかったから、…もっと早く行動を起こさなかったから……。だからこんな事になってしまった!!! 『……っ……あぁあああああっ!!!』 立ち止まって、泣き叫んでしまった。もう限界だった。 もっとリトと一緒に居たかった。話したい事だっていっぱい有った。これからも3人で幸せに暮らしていけると信じていた。 彼は…リトは、こんな俺に優しくしてくれて、どんな相談にも乗ってくれる最高の親友だった。 けれどその幸せを崩したのは、親友を殺してしまったのは――紛れも無く俺……。 泣いて、泣いて……視界が見えなくなって。それでも泣き続けた。 何時しか空が泣き出して――周りには雨が降り続けていた。 それは全てを洗い流そうとする―――、懺悔の雫。 * * * 「…そこで気絶した俺は、目が覚めたら隣町の宿屋に居た。 リネは無事だった。けれどその日の記憶を全て失っているみたいだった。…きっとリネにも衝撃の強い記憶だったんだと思う。 だから俺は隠す事にした。何時かリネが本当の真実を受け入れる歳になるまで――この事実は隠していこう。 そして俺が、リトが償えなかった分の罪を償っていく。――そう、誓ったんだ……」 セルシアは大粒の涙を零しながら、全ての記憶を語った。 それは赤に染められた大罪の記憶。 …同時に、彼の‘戒め’の記憶でも有るのだ――。 静寂。誰もが彼の口から語られた本当の真実に、唇を噛み締め黙り込んでいた。 余りにも痛々しい記憶だ。 セルシアもリトもリネを養う為にネメシスの石を奪った。けれどそんな2人の行動に怒ったウルフドール族は、彼等に‘死’という制裁を与えた。 その制裁の中で唯一生き残ったセルシアは、同じく制裁の中で生き残ったリネをずっと守り続ける事を誓ったんだ。 そして同時に――彼‘リト・アーテルム’が償いきれなかった分の‘罪’も償おうと頑張ったんだ。 ねえセルシア。どうしてそんな大きな罪、今まで自分独りで抱えていたのよ。あんた辛くなかったの?? カスタラで視た涙の本当の理由がやっと分かった。それは懺悔の雫。――リトへの弔いの涙。 「…信じ、らんない……。…何で言ってくれなかったのよ……」 そんな中リネが小さく、本当に小さく呟いた。だがこの静寂の中だ。彼女の声ははっきりと聞こえる。 「…ごめん……」 俯きながら謝るセルシアに、リネは言葉を吐き続ける。 「生きているって期待して兄さんを探し続けたあたしを見て、ずっと笑ってた?」 皮肉と憎悪の篭った声。 リネの瞳には涙が溜まっている。その瞳は恨めしそうにセルシアを見上げていた。 「違っ……」 直ぐに彼がその言葉を否定するが、それが余計にリネの怒りを掻き立てる。 「もうあんた何か信じない!!!最低!!!」 高らかにリネがセルシアに向けて叫んだ。 そんな彼女を誰も抑制できない。する術が見当たらない…。 唇を噛み締め、俯くセルシアにリネは尚も暴言を吐き続ける。 「何であんただけが生きて、兄さんが死ななきゃいけなかったのよ!!」 今にもセルシアに掴み掛かりそうな勢いだ。一歩彼女が前に出ると比例してセルシアが一歩後ろに下がった。 彼女の頭の中で何かが弾ける。 ――それはどす黒い赤色をした憎しみという感情。そして彼女の怒りの矛先は間違った方向に進み出す。 「あんたが死ねば良かったんだ!! 9年前……兄さんじゃなくてセルシアが死ねば良かったのに!!!!」 「っ――…」 …彼女の言葉に、セルシアが刹那瞳を潤ませた。 「リネ――!!」 流石に今のは言い過ぎだ。怒りの矛先が間違っている。 セルシアは悪くない。…いいや。誰も悪くないんだ。 リネに声を投げると、彼女がはっとした表情になった。先程自分がどれだけ酷い事を言ったか漸く気付いた様だ。表情に戸惑いが見える。 だがその言葉を弁解する事無く彼女はそのまま踵を返して神殿の入り口まで走り出してしまった。追い掛けないと…! 一瞬仲間の方を振り返ると彼等は瞳で行けと催促する。…セルシアの事はアシュリーとレインに任せよう。 「ロア!マロン!!」 2人に声を掛けてから、リネを追い掛け走り出した。 BACK MAIN NEXT |