我武者羅に神殿内を走り続けるリネを、とにかくひたすら追いかけた。
これだけ広い神殿だ。彼女を独りきりにさせたら迷子になって神殿から出て来れなくなるかもしれない。
散々走り回る彼女を追いかけ続け――やがてやっと足を止めた彼女の手を思い切り掴んだ。


*NO,62...すれ違い*


「何処まで逃げる気よ?」
肩で息をしながら、リネの手を握り締める。彼女は俯きながら嗚咽を吐いていた。多分泣いているんだろうな。
直ぐ後に追いかけてきたロアとマロンが走り寄って来る。2人もまた大分走ったのだろう、肩で息をしながらもリネを見つめた。
「…ほっといてよ……」
そんな中で小さくリネが声を上げる。
…ほっといて、か。多分今は誰とも会話したくないという事だろう。けれどこんな所にリネを独りで放置する訳にも行かない。
「街に着いたら幾らでもほっといて上げるわよ。とにかく今は神殿を出ましょ。ね?」
手を引いて歩き出そうとするが、彼女の足は動かない。
「……戻りたくない」
ぽつりとリネが呟いた。きっとそれはセルシアの顔を見たくないという意味何だろう。
無理に仲直りしろとは言わない。隠してたセルシアだって多少は悪いし、あんな事聞かされたらリネだって立ち直れないに決まっている。
けれど9年前のあの事件は、誰も悪くないんだ。確かにネメシスの石を奪った2人が悪いかもしれないけれど、2人はリネを助ける為にそうしたん
だ。彼等は石の本当の価値に気付いていなかった。――それが自分達の罪だった、と。セルシアはそう言っていたが…。
「戻りたくないって言ったって、どうせ戻らないと駄目なんだぞ?」
傍に居たロアが彼女に声を投げる。だが彼女は肩を震わせたまま何も言わなかった。
どうしよう。ほおっておく訳には行かないけど、リネはこの場を動く気配がしない。
色々悩んで、2人に声を掛ける。
「先にレイン達の方に戻って、街に行っててくれない?」
「…イヴとリネは?」
「後から行く。……それなら良いでしょ?リネ」
マロンの問いに答え、リネの顔を覗きこんだ。彼女は否定も肯定もしなかったが納得はしたみたいだ。
とりあえず此処まで着いて来てもらったロアとマロンには悪いけれど、先にレイン達と一緒に街に帰って貰う事にした。
2人は動揺した顔をしながらも踵を帰して今来た道を歩き出す。
やがてロアとマロンの姿が見えなくなってから、リネがその場に座り込んでしまった。
「……セルシアの事、許せない?」
リネの隣に座って、彼女の頭を撫でてやる。
膝を抱えて蹲っていたリネが微かに頷いた。やっぱり許せないか。仕方ない気もするが…。
「セルシアだってわざと隠してた訳じゃないわよ」
「……」
彼女は何も言わなかった。俯いたまま肩を揺らして嗚咽を吐き続けている。
これ以上話し掛けてもリネの気持ちを害するだけだろう。だから何も言わずに彼女の頭を撫で続けた。
沈黙の中で周りの景色を見上げる。…かなり奥まで来てしまった様だ。見たことの無いレリーフが並んでいた。
何とか道は覚えているが…迷ったらどうしよう。
困った時は右の壁に沿って歩けば外に出れるって言うけど、あれを試したら外に出れるだろうか。
そんな事を考えながらふと彼女の方を見ると、彼女は顔を上げていた。だがずっと指で涙を拭っている。
零れ続ける涙を軽く拭ってあげた。それでも彼女の涙は止まらない。
その泪の意味はきっと、セルシアへの憎しみと――兄が死んでいた事への悲しみ。だと思う。
まだ暫くは立ち直りそうにない彼女の肩に軽く手を置いた。




* * *



「何時言うつもりだったんだよ?あの話」
沈黙の果てに、レインが俯いたままのセルシアに声を投げる。
「……分からない。…けど、何時かは言わなくちゃいけないって…思ってた」
「言ったらリネが怒ることぐらい分かってたんだろ?だからお前は今まで言い出せなかった。…違うか?」
「……」
レインの言葉にセルシアは黙り込んでしまう。それでもまだ言葉を投げようとするレインを――彼女が止めた。
「それ位にしておきなさいよ。セルシアだって反省してるわ」
黒髪を靡かせながらアシュリーが呟く。…反省、ね。
はいはいと適当に返事を返して、神殿の奥を見た。走り去ってしまったリネと、それを追いかけた3人が帰って来る気配は無い。
相当奥まで走って行ったんだろうな。無事に帰ってこれるのかよ。苦笑しながらそんな事を思う。
そして再び沈黙。暗い神殿の中にどんよりとした空気が流れ続ける。

「…お前は辛くなかったのかよ?」
沈黙は苦手だ。だからもう一度セルシアに問い掛けた。
俯いたまま静かに泪を零した彼が、ぽつりと掠れた声で呟く。
「…俺が抱えている罪より……リトの話をするリネを見てる方が…辛かった……」
……まあ、それはそうだろうな。何も知らない彼女は兄を探し続けていた。だけどセルシアはずっと兄が死んでいた事を知っていた。だからこそ、そ
の話をされるのは何よりも辛かったのだろう。
俯いたセルシアの頬に、幾重もの雫が落ちている。
…こいつが泣虫なのは今に始まった事じゃないが、今はカスタラで見た時以上に泣いていた。
「もう止めなさいって。それ以上言ってもセルシアが辛いだけよ」
「リトじゃなくて自分が死ねば良かったって、思ったことは?」
アシュリーの言葉を無視して問い続ける。
「…そりゃ、何回も思ったよ…。……リトじゃなくて、俺が死ねば良かったのに、って……」
償いのつもりなのか何なのか分からないがセルシアはなるべく素直に答えを出している様だった。
肩に軽く手を置いてやる。思った以上に肩を震わせていた。その震えがあまりにも大きいので、改めて彼が大罪を背負ってきていた事を認識する。
「…そういうのが偽善って、知ってるか?セルシア」
「……」
セルシアは何も言わなかった。ああもう、コイツ見てると時々苛々するんだよな。セルシアと自分はほぼ正反対の性格だから仕方ないんだろうなと
今まで割り切ってたけれど、今その苛々の原因が何となく分かった。
いちいち自分の言いたい事隠してるのが苛立つんだよ。後は泣けば如何にかなるって思ってそうな所とか。
「お前がいちいち曖昧な判断ばっかりしてるから、リネだって怒ったんじゃねえのかよ!!」
「……っ」
軽く怒鳴ると彼の体が痙攣した。比例してセルシアの体が一歩後ろに引き下がる。
「‘何時か言わなきゃいけないって思ってた’?ならさっさと言えば良かったじゃねえか!
カスタラの宿、幽霊船を脱出した後、SAINT ARTS本部でネメシスの事言った時――…、お前には幾らでも機会が有っただろうが!!」
「……」
それでも彼は何も言わなかった。俯いたまま、静かに涙を零し続けている。
そんな中でアシュリーが仲裁に入った。
「止めて!!これ以上喧嘩して何になるのよ?!」
セルシアを庇う様に立たれ、思わず舌打ちする。
……まあ俺の言い方も多少悪かったけどな。少しだがそう感じたので軽く頭を下げた。
「…悪い、頭に血が上った」
謝ると彼は小さく頷くが、頷きながら幾重もの雫を零した。…流石に言い過ぎたか。
近寄って、頭を少しだけ撫でる。場が静まったのでアシュリーも落ち着いたのか安堵の顔を浮かべていた。

セルシアが落ち着いてから踵を帰してもう一度神殿の奥を見つめる。…微かに影が揺らいだ気がした。リネ達か?
目を凝らして見つめると、向こうからロアとマロンの2人が帰ってくる。だが2人だけだ。イヴとリネの姿は無い。
「2人は?」
廊下の向こうから現れた彼等に問い掛けると、マロンが答えた。
「まだ神殿の奥。…リネがまだ立ち直りそうに無いから、先に街に行ってて欲しい。って」
「……ま、何時までも此処に居たって仕方ねえしな」
そのまま今来た道を歩き出す。
何となく道は覚えているので直感を頼りに入り口に向かって歩き出した。

「まだ怒ってるの?リネっち」
俯いたままのセルシアの代わりに、傍に居たロアに問い掛ける。
「怒ってるんじゃないか?…イヴに任せたからよく分からねえ」
なんて無責任な。苦笑してまた歩く事に専念する。
1階に戻ってきた所で崩れた壁から外を見ると、砂だらけの地面は夕日に染まっていた。










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