何十分か経った所で、やっと彼女が重たい腰を上げた。 「もう大丈夫なの?」 瞳を拭っている彼女に問い掛けてはみたものの、正直あまり大丈夫そうには見えない。瞳が真っ赤に腫れ上がっていた。 「大丈夫だって何だって…帰らなきゃ駄目なのはあたしだって分かってるわよ……」 ぽつりとリネが呟き、そして神殿の入り口に向かいゆっくりとだが歩き出す。イヴもまた慌てて立ち上がりその小さな背中を追いかけた。 *NO,63...表と裏側* ――先程からずっと宿の外で待っているのだが、一向にイヴとリネが帰ってくる気配は無い。既に日は落ちきっていた。…もう少し待って、それでも 帰ってこないなら様子を見に行こう。そう思っていると宿屋の扉が開き、レインが顔を覗かせる。 「何時まで待ってんの?2人ならほっときゃ帰って来るでしょ」 「…どうだろうな。リネの奴、セルシアに相当キレてたし」 レインの言葉に苦笑して答える。彼が頭を悩ませながら呟いた。 「‘あんたが死ねば良かったのに’…だっけ?セルシアも相当落ち込んでるぜ」 「……そりゃそうだろ。幼馴染のリネに死ねなんて言われたんだから」 同じく苦笑したレインが扉を締め切り横に立った。 それから自分と同じように辺りを見回すがやはりイヴとリネの姿は見当たらない。…まだ神殿の中なのだろうか。 宿の中では多分アシュリーとセルシア、マロンが同じ部屋にいる筈だ。セルシアが相当落ち込んでいたから慰めてるかもしれない。 とにかく2人が帰ってこないと困る。 今後の事だって話し合えないままだし、まだセルシアから神殿でノエルが言っていた‘リト・アーテルムの屍’という意味をきちんと聞いてない。 …セルシアなら気付いている筈ともあの女は言っていたけれどそれはどういう意味なんだろう。セルシアしか知らない情報なのだろうか?? ―――唯、赤のネメシスと関連してそうな事は確かだ。 そんな事を考えているとレインが肩を叩いてきた。 「あれ、イヴっちとリネっちじゃね?」 そう言って彼が指差した先。――人込みの中に、確かに2人らしき人物が見えた。 近付いて来るにつれその姿がはっきりと見える。…間違いない。イヴとリネだ。 駆け寄ると最初にイヴが此方に気付いた。 「出迎えてくれなんて誰も言ってないわよ」 「そりゃあすいませんでしたね。…これでも心配してたんだぞ?」 「そう?ありがとう」 適当に返事を返した彼女はそのまま宿の入り口まで歩き続ける。 その隣を俯いたリネが何も言わずに歩いていた。…セルシアも落ち込んだままだがこっちも相当重症だな。 「おかえりー。遅かったねー?」 そんな2人を入り口に居たレインが何処までも無神経に出迎える。あいつ一発頭殴って来ようか。 「はいはい、ただいま」 自分に返事を返した時より更に適当に彼女が返事を返す。2人はそのまま宿の中に入ってしまった。自分もそれを追いかけ宿の中に入る。 彼女達は躊躇う事なく階段を使って二階へ上がっていった。今日はもう休む気なのだろう。これ以上追いかけても無駄そうだ。 「部屋は一番奥が空いてる!!」 彼女に向かって叫ぶと振り返ったイヴが軽くOKサインを出した。2人はそのまま二階に上がっていく。姿が見えなくなるまでそれを見ていた。 「追い掛けなくて良かったの?」 後からやって来たレインが声を掛けて来る。 「追い掛けたってしょうがないだろ。リネの事はイヴに任せようぜ」 大勢で問い詰めるより1対1で会話させた方がリネもきちんと自分の意見を言えるだろう。それに今彼女とセルシアを傍に置くとまた喧嘩し出すか もしれない。こうするのが一番良いのだ。 とりあえずセルシア達が待っている部屋に行こうと自分も階段を上った――。 * * * 一番奥の部屋が空いてる、とロアがさっき言ってた。 彼の事を疑っている訳じゃないが念の為部屋に誰か居ないかノックをして確認する。…返事は無かった。無人っぽい。 部屋に入ると、静まり返った部屋には確かに誰も居なかった。 「あたしと相部屋で良い?」 俯いている彼女に問い掛ける。リネが頼りなく頷いた。とりあえずOKの様だ。 部屋の扉を閉めて、2つあるベッドの内右側の方のベッドに腰掛けた。釣られたリネが反対側のベッドに腰を下ろす。 「……ねえ、リネ」 「……」 彼女は何も答えない。神殿を出たときから彼女はずっと無言だ。兄が死んでいた事。聞かされて辛いのは分かるけれど…。 「…ホントにセルシアが悪いと思ってる?」 でも、セルシアに当たるのは可笑しいと思う。 彼はリネの為に今まで真実を隠していたんだ。そしてその大罪を独りで背負い続けていた。セルシアだって辛いのは一緒の筈。 「……そんなの…あたしだって分かってる……」 沈黙の果てに、リネが声を上げた。普段からは考えれない弱弱しい声。 一言も聞き逃さないよう耳を傾ける。彼女は尚も言葉を続けた。 「…セルシアは…悪くない……。…そんなの…知ってるわよ……っ…」 「……じゃあ」 それなら、素直に謝ってきた方が良い。 彼女が神殿内で言った言葉――‘セルシアが死ねば良かった…’――その言葉がきっとセルシアを苦しめている筈だから。 けれど彼女は首を横に振る。それから急に声を荒げた。 「けどっ…!……今は無理…。…セルシア…見ると……兄さんの事、思い出すから…っ…」 そう言って彼女はまた泣き出してしまった。…兄の事を思い出す。か……。 彼の前に立つと素直になれる自信が無いという事だろう。唯彼女も心の中でちゃんと分かっているんだ。セルシアが悪い訳じゃないって。 …少し安心した。これでリネが‘セルシアが悪い’って言い出したらどうしようかと思っていた。 傍に寄って軽く頭を撫でてあげる。彼女の体は震えていた。 肩を震わせながらも、彼女は話を続ける。 「……イヴには……何時か…言ったわよね……。‘誰かに庇われた事がある’……って…」 …確かに。その話は何処かで彼女から聞いたことがある。 多分ターヴェラ湿原を抜けた辺りだ。確かリネが負傷したから近くで野宿した時、彼女自身からそんな話を聞いた。 軽く頷くと、彼女は涙を拭って声を絞り出す。 「多分あれ……兄さん、だと思う…」 ――ああ、そうか。 きっと9年前、セルシアが2人の元に来るまでにリトが怪我を負っていたのは――彼女を庇ったから。なのだろう。 その当時の事は今となってはセルシアしか分からないからよく分からないが、きっとリネを庇ったのは兄であるリト・アーテルムなのだ。 セルシアが、リネはその日の記憶は覚えていなかった。と言っていたから彼女も今までそんな事忘れてしまっていたのだろう。 けれどあの時――ターヴェラ湿原でノエル達と戦った時。偶々思い出してしまった。何か重なる物が有ったのだろう。9年前のあの日と。 その記憶はきっと過酷で辛い物。だからこそリネが立ち上がる気力さえ無くしてしまった。 湿原でリネが言っていた話は唯の‘思い込み’何かでは無かった。9年前、確かに彼女も体験した惨劇の‘記憶’だったのだ。 「……そりゃ、トラウマの一つや二つにでもなるわよね…」 リネを庇ったからリトは深い傷を負った。それでも彼は最愛の妹を守る為彼女に隠れる様言った。 後から帰ってくるであろう最愛の親友セルシアに、リネの事を託す為に―――。 …ずっと疑問に思ってきた事は全て、セルシアとリトの過去を知って色々繋がって来た。 やっぱり彼等の記憶は全ての‘キーワード’なのだ。 10年前。セルシアとリトが石を奪った‘事件’と、9年前リネも体験した‘惨劇’に、きっと全ての答えは有る。 ネメシスの石の事も――3人の過去を手繰れば何か分かるのかもしれない。結局全ては彼等の過去に繋がっていたのだ。 隣に居るリネは何時の間にか此方に凭れて寝息を立てていた。多分泣き疲れて眠ってしまったのだろう。大分泣いてたし。 とにかく彼女を起こすのは可哀想だ。ゆっくりと彼女をベッドに寝かせて、部屋の照明を落とした。 BACK MAIN NEXT |