翌日、目を覚ますとリネはまだ眠っていた。軽く頭を撫でてから適当に着替え、髪を整えて部屋を出る。 すると廊下でロアとレインに鉢合った。2人共外から帰ってきたっぽいけど…何処か行ってたのか? 「どっか行ってたの?」 問い掛けると苦笑交じりにロアが言った。 「ひょっとしたらと思って神殿見に行ったんだけどさ、やっぱりまだ駄目だった」 …ああ。神殿に有るグレミス水の確認をしに行ってくれてたのか。やっぱり1週間は待たないと駄目何だろうか。 そう思いながらアシュリー達の居る部屋に入った。 *NO,64...狭間の想い* 部屋にはとりあえずリネ以外の全員が揃っていた。セルシアも居る事には居るが、ずっと窓の外を見つめている。…あれは相当落ち込んでるな。 「リネっちは?」 レインの問いに彼を見上げながら答える。 「まだ寝てる。昨日泣き疲れたみたいだから」 何も考えずにそう答えたが、自分の言葉にセルシアが少しだけ肩を落とすのが見えた。 …しまった。きっとセルシアの事だから自分の所為だって思ってるんだろうな。 振り返った彼の瞳は、やっぱり赤い。…セルシアも昨晩泣いたんだろう。リネにあれだけ酷い事言われたんだから分からない事も無いけど。 「……で、これからどうすんの?流石に1週間此処でごろごろは駄目でしょ」 そんな中空気を変えようと試みたらしいレインが声を上げる。 …確かにレインの言う通りだ。緑のネメシス回収の為暫く此処に居ないといけないのは確かだが1週間此処でぼーっとしているのは余りにも時間 の無駄遣いだ。 「BLACK SHINEの情報を集めるのは?」 アシュリーが提案した。まあそれが妥当だろう。緑のネメシスを手に入れたらどの道次はBLACK SHINEを追い掛け回さないといけないんだ。 「…それしかする事無さそうだしな……」 ロアが賛成の声を上げる。マロンとセルシアも微かに頷いた。多数決してもこれは情報集めで決定だろうな。 「じゃ、あたしその辺回ってみるわ」 「俺もー」 イヴの言葉にレインが陽気な声を上げる。…けど全員出払う訳にはいかない。リネがまだ眠っているから1人か2人は残らないと。 で、セルシアも暫くは体を休めたいだろうし彼も此処に居残らせるとして。 上手くリネとセルシアの仲を仲裁してくれる人が欲しいんだけど…。 そう思い、隣の男を見上げる。……レインなら意外と2人の仲を仲裁出来そうじゃない?もし喧嘩になってしまっても上手く止めてくれそうだし。 「あんた、此処に残りなさい」 「えー?!」 レインに声を投げると彼がいかにも嫌そうな顔をした。腕を掴んでレインを引き寄せ、彼にだけ聞こえる程度に囁く。 「リネとセルシアだけを此処に残す訳には行かないでしょうが!あんたが上手く2人を仲裁しなさい」 「…なんつー役を押し付けてくれんの。イヴっち」 男は完璧な苦笑を浮かべる。まあ大変な役だしね。レインだから如何でも良いけど。 「偶には働きなさい」 そう言ってレインの腕を放した。それからもう一度皆に聞こえる声で言葉を続ける。 「リネがまだ寝てるからセルシアとレインが此処に居残りね。後は情報探し。…それで良い?」 その言葉にセルシアが少し驚いた顔を見せる。…だが意外とあっさり頷いた。多分セルシアの事だからリネが起きたら彼女に謝りに行くつもり何だ ろうな。火に油を注ぐ様な物だから止めた方が良い気もするけど。 レインも渋々とだが了解する。まあもし2人が喧嘩を始めても全部こいつが如何にかしてくれるでしょ。 そう思いロアとアシュリー、マロンを手招きして部屋を出た。 ばらばらに情報収集した方が効果的なのは分かっているので、宿を出た所で3人とは別れて街を探索する。 とりあえずその辺に居た人を中心にBLACK SHINEについて聞きまわったけれど、これといった情報は手に入らなかった。 殆どが自分達の知っている情報か、誤報だ。 やっぱり情報収集をしているunionの人間を探して聞くしか無いだろうか。――SAINT ARTSの人間、何処かに居ないかな。 流石にリネに聞いても意味が無い事ぐらいは知ってるので別の人間を探し回る。 街を歩き続ける中で――見覚えのある少女が目に入った。 此方を見て彼女はにっこりと微笑む。 …あれって。 ――無意識の内に足が動いていた。踵を返し歩き出す彼女を追い掛ける。 路地裏やら階段やらを使って彼女の姿を追い掛ける内に、街の端にある噴水前に出てしまった。 この周りだけは至って静かだ。人の姿も見当たらない。……あれは見間違えだったのか…。 そう思ったところで後ろに人気を感じる。直ぐに振り返ると――‘彼女’は居た。 「……ヘレン」 「こんな所で会うなんて奇遇だね、お姉さん」 そう言って彼女は無邪気に笑った。…彼女の姿を見るのはこれで3度目だ。 1度目はクライステリア・第一神殿。2度目はcross*unionまで帰る際の船。そして3度目は今。 何にせよいちいちタイミングが良すぎないか?余りにも不振すぎる。これはもう追い掛け回されてるとしか考えれない。 「どうして此処に居るのよ」 「何となく、かな?」 相変わらず無邪気な笑みで彼女は答えた。彼女は笑顔で周りをステップしながら言葉を投げてくる。 「お姉さん。BLACK SHINE探してるんでしょ?」 「……何で、それを?」 「さっき街の皆に聞きまわってたの、見てたんだ」 それなら分からない事も無いけど。 …ってつまり何だ。やっぱり今まで彼女に監視されてたのか?でも何の為に?この少女は結局何が目的なんだろう。さっぱり意味が分からない。 「BLACK SHINEを探しているならグローバルグレイスに行くと良いよ。――あそこは、全ての‘はじまり’の場所だから」 彼女はそう言ってまた無邪気に笑った。…グローバルグレイス?はじまりの場所??さっぱり意味が分からない。 「それって何処に有るのよ」 「此処から近い場所にある、今は廃墟の街。…きっとお姉さんの仲間の人が知ってるよ」 「廃墟の街?…何でそんな場所にBLACK SHINEが……」 首を傾げた所で彼女は軽いステップでその場を遠ざかっていった。 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」 声を掛けると一瞬だけヘレンが振り返る。そして此方を見てにっこりと笑った。 「あ、そうだ!お姉さんの大切なもの。神殿で見つけたから返しておいたよ。 ――それはきっとグローバルグレイスで役に立つ筈だから、今度は失くさないでね?」 彼女は最後にそう言ってその場を離れていく。…呆然としたまま動けなかった。 ……ってか。‘大切なもの’って何だ??グローバルグレイスで役に立つ??? 呆然としていると、ふと自分が手に何かを握っている事に今になって漸く気付く。手のひらを開けると―――。 「嘘、でしょ…」 ネオンから受け取った青のネメシスを嵌めた指輪が眩く輝いている。 指輪を嵌めた自分の手には、リコリスとフェンネルに盗まれたはずの腕輪――‘黒のネメシス-ダーク・ドゥーバ-’が握られていた。 ヘレンは何時の間に黒のネメシスを握らせたんだ?っていうか、第一彼女が何でBLACK SHINEに奪われた筈のネメシスの石を持っている?? ‘神殿で見つけた’って言ってた所からするときっとノエルか誰かがうっかり落としたんだろうけど…それってつまり彼女もその時‘神殿に居た’って 事になるわよね??クライステリア・第一神殿で見たときも思ったけれどどうして神殿に行く必要があるんだ?? 分からない事だらけだ。 けれどとにかく情報収集出来た事と石が帰ってきた事を考えると…結果オーライ……なのか?? よく分からないけどとりあえずグローバルグレイスっていう場所を誰か知らないか聞いてみないと。 もうロア達も宿に帰ってるかもしれないし、一度戻ってみるか…。黒のネメシスをポケットに入れて、その場を歩き出した。 * * * 「リネっちそろそろ起きたかなー」 部屋の中をぐるぐると回りながらレインが声を上げる。その傍のベッドで座っているセルシアは先程からずっと俯いていた。 だがやがて決心した様にその場を立ち上がり、部屋を出ようと扉に手を掛ける。 「何処行くんだ?」 レインの問いにセルシアが振り返る事なく答えた。 「…リネの所」 「止めとけって。今行っても火に油注ぐだけだぞ??」 「……けれど、これは俺の責任だから…。…ちゃんと謝りたいよ」 そう言った彼はレインが呼び止めるのも聞かず部屋を出て行ってしまった。 扉が閉まる乾いた音だけが部屋に残される。 「……そういうのが自分勝手って言うんじゃねえのかよ…。ちったあリネの気持ちも考えろって」 頭を抑えながらレインが小さく呟いた。 ――対するセルシアは部屋を出てから、リネの居る部屋の前まで何とか足を運ばせる。 …中で時々物音が聞こえた。多分、リネは起きてる。 起きてるけど自分に会いたくないから部屋を出て来ないという所だろうか。 息を呑んで扉を軽くノックした。 「…誰……?」 部屋の奥から、掠れた声が聞こえてくる。また泣いていたのだろうか。そう思いつつ恐る恐る声を掛けた。 「………リネ?俺だけど…」 「……」 彼女から返事は無い。一呼吸置いて言葉を続けた。 「……リトの事は、本当にごめん。何時か言わなくちゃって思ってて、それでも言えなかった……」 扉越しに彼女に声を投げる。 …暫くの沈黙。その果てにリネがやっと口を開いた。 「だから、何?」 「……」 「あたしに許して欲しいって事?」 それは皮肉の篭った声。憎悪の見え隠れする棘のある言葉だった。 扉越しに首を横に振る。違う。そんな事望んでいない。 「…許して欲しい訳じゃない。許されない事だって分かってる。……けれど、リネにはちゃんと謝りたかった」 「……」 …再び、沈黙。 静まり返った部屋の向こうで、リネが歩み寄ってくる音が聞こえる。 静寂の中で、その扉は静かに開かれた。扉の向こうには恨めしそうな顔をしたリネが此方を見上げている。やっぱり瞳は真っ赤に腫れていた。 「…リネ」 「あたしに本気で謝りたいなら、今すぐ死んでよ。死んで兄さんに謝ってきて!!!」 そう言った彼女が此方を睨み上げる。 …瞳を伏せて、彼女の言葉に答えた。 「リネが本当にそれを望むなら、俺は今すぐでも死ぬよ」 そう言って、彼女に優しく微笑む。――彼女が刹那顔を強張らせて固まった。 だが直ぐに此方をもう一度睨むと、近くに合った部屋の家具を投げ出す。 「あんた何か大嫌い!!今すぐあたしの目の前から消えて!!もう顔も見たくない!!!」 「っ…リネ――」 「あんたが死ねば良かったんだ!!あの時あんたが死ねば良かったんだ!!!!」 そう言って彼女が投げたグラスが――偶然にも頬に当たった。 「っ――!!」 割れたグラスの破片が、床に落ちる。――リネが呆然としたまま立ちすくんでいた。 目の下辺り…かな。ずきずきと其処が痛む。目を閉じて指でその場所を触ると、どろりとした赤い血が手に付いた。多分今リネが投げたグラスの破 片が目の下辺りを掠めたのだろう。其処まで傷は深くないけど結構痛む。痛みの所為で傷が有る方の目が開けれなかった。 「何やってんだよ…!!」 流石に五月蠅くやり過ぎた様だ。騒ぎを聞きつけたレインが部屋から出て来た。 相変わらずリネはその場で呆然としている。 まさか本当に当たるとは思わなかったのだろう。現に頬に当たったグラス以外の物は体の何処にも当たらなかった。 一瞬レインもその状況に呆然とした顔を見せる。だが、直ぐにリネとセルシアを引き離した。 「リネは部屋片付けろ。廊下の物は俺が処理しとく。で、セルシアは部屋戻って軽く手当てしとけ。後で俺が見るから」 「……うん、分かった。ありがとう」 セルシアが最初に頷き、部屋を離れようと踵を返す。 「…ホントにごめんね。リネ」 彼は最後にそう言って隣の部屋に入っていった。 「何してんだよ、お前は」 セルシアが部屋に入ってから、レインにそう言われる。…あたしだって当てるつもりなんて無かったわよ……。 彼自身は平常な顔をしていたけれど、頬の下に出来た傷は割りと深そうだった。どろどろと流れ出した赤い血が今でも脳裏を駆け巡る。 気付いたら泣いていた。分かってる。あたしの所為だ。あたしの所為でセルシアが傷付いたんだ。けれど………。 泣きながら落とした物を拾ってると、レインが軽く頭を撫でてくれた。 「ま、あいつも悪いところ合ったから全部が全部お前の所為じゃねえけどな」 「………」 違う。全部あたしの所為だ。だってセルシアを傷つけたのだってあたしじゃない。 頭では分かっていた。セルシアが謝りに来てくれたんだから、あたしも許さないといけないって分かってた。 けれど口を開いたら出て来たのは皮肉だった。…セルシアを余計に傷つけてしまっただけの自分が本気で憎い。 その場で膝を付いて泣いていると――階段の方から声がした。 「ちょ、何してんのよこれ」 声からして、多分イヴだ。彼女はレインと自分の傍まで寄ってきた。 「セルシアが頬を怪我した。悪いけど手当てしてやってくんね?事情なら後で話すから」 「……OK」 頷いた彼女が隣の部屋に消えていく。…彼女が部屋に消えてからも、俯いて涙を零し続けた。 「泣くなって、お前だけの所為じゃねえよ。お前の気持ち考えなかったセルシアも悪いし、止めに入らなかった俺も悪い」 もう一度頭を撫でられて、また泣いてしまう。止めて。悪いのは全部あたしよ。だからセルシアをこれ以上攻めないで…。 でもそれだけの言葉が声にならない。結局その場で蹲って泣き続けた―――。 BACK MAIN NEXT |