「…捕まったっぽい。ごめん」
イアリングに手を当てて通信先の彼女――リネにそれを伝えると数秒沈黙していた彼女がやがて悲鳴にも似た絶叫を上げた。
『どんなドジ踏んでんのよ!!!』
必ず言われるだろうと思っていた罵倒を喰らい、思わず苦笑する。
とは言っても辺りを見回せば其処は地下。景色は鉄格子で塞がれているし…明らかに捕まってるよな、これ。
怒り気味のリネにとりあえず状況と経緯を説明すると、通信機越しに溜息を吐いたリネが答えた。

『其処まで迎えに行くから、じっとしてなさい』
「…場所、分かるの?」
『こんな事もあろうかとイアリングの中に勝手に発信機を詰めといた』
「…本当に準備が良いのね。あんた」


*NO,84...戦慄の赤星*


リネと一旦通信を切って、少し肩を下ろす。
3人達が迎えに来てくれると行ったのだ。下手に動き回るより此処でじっとしていた方が安全だろう。第一此処から出られる手立てが無いし。
当然といえば当然だが気付いた時には4人とも武器系の物を取り上げられていた。セルシアとマロンに至っては魔術増幅器も取られたみたいで2
人は今魔術が使えない。
「リネ、何て言ってた?」
目の前に座っているセルシアが問い掛けてきた。傍に居るロアとマロンも身を乗り出して言葉を待っている。
「…此処まで迎えに来るって。イアリングに発信機付けてたみたいだから」
「……リネって準備良い奴だよな。ホント」
先程の自分と同じ様な言葉をロアが口にする。可笑しくなって少し笑ってしまった。
それから少しでも出来る事は無いかと辺りを見回してみる。
…牢屋に入れられるのは2回目だが、1回目―ヴィエノロの時―とは違ってこの牢屋はかなり頑丈そうだ。体当たりを続けても壊れる事はまず無
いだろう。
そういえばあの時…。と、過去の出来事を振り返る。

…あれ??
過去の記憶を手繰っていく中で、‘何か’が可笑しい事に気付いた。
それはほんの些細な矛盾。小さな出来事に過ぎない。だから今まであたしはそれを無視していた。
けれど今となっては‘それ’を無視する事は出来ない。だって、‘あいつ’のあの行動――明らかに不振すぎる。
BLACK SHINEリーダーが傍に居ると断言されたのだ。今はどんな些細な怪しい事でも疑って掛からないといけない。
…やっぱり‘あいつ’がBLACK SHINEリーダーだったのか??でも…それならどうして………。


「…BLACK SHINEリーダーの事か?」
不意にロアに声を掛けられ、慌てて彼の方を向く。
「……そうよ」
隠す必要も無いと思うので正直に頷いた。その言葉にセルシアとマロンの表情も少しだけ強張る。
…私だって出来れば誰の事も疑いたくないわよ。だって此処に居る6人は、時々とんでもない事件起こしたりとかしてくれるけど――それでも最高
の仲間だって、ちゃんと信じてるから。
けれど情だけじゃこの世界は渡っていけない。あんなに信じていたcross*unionリーダーにもこうしてあっさりと裏切られた。
だからもしかしたら――6人の中にも、そういう‘仮面’を被っている人間が居るのかもしれない…。そう思えてしまうのだ。
「そういうの、考えるの止めろよ。俺達は仲間だろ?リーダーが俺達の気を散らす為の嘘かもしれないし」
「…分かってるわよ。そんな事」
説教されて当然なのだが、ちょっとだけムカついたのでそっぽを向く。
…けれど、あの時。‘アイツ’のあの行動だけはどうしても引っ掛かった。暫くはアイツを注意して観察しておく必要が有るのかもしれない…。
壁に遮られた向こうの空を見上げるつもりで、天井を見上げてみる。
――無音。音の無い闇がそこには無限に広がっていた。




* * *



「イヴっち達、何だって?」
通信を終えたリネに真っ先にレインが問い掛ける。彼の問いに盛大な溜息を吐いたリネが答えた。
「捕まった、ですって」
「…そりゃあ、やっちゃったねぇ。イヴっち」
「しょうがないから迎えに行くわよ」
目的の情報は手に入れた。これ以上此処に居ても危険なリスクがあがるだけだ。さっさとイヴ達を連れて此処を立ち去ろう。
踵を返しメインコンピュータ室を出る。2人が部屋を出てから扉を閉め、廊下を歩き出した。
まあ…和解班が捕まってどっかに隔離されるってのはちょっとだけ予想していた出来事なので念の為発信機をイヴに渡したイアリング状の通信機
に付けておいたのだが…その行動は吉と出たみたいだ。良かった。これなら闇雲にイヴ達を探し回る事も無くなる。
発信機の反応が送られて来る小型の機械を取り出して、一度その場を立ち止まり方位を確認する。…発信機の有る向きに方位が止まる筈だ。
暫くその場で棒立ちしているとやがて方位を示す針が一箇所で揺れて止まった。

「…此処よりもっと下に居るみたいね」

方位は東西南北を指すのではなく下向きに傾いていた。それを確認したリネが機械をポケットにしまって再び歩き出す。
「下って…これより下行きの階段が有るの?」
「多分ね」
アシュリーの言葉に頷くと、横を歩いているレインが茶々を入れてきた。
「階段なんて此処以外に無かったじゃねえかぁ」
…まあ確かにレインの言う事も最もだ。フロア地図を度々見てきたが階段は自分達が使った奴と反対側の方に1箇所あるぐらいだった。
という事は、階段以外に地下に行く方法が有る?
少しだけ考えて――閃いた。
慌てて近くに有ったフロア地図を覗き込む。その行動に少しだけ驚いたアシュリーとレインが顔を見合わせて此方に近付いてきた。

「何か分かったの?」
彼女の問い掛けにじっと地図を見つめているリネが微かに頷く。
そしてフロア地図の有る場所を見つけ――其処を指差した。


「きっとコレで地下に行くのよ」



「…成る程。‘エレベーター’…ね」

――リネが指差した場所に有るのはEVと書かれた場所…つまりエレベーターだった。
確かにエレベーターが地下まで動く可能性は高い。というか階段が無いのだから多分そういう事なのだろう。
エレベーターの場所を確認すると、割と近い場所だ。階段を上がって真っ直ぐ廊下を歩けばエレベーターが見えるはず。
3人で場所を確認し合ってから少し早歩きで再び長い廊下を歩き始めた。
とにかくエレベーターまで行ってみよう。もしエレベーターに地下行きのボタンがあるなら当たりだ。
廊下の突き当たりまで行き階段を上がり、辺りに誰も居ない事を確認してからエレベーターまで一直線に走る。
…急がないと、イヴ達の身に何か起こるかもしれない。捕らえたって事は向こうも簡単に返す気が無いという事だ。慎重に行動しないと。
廊下を一直線に走った先に、エレベーターらしき物が見える。もっと近付いてみるとそれはやはりエレベーターだった。
丁度この階に止まっているらしく、下行きのボタンを押すとエレベーターの扉が音を立てて開く。
中に乗って行き先ボタンを確認した。上行きはF3階まで。下行きは……地下2階!!!
「…関係者以外立ち入り禁止ですって」
アシュリーがぽつりと呟いたので、彼女が指差した場所を見る。地下2階行きへのボタンの横には黄色いラベルで‘関係者以外立ち入り禁止’と書
かれていた。
「そんなの無視よ、無視」
地下2階にきっとイヴ達は居る。確信にも似た思いを抱いて地下2階行きへのボタンを押すが―――。



「…作動、しない…?」

…ボタンを何度も押してみる。だがエレベーターが動く気配は無かった。
「どういう事よこのポンコツ!!」
ムカついたので思い切りボタンを叩き割ってやろうと腕を振り上げたところで――レインとアシュリーの2人から止められる。
「落ち着いて落ち着いてリネっち!!」
「そんな事したら私達まで捕まるわよ?」
…2人に必死で説得されたので、仕方なく腕を下ろした。
にしても何でこのエレベーターは動かないんだ?…いや、地下2階行きだけ動かないという事なのかもしれない。
だが地下へ行くのはこのエレベーターで間違いない筈だ。となると…エレベーターに何らかの仕掛けが有るに違いない。
ボタンを注意してみてみると――地下2階行きへのボタンだけ、妙に一回り大きかった。
もしかして。と思いボタンの周りを掴み、思い切り引いてみる。

…ビンゴ。
地下2階行きへのボタンはあっさりと外れ、ボタンが被さっていた下には暗証番号を入力する様な場所が合った。
きっとここに何らかの暗証番号を入力して正解すれば地下2階へエレベーターは作動するんだ。けれど…暗証番号は何だ?
くそう、メインコンピュータ室に居た時これも調べておけばよかった!!今更後悔して唇を噛み締める。
とにかく何かヒントが有る筈だ。もう一度ボタンを見渡した。
暗証番号はスペース的に4つの数字。横長の画面の下には9つの数字と♯、*が付いている。
とりあえずでたらめに4つの数字を並べてみたが当然正解はしなかった。
…どうやって解けば良いんだ?どうすれば地下行きのエレベーターが作動してくれるのか…全然分からない。
溜息を吐こうとしたその時――レインが肩に手を置いて来る。男は反対の手でボタンの蓋を奪ってきた。
「ちょ、何するのよ」
「…リネっち。これ、ヒントじゃない?」
「……へ?」
レインに言われ、先程取り外した一回り大きいボタンの裏側を覗いてみる。
其処には小さく文字が刻まれていた。細かいけれど…頑張れば読めそうだ。レインからそれを受け取り読み上げてみる。

「…『一桁は象徴の数。一桁は兵士の数。一桁は礎の数。一桁は神の数…』……何コレ、さっぱり意味分からない」

暗証番号のヒントに違いないと思うのだが、何の事だかさっぱりだ。象徴と兵士、礎と神…。…何を指しているんだ??
アシュリーの方を見たが彼女も小首をかしげている。やっぱりこんなの分かるわけ無いよな。諦めて他のルートを探すしか無いか…。
ボタンを戻そうとした所で――レインにまた肩を掴まれた。
此方が声を出す前にレインが声を出してくる。

「2453だ」

「……は?」


「だから、パスワード。2453だって」



……本当に合ってるんでしょうね。疑いの目を向けつつ暗証番号を『2453』と打ち込む。
OKと書かれたボタンを押すと―――、一瞬だけ大きく揺れたエレベーターが前触れも無しに動き出した。


「ほら、言っただろ」
レインが親指を立てて笑う。…暫くは呆然としていたがその後直ぐにレインに掴みかかった。
「あんた…何で分かったのよ?!」
意味分からない。何であのヒントだけで暗証番号が分かるんだ??
ていうかレインてこういう暗証番号を当てたりするの得意何だろうか。メインコンピュータのロックもそういえばレインが解除した。
「んー…。感??」
男はそう言って無邪気な笑顔を浮かべるが…本当に感なのか??まるではじめから答えを知っていたような……。
…って、流石にそれは考えすぎか。
答えを知っている筈なんか無い。だってこんなパスワードを知ってるのはcross*unionの奴かBLACK SHINEの奴以外に有り得ないし。
降下を続けるエレベーターはやがて動き出した時と同じように前触れ無しに行き成り停止する。
開いたドアの先には、メインコンピュータ室前の廊下より尚薄暗い廊下が何処までも続いていた。…どう考えてもビンゴっぽい。
エレベーターを降りてゆっくりと足元に注意して廊下を歩く。
レインも又それを追いかけ様として――アシュリーに引き止められた。

「何?アシュリーちゃん」
「…暗証番号が分かったの。本当に‘偶々’なの?」

「……偶々だって。なんとなくこうかなーって思っただけだし」

苦笑してレインが答える。それでも彼女は疑いの目で男を見上げながら言葉を続けた。
「『兵士の数』は‘BLACK SHINE幹部の数’。『礎の数』は‘ネメシスの石の数’。…それは私も分かった」
「あー。そうそう、それは俺も思った」
「……じゃあ後の2つは?」
問い詰めるとレインが罰の悪い顔をする。そのままふらりと何処かに行こうとするレインを尚もアシュリーが引き止めた。

「貴方はエレベーターの暗証番号を最初から知っていた。
メインコンピュータ室のロックもそう。貴方ハッキングなんてしてないわ。――はじめから‘答え’を知っていたのよ」
「おいおい、アシュリーちゃん。それは考え過ぎ…」




「レイン……。貴方は何者なの??」





…震えた声。けれど彼女ははっきりと言った。
その言葉にレインが一度硬直して、目を伏せる。そして男が口を開こうとした所で――。


「ちょっと。2人して何やってんのよ。早く来ないと置いてくわよ?」
遠くからリネの声が聞こえた。振り返ると先程まで傍に居たはずのリネと大分距離が開いている。彼女は大分奥まで進んでいた。



「……行こーぜ。リネっちが呼んでる」
結局その問いに答える事は無く、レインがリネを追いかけその場をふらりと歩き出す。
溜息を吐いたアシュリーがそれを追いかけ同じように歩き出した。










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