「直ぐに行かれるのですか?」 「もう時間が無いからね。…慌しくてごめん」 「いえ…。……皆様、どうかお気をつけて」 そう言って会った時同様頭を下げたヘケトーを遠目にウルフドールの隠れ里――ヴィオノーラを発って早数分。 あの転送装置でやって来た海岸まで戻ってきた所で、アシュリーが先程ジブリールから受け取った笛を取り出した。 笛の音色が聞こえれば、ジブリールは此処に来てくれるはず。 数秒間深呼吸をしていたアシュリーがやがてオカリナを手に取り、笛に息を通す。 ――それは静かな音色だった。あたし達の耳では微かに聞こえるか聞こえないか程度の音だったけれど…本当に龍の耳には届いているのか? 暫くアシュリーが静かなオカリナを鳴らし続けていると、やがて太陽が影に隠れる。 上を見上げると――其処には先程遭遇したばかりの龍、ジブリールが空で羽を羽ばたかせていた。 *NO,92...祷りの夜* …本当に聞こえるもんなんだな。あたし達人間の耳には聞こえないけど、龍族の耳にはかなり聞こえる、って事か。 暫くその場に立ち尽くしていると海岸の傍にジブリールが大きく羽ばたきながら下りて来た。…初めて見た時も思ったけど、やっぱり相当大きい。 「待たせたな」 穏やかな声が脳裏に響く。少しだけ首を振って、それから行き先地の方角を指差した。 「砂漠の傍に‘SAINT ARTS本部’が有るの。其処まで行って欲しい」 「…承知した」 頷いたジブリールが背中を広げてくる。…薄々感づいてはいたけれど、やっぱり背中に乗るんだよな。落っこちたりしないわよね? 慎重に背中に乗って、岩の様にゴツゴツした鱗の出っ張っている部分を掴む。 ロア達も恐る恐る龍の背中に乗った。相当な大きさだから7人乗っても背中はまだ余裕だ。問題はしがみ付く場所の問題だけど。 「…捕まっていろよ」 いかにも危ない事をほのめかした言葉を継げたジブリールが、突然大空へと飛び上がった。 一瞬手に力が抜けそうになって、慌てて力を入れ直す。――目にも留まらぬ速さで視界がどんどん流れて行った。 6人の様子を一応確認するが6人とも何とか平気そうだ。高所恐怖症のマロンがちょっとだけレインの服を掴みながら目を強く瞑ってるけど、今の所 彼女が振り落とされそうな事は無い。強いて言うなら一番振り落とされそうなのはあたしなんだけど。 やがてジブリールが大空から降下を始める。 ――漸く視界のブレが無くなった頃、目の前はSAINT ARTS本部の景色に変わっていた。 「ありがとう」 お礼を言って背中から飛び降りる。7人全員が下りた所でジブリールはまた空へと飛び立ってしまった。 笛が有るし、いつでも呼び出せる訳だからそのまま帰ってくれても問題ないだろう。空の彼方へ小さくなっていくジブリールを見届けてから本部の 中にリネとセルシアが先頭で足を踏み入れる。 2人は真っ直ぐに迷う事なくレグロスとネオンの居る部屋――リーダーの私室へと辿り着いた。 扉の前でリネとセルシアが顔を見合わせ、それから軽く扉をノックする。 「リーダー、リネ・アーテルムです。‘アレ’を貰いに来ました」 「開いてるよ。入って」 奥からレグロスの声が帰ってきた。返答を聞いてからセルシアとリネが最初に部屋に足を踏み入れる。 2人の方は相変わらず元気そうだった。席を立ち上がったレグロスが宝石箱の様な物を3つ持ってリネの傍に歩み寄る。 「これが約束の物だ。――‘高位魔術増幅装置’と言ってね、今よりきっと高度な術が撃てる様になるよ」 「…ありがとうございます」 宝石箱の1つを受け取ったリネが深く頭を下げる。それからゆっくりと箱の蓋を開けた。 …宝石箱の中には綺麗なスカーレッドの色をした宝石の嵌められたネックレスが入っている。 彼女は今まで付けていた魔術増幅器を外し、代わりにそれを首に巻いた。 …高度魔術増幅装置、か。名前からして絶対に増幅器のパワーアップ版だ。 リネ自身も今まで中級魔術より更に優れた術である上級魔術――そして最高位魔術は撃つのを控えてたみたいだけど…これが有ればきっとリネ は今よりずっと強くなれる。 ところでレグロスは何でまだ2つも宝石箱を持っているんだ?そう思っていると残りの2箱をマロンとセルシアに差し出した。 「そしてこれがセルシア君とマロンちゃんの分。どうせだから貰ってよ」 「え…」 「…良いん、ですか?」 箱を差し出されたセルシアとマロンが同様した顔を見せる。それはあたし達他の5人も一緒だった。 「勿論よ。良ければ使って」 微笑んで箱を差し出すレグロスに変わって、奥に座っているネオンが答える。 「有難う御座いますっ!!」 2人が同時に頭を下げ、それからリネ同様箱の蓋を開けた。 セルシアの方はコバルトブルーの透き通ったイアリング。マロンの方はクロムイエローの綺麗なチョーカーだ。リネが貰った物もだけど、2人が貰っ た物も丁寧に増幅器のメンテナンスがされている。 中身を確認したセルシアとマロンが再び頭を下げた。相当高価そうだしな。 「これってもう一個無いの?」 「…流石に3つが限度だね。すまない」 レインの分も、と思ったけど流石にそれは無理か。高望みはいけないなと思い大人しく頷く。 それにレインの方はそこまで術を使う方でも無いし…今でも十分強いから問題ないか。 視線に気付いたのかレインが此方を向いて苦笑した。 「別に俺の分は良いよ?」 「そう言うと思った」 まあ出来れば彼も強化して起きたかったけど…これ以上レグロス達から貰うのも失礼極まり無いし、これで良しにしよう。 それにリネに加えてセルシアとマロンも高位魔術増幅器を受け取ったのだ。2人もより高度な術に手を伸ばす事が出来る。…大分パーティーの強 化にはなってる筈だ。 問題はそのマロンの術。レインはそろそろ解読出来ただろうか。 「術の解読、まだ出来ない?」 「あー…後ちょっと。3〜4時間くらい有れば」 「それなら前の部屋がまだ開いてるから使っておいでよ」 話を聞いていたレグロスが前泊まらせてくれた部屋を勧める。言葉に甘えてそうする事にした。 どの道BLACK SHINE本部に乗り込むにはマロンに掛けられた封呪を解く必要が有る。レインが行動を起こしてくれるまでは此処で待機するしかな いのだ。レグロスとネオンに頭を下げて、静かに部屋を出た。 「じゃあ俺は部屋に篭るわ。ちょっと集中したいし」 レインがそう言って先に部屋に向かって歩き出す。…まあ今は独りにしておくべきだろう。あたし達が居ても集中力が途切れるだけだろうし。 「あたしは借りてる部屋に戻る。自室に最高位魔術の本が少し有るから」 次にリネがそう言って踵を返して歩き出す。途中セルシアとマロンの横で2人も部屋に誘っていた。まあ2人も最高位魔術を使う気なら少しは齧っ ておくべきだろう。リネの誘いに頷いたセルシアとマロンが、リネに着いて歩き出す。 …さて、あたし達は何をしよう。此処に居るのはロアとアシュリーとあたしの3人だけ。 「2人はどうする?」 とりあえずロアとアシュリーに問い掛けてみる。先に答えたのはロアの方だった。 「ちょっと武器の整備してるよ。――マロンの術が解けたら、本部に乗り込みだろ?」 そう言ってロアも前借りて居た部屋に向かって歩き出す。…それぞれやる事が有る訳か。それは全て‘BLACK SHINE’との対峙に向けての準備。 「アシュリーはどうする?」 「…特に考えてない」 あ。良かった、仲間が居た。 実を言えば本部乗り込みに向けて何をするべきか何て何も考えてなかったので心底ほっとした。 「…ねえ、イヴ」 「ん?何?」 自室でじっとしてようかと思った頃にアシュリーが声を掛けてくる。振り返るとアシュリーが少しだけ眉間に皺を寄せていた。 「どうしたの?」 「……レインの事、だけど」 アシュリーがあんまりにも真剣な顔をしているから何でレイン?という問いすら聞けなかった。 彼女は眉間に皺を寄せたまま言葉を続ける。 「私はレインが‘内通者’だと思ってる」 「……それ、cross*unionリーダーの言ってた事?」 ――あたし達の傍に、BLACK SHINEリーダーは居る。cross*unionリーダーは確かにそう言った。 聞き間違えじゃないし、再確認して問いかけた時リーダーは確かに頷いて見せたのだ。あたしもレインの事少しは疑ったけど…。 「…あの馬鹿がリーダーとは到底思えないけど?」 念の為反論してみるがアシュリーが目を伏せる。 「だって彼――…」 其処まで彼女は口を開いたが――直ぐに首を横に振った。 「…ううん、何でもない。私の考え過ぎだったかもしれない。…部屋でちょっと休むわね」 彼女はそう言葉を改正して、前借りていた部屋に向かって歩き出してしまった。 …何故アシュリーはレインを‘内通者’と決め付けたのだろう。 何か理由が有る筈だし、その‘理由’を今言ってくれようとしたんだと思うけど――。なんで言葉を中断したんだ?よく分からない。 とは言え逸れはあたしが考えて出る答えではない。仕方ないからまた別の機会に聞いてみよう。 そう思いあたしも部屋に向かって歩き出すが――途中で何度も足を止めてしまう。 やっぱり気になる。アシュリーの言葉の真意。何故彼女はレインだと断定出来たのだろうか。或いは…cross*union内で別行動してたとき、2人の 間に何か合った?? とにかく色々と気になってしまったので慌てて踵を返し、廊下を走り出す。 多分アシュリーは聞いても答えてくれないだろうから――もう1人の方に行って見た。 扉の前で立ち止まり、軽く部屋をノックする。 …返事は無い。恐る恐る部屋の扉を開けた。 「……どうかした?イヴっち」 椅子に座って書物を読んでいたレインが此方を見る。どうやらまだ解読を進めているみたいだ。 「解読、終わったかと思って」 「いやいや。まだやっと半分理解した所だって」 それでも十分速いじゃないか。大分難しい事があの本には書いて合ったし…。 部屋に入り、彼の手元で開いたままの書物を覗き込んでみる。 …相変わらず意味の分からない術式が幾つも書かれていた。こんなのあたしじゃあ一生理解出来なさそうだ。 「よくこんなの読めるわね」 「回復術系等の本は意外と好きなんでね」 軽く手を左右に振ったレインが再び本に視線を落とす。これ以上解読の邪魔をするのは悪いとは分かってるけど――意を決してレインに問いかけ た。 「あんた、アシュリーと何か合った?」 「……」 レインの視線が、再び此方に戻る。――恐ろしい位に無表情だった。レインのそんな表情、始めてみた。 思わず後ずさってしまうと、レインが言葉を続ける。 「何も無かった」 …本当に? そう思ったけれど、声に出す事は出来なかった。アシュリーもレインも瞳の色が本気過ぎる。 2人の仲が悪くなったとかそういう事では無いみたいだけど…とにかくこれ以上深入りをするのはいけない気がした。 「…あっそ。悪かったわね」 居づらくなったので部屋を出ようと踵を返す。ドアノブに手を掛けた所でレインが再び声を掛けてきた。 「イヴっち」 …彼の声は既に正常だ。振り返るとレインが普段通りの顔をしている。先程の‘アレ’は見間違えだったんじゃあ?と思う位だった。 彼は一呼吸置いてから言葉を続ける。 「…死ぬなよ」 「……?」 その言葉の意味がいまいち分からない。唯心配してくれてるってのは確かなので頷いて部屋を出た。 …とりあえずレインとアシュリーの間に何か合ったのは確かそうだ。 唯2人共口を割ってくれる気配は無いし…何時か話してくれるのを待つしかないのだろうか。 そしてレインの今の言葉――心配して言ってくれたのは確かだとしても、意図が分からない。彼はどういうつもりで‘死ぬなよ’何て言ったのだろう。 分からない事だらけで思わず溜息を零した。 BACK MAIN NEXT |