レグロスとネオンが確かに言っていた。――‘夢喰い復活の生贄として利用出来るのは、ウルフドール族の王族だけだ’と。
だからアシュリーが狙われていた。彼女を生贄として使用する為に。
……そう、だから絶対に有りえない。あたしを生贄にして、夢喰いを復活させるのは間違いなく不可能だ。
それなのにヘレンの奴何をふざけた事を言い出すんだ!?
「…遂に、頭まで可笑しく…なった?」
「別に可笑しくなんて無いわ。……まだ自分の素性に気付いてないの?」
ヘレンが淡々と言葉を続けた。
「貴方はね――」

…それは聞いてはいけない言葉だったのかもしれない。

「アシュリーと異父姉妹なのよ」


*NO,103...破調*


――本気でこの子は何を言ってるんだ?呆然としたまま動けなかった。
「もしかして貴方、自分が人間だと思ってた?
――まあ確かに人間の血も混ざってるけど、貴方にはウルフドールの王族の血が流れてるのよ」
ヘレンが細く微笑んだ。
「……嘘も、好い加減に…しなさいよ…」
彼女が何か手を回しているのか、先程よりは大部喋りやすい。
けれど本気でヘレンの言葉が信じられない。あたしがアシュリーと異父姉妹?何処にそんな根拠が有るって言うんだ。
「嘘じゃないわ。――何なら、試してみる?」
再びヘレンが笑顔で微笑む。彼女はそのままあたしの体を魔方陣の中心まで引き寄せた。
…部屋一帯に描かれている魔法陣が、少しだけ光輝いている気がする。目の錯覚だと何度も自分に言い聞かせた。
「魔方陣が反応しているのは、貴方がウルフドール族の王族の血を持っているからよ」
「…う、そ」
「まだ信じてくれないの?じゃあもう、貴方を生贄にして夢喰いを復活させた方が早いよね」
ヘレンがあたしを陣の中心に置き去りにして、魔方陣の外側に立った。遠くでヘレンが何か詠唱の様な物を唱え出す。

――同時に5つのネメシスの石が祭られている蜀台の上で輝き出した。
光り輝く5つのネメシスは眩い光を放ち続け――やがて音を立て中心に嵌められたそれぞれの宝石を砕く。
砕かれた宝石の隙間から、まるで血の様な赤々しい光が零れていた。同時に石の奥から、耳元に直接囁かれる様に低い呻き声が聞こえ出す。


「あはははは!!」

聞こえるのは最早ヘレンの笑い声だけだった。彼女の笑声と低い呻き声が、頭の中でぐるぐると駆け回っている。
――そして突然体の節々が痛み出した。魔方陣の光が灼熱を放っている。
頭痛と吐き気に襲われ、まともに声を出す事さえ出来ない。
そうして意識が遠ざかっていくのを感じ、へレンの笑声を聞きながら意識を手放した――――――。



































* * *


…一体どれだけ眠っていたのだろう……。


最後の記憶は5つのネメシスの石が壊れ、夢喰いが復活する瞬間の事だ。――へレンの笑い声が今も頭を駆け回っていた。
薄く目を開けると、見覚えの有る天井が見える。
体を起こそうとしたが節々がまだ痛んだ。小さく悲鳴を上げて体を痙攣させる。
――それに気付いた‘彼女’が傍に寄って来た。此方を覗き込みながら心配そうに声を投げてくる。
「…イヴ?」
声を掛けてきたのは、リネだった。彼女は肩口や腕など、何箇所も包帯を巻いている。
「……リ、ネ…」
あたしも出来れば起き上がりたいけど、体が痛くて起き上がれない。それに気付いたのかリネが少しだけ微笑んでくれた。
「此処はSAINT ARTS本部よ。だから大丈夫、ゆっくり休んで。…まだ皆寝てるみたいだし」
…そうか、どうりで見覚えの有る部屋だと思っていたら、此処はSAINT ARTS本部なのだ。
一番最初に目を覚ましたらしいリネが、簡単に経緯を話してくれた。
どうやらあたし達はあの後地上に棄てられたみたいだ。それをレグロスとネオンが偶々見つけてくれて――今まで治療を受けていたのだと言う。

少しだけ痛みが引いてきた頃にリネの手を借りて体を起こした。
体を起こしてやっと気付く。セルシアとレインはあたしと同様、腕に点滴を刺していた。
唯2人とリネ以外の人物の姿が見えない。マロンやロア、アシュリーは何処に居るんだろう。
「…マロン達は?」
「別室で休んでる。……イヴとセルシア、レインが一番酷い怪我だったから…あたし達4人とは部屋を変えて、3人だけ点滴をしてるの」
成る程、そういう事か…。
セルシアは術を喰らって、更に腹部に短剣を突き刺されたのだ。そしてそのまま放置されていた訳だし、重傷だったに違いない。
レインもヘレンに何度も短剣で刺されていたし――重傷以上の傷だろう。
つまり3人の中で一番軽症なのはあたし、か。…レインが回復術を使ってくれたり、あたしの事を庇ってくれたからだろうな……。
レインが起きたら絶対に御礼を言おう、そう決めた。

「……イヴ、空は見た?」
「――空?」
そんな中不意にリネに言われたその言葉に、気に止めていなかった窓の外を見る。
――窓の外の景色を見て、唖然となった。
まるで魔界の様だ。空は黒く染まり、黒に染まった空からは一滴も日の光が差し込まない。
そしてBLACK SHINE本部の有る方角の空は、黒と言うより赤黒く染まっていた。赤黒くそまった空は何故か時々心臓の様に脈打っている。

「……リーダー達が原因を調べてくれてるみたいだけど、多分その原因は――…」

「…夢喰い…?」

「………」

リネが小さく頷いた。そして彼女もどす黒く染まった空を見上げる。
…あたしを‘生贄’にしてあの魔方陣は発動した。何度も確認したけど、やっぱり生贄として成立するのはウルフドール族の王族だけだ。
つまりあたしは、やっぱりヘレンの言う通り――――…。


俯いたと同時、隣のベッドから少々の呻き声が聞こえた。リネもそれに気付き、後ろを振り返る。
「セルシア!!」
…どうやら目を覚ましたのはセルシアの様だった。薄く目を開いた彼が、先程のあたし同様小さくリネとあたしの名前を呼ぶ。
暫くセルシアはその場でリネの問いに虚ろに返事を返していたが、数分も立てば体を起こして意識を覚醒させた。
リネが先程あたしに説明した事を同じ事をセルシアに説明する。…それを聞いたセルシアが少しだけ驚いた顔を見せた。
そして彼女の言葉を聞いてから、セルシアがぽつりと呟く。
「俺達は結局…夢喰いの復活を阻止出来なかったんだな…」
「……」
…リネと2人で沈黙してしまった。
セルシアの言う通りだ。あたし達は結局何も救えなかった。夢喰い復活の阻止さえ出来なかった……。
――自体は最悪の方向に向けて動いている。
「…イヴとリネは?傷、もう大丈夫なの?」
「あたしは平気」
「…あたしも、大丈夫」
セルシアの問いに頷いて答えた。その言葉を聞いて彼が安堵からか胸を撫で下ろす。
そんな中、部屋の扉がノックされた。扉が開き、外からロアとマロン、アシュリーが顔を覗かせる。3人も此方が心配で来てくれたみたいだ。
けれどやっぱり、3人共体の至る所が包帯とガーゼで覆われていた。やっぱり皆軽症何かじゃ済まされない傷だったんだろう。
「2人共、起きて大丈夫?」
マロンが心配そうに声を掛けてきた。
セルシアを目を合わせて微笑する。正直体より心の方が痛かった。

既に終了しているらしい点滴をリネに抜いてもらい、床に足を付ける。
…体中が正直まだ痛い。そんなに酷い傷を負った覚えは無いんだけど、知らない間に相当酷い傷を受けていた様だ。

―――ところで、あたしとセルシアはまだ平気な方だけど…問題なのはレインだ。
多分あたし達7人の中で一番重傷なのはレインだ。
ヘレンはあたし達6人に関しては気絶させる程度で済ませてくれたみたいだけど、レインに関しては、違った。
【裏切り者には‘死’という制裁を】
…彼女はきっと、レインだけは殺す気でいたんだ。それはBLACK SHINEを裏切り、あたし達へ寝返ったレインへの制裁。
だから彼が一番怪我が酷い。現にあたしもセルシアも既に点滴が終了したけど、レインだけはまだ何回も点滴を繰り返している。
「…レイン、一度も起きてないの?」
恐らく一番長くこの部屋に居たのであろうリネに問い掛ける。
「……あたしがこの部屋に来たのは何時間か前だけど…起きたことは一度も……」
「…俺達はずっと別室に居たから、わからねえ」
リネとロアが顔を見合わせて答えた。…となると、やっぱり一度も起きてないんだろう。
言い様の無い恐怖が胸を突き抜ける。
レインは一体何時になったら起きるのだろう。このまま目を覚まさないなんて事間違っても無い、わよね……?



不意にリネが何かを思い出した様に此方に顔を向けた。
「…リーダーが、後で部屋に来て欲しいって」
彼女はそう言って軽く扉を見た。…確かに一度レグロス達の所には行くべきかもしれない。
夢喰いの事を調べてくれているのなら、何か分かったかもしれないし。
……でもレインがまだ心配だ。彼を置いてレグロス達の所に行くってのも、ちょっと気が引ける。
「…私、待ってるよ。レインの事心配だし…私の術がちょっとは役に立つかもしれないから」
あたしの気を察したのか、マロンがそう言って微笑んだ。
…あたし達の誰かが残るよりも、マロンが残ってくれた方がきっと効果的なんだろうな。レインが寝てるから、回復術師はマロン一人。
もし何か合ってもきっとマロンの方が的確に治療出来る。
「……その方が良さそうね」
マロンの言葉に最初にアシュリーが賛成を口にした。
今は一秒でも時間が惜しい時だ。あたし達は夢喰いの復活を赦してしまった。食い止める方法は幾らでも合った筈なのに、あたし達はそれを一つ
として行おうとしなかった。
そのせめてもの報いに、夢喰いをもう一度封印する方法を、何が何でも見つけないといけない。
その方法をレグロス達がもしかしたら見つけたかもしれないのだ。
――レインが起きた時何時でも出発出来る様に、今は出来る事を消化していくべきだ。

「…レインの事、任せたわよ」
マロンの肩に軽く手を置く。彼女が微笑んで頷いた。
立ち止まってる訳にはいかない。まだ終わりじゃない。可能性がゼロになるまで、あたし達は足掻き続けてみせる。
マロンとレインの2人を残して、治療室の部屋を出た。レグロスとネオンはきっと私室に居る筈だ。
5人が部屋を出てきてから長い廊下を出来るだけ早く歩き出す。

――どうか、あたし達が話を聞き終わる頃にはレインの目が覚めていますように。










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