リネの後ろに続いて、SAINT ARTS本部の長い廊下を歩き続ける。 残してきたマロンとレインの事が気掛かりで仕方なかった。マロンが傍に居てくれるんだから、よっぽど大丈夫だと思うけれど…。 そうこう考えている内にリネが足を止める。気付いたら扉の前まで辿り着いていた。 躊躇無くリネが扉をノックし、部屋に足を踏み入れる。 「…待ってたよ」 部屋の中には深刻な顔を浮かべるレグロスとネオンの2人が立っていた。 *NO,104...破壊神* 「具合はどう?」 「…平気です。有難う御座います」 ネオンの問いに対し軽く会釈をして答えた。2人が適切な治療をしてくれたのか、今は大分気分が楽だ。 他の4人も頷いて問いに答えた。取り敢えず此処に居る全員はもう傷も大して痛まないらしい。とは言え、無茶をすれば直ぐに傷が開いたりするだ ろうから当分無理は禁物なのだが。 ほっとした顔で微笑んだネオンが、直ぐにレグロスから資料の束を受け取り、それに目を通す。 「……レイン君とマロンちゃんは?」 ネオンが資料に目を通してる間、レグロスが問い掛けてきた。 「レインがまだ眠ってるから、マロンが看病してる。とりあえずあたし達だけでも話を聞いておこうかと思って」 彼の問いにリネが淡々と答える。その言葉に彼が少しだけ悩ましげに頷いた。 「本当は全員に聞いて欲しい話だけれど…それなら仕方ないね。後で2人にも伝えておいてくれないか」 「そのつもりです」 首を縦に振り、資料に目を通し終えたネオンと真剣な表情のレグロスを向き合う。 …暫くの沈黙。 緊迫した雰囲気が続く中、やがてレグロスが声を上げた。 「空の異変の原因を、僕達なりに調べてみたんだ」 「…はい」 答えはきっと4人も薄々気付いてる。 それはこの世界での存在を許してはいけないモノが復活した証。あたし達が何も救えなかった証拠。 「――前に、‘夢喰い’について説明した事が会ったよね?」 「…調査の結果。この異変の原因は夢喰いの復活だと、私達は断定したわ」 ――予想通りの言葉に、思わず拳を握った。 束になっている資料に目を通しながら、2人は言葉を続ける。 「夢喰いというのは大きな泥の塊の様な姿をしているんだ。恐らくこの空は――夢喰いの一部じゃないかと思う」 「…そんなに大きいの?夢喰いって」 「とても巨大な存在だよ。世界を丸々飲み込む程だからね」 アシュリーの問いに彼が頷いた。 肯定の言葉に思わず驚愕してしまうが、納得の行く内容といえばそうだ。世界を崩壊に導く怪物なら世界と堂々の大きさでも違和感は無い。 窓から少しだけ空を見上げる。…空一面を包むあの赤黒の塊は、全て夢喰いの一部なのか。 「恐らく夢喰いは世界を喰らい始めている」 「先程南の方に居る一員が連絡をくれたの。――空から赤黒い泥の様な物が降ってきている、って。 人一人分位の大きらしいんだけどね。万が一体に触れたりでもしたら寄生虫の様に取り付かれて――最期には…」 ……声も出なかった。 恐らくその連絡をくれた一員が言っていた‘赤黒い泥の様な物’というのは、夢喰いの体の一部だ。 寄生される。ってのは多分夢喰いがその人間を喰らっているのだろう。 そして夢喰いの精力を吸い尽くされた人間は――――最期には無残な姿で事切れる。 「世界は崩壊を始めている。――その証拠がこの空と、降り始めている赤の泥だ」 「……今は南の小さな島国にしか降ってないみたいだけれど、いずれこの辺りも赤の泥が降り注ぐわ。 そうなれば――本当に‘世界の崩壊’となる」 「…喰い止める方法は、無いんですか」 顔を曇らせたままのセルシア問い掛けた。しかし2人は顔を見合わせて首を横に振る。 「まだ其処までは分からないんだ。…調べてはいるけれど、対処法が何も見つからない」 絶望の入り混じった声。―――そして再び沈黙が落ちた。 このままみすみすこの世界を見捨てたい何て思わない。けれど対処法が分からないと、何も打つ手が無い……。 握り締めた拳を、更に強く握り締めた。 このままヘレンの思い通りになってしまうしかないのだろうか。全ての人間は、この赤の泥に飲まれて死ぬしかない? ネオンの言った通り、きっとこの場所にも何時か赤の泥が降り注ぐ。 それが1時間後か、明日なのか、1週間後なのか――何時なのかは分からないけれど、このままでは滅びの道を突き進むだけ。 「――ウィンドブレス」 唇を噛み締めていると、ぽつりとアシュリーが呟いた。 ウィンドブレス…。聞いた事の無い場所だ。其処に何が有るのだろう。 アシュリーの呟きに対して、レグロスとネオン、加えてリネがひらめいた顔を見せる。 「…其処、一体何なの?」 傍に居たリネに問い掛けた。その問いにセルシアも此方を振り返る。――彼も知らない事なのだろう。 此方を見たリネが唇を動かす。 「最果てと呼ばれる場所に有る街よ。――‘ネメシスの石、発祥の地’、とも呼ばれてるわ」 その言葉に漸く3人がひらめいた顔をした事に納得した。 ――ネメシスの石は元々夢喰いが封じられていた石なのだから、その発祥の地って事は夢喰いが封じられた場所って事だ。 確かに其処なら何か残っているかもしれない。夢喰いを封じる事が出来た理由が。 「場所は?」 セルシアがリネに問い掛けるが、彼女が顰めた面をする。 「…そこまでは、分かんない。最果てに有るって言う事だけは聞いた事有るけど…」 ……‘最果て’…。何処の事を指した言葉なのだろう。 同じく頭を悩ませると、今までずっと黙っていたロアが唇を開く。 「あのさ、イヴ」 「何よ」 「そこ、俺の故郷」 「ああそう。……って、は――?!」 ロアの言葉にアシュリーとリネ、セルシアの3人も驚いた顔で彼の方を振り返った。 そういえば結構昔から一緒に居るけど、あんまりロアの故郷とか気にした事無かった。 cross*union本部の有った街に昔から住んでいる訳じゃないって事は知ってたけど、それだけだ。 「じゃあ場所も……」 「分かる。――北の果てだ」 …北の果て。方角まではっきりと分かってるなら、場所について探し回る必要も無さそうだ。 良かった。正直場所を探す時間でさえ今は惜しいから、もしも誰も分からないならレインを叩き起こしてでも調べなくちゃいけなかった。 明確な場所が分かった以上、直ぐにでも出発するべきだ。もう本当に時間が無い。ゆっくりしていたら世界の崩壊は進んで行く。 「場所が分かるなら、直ぐに行くわよ。もう時間が無い」 4人に声を投げると、セルシアに憚られる。 「でも、レインは?」 「……置いてくしか無いわよ。傷も治ってないのに、これ以上無茶させる訳には行かない」 レインという戦力が抜ける事自体が痛いけれど、つべこべ言ってる暇さえ無い。 まして彼が何時起きるのか分かった物じゃないのだ。彼が起きるのを待っていたら、世界が崩壊するのを指をくわえてみてるのと一緒だ。 …出来ればレインにも着いて来て欲しいけれど、そんなワガママさえ言ってる状況じゃない――…。 瞳を伏せた、その刹那。 「――俺なら平気だ」 それは突然降りかかった言葉だった。 聞こえる筈の無い声に驚いて、後ろを振り返る。 「…レイン」 扉の前に立ってるのは彼の体を支えるマロンと、――マロンの肩を借りて此処まで歩いて来たのであろうレインの姿だった。 「平気って…何処が平気なのよ。全然平気そうに見えないし」 真っ先にリネが言葉を返す。確かに平気そうに見えない。 まだ足がふらつくのかマロンに支えられたままだし、第一傷だってまだ治って無いんじゃあ…。 「平気だって。…俺だけ置いていかれるのも嫌だしな」 「…聞いてたの?」 「途中から」 ……何時から其処に居たのよ。苦笑したと同時に本気で安心した。本当に平気なのかがイマイチ分からないけど、でもとりあえず良かった。 「回復術を追加して掛けたから…もう少ししたら本当に大丈夫だと思う」 彼の体を支えつつマロンが微笑む。…まあ、マロンがそういうなら本当に平気なのかも知れない。 「本当に大丈夫なのね?」 「だから、平気だって」 「もう無茶しない?」 「しねえよ」 ――本当だろうな。心の中で呟きつつ、結局彼の同行もOKしてしまった。 無理はして欲しくないけれど、レインにはまだ聞きたい事も山積みだし何よりやっぱり最後まで着いて来て欲しい。 リネが不服そうな顔をしていたけれど、決して着いて来るのが嫌という訳では無いみたいだった。寧ろ、彼の体を気遣っているんだと思う。 何にせよ話は無事にまとまった。 ――ウィンドブレス。北の果てにある街で、絶対に夢喰いを封じる手立てを探してみせる。 「じゃああたし、ちょっと外の空気吸ってくる」 立ち上がり、レグロスとネオンに会釈をして――セルシア達が不思議そうな顔をして止めるのを無視して部屋を出た。 レインの目が覚めた事は本当に良かったと思う。体調も意外と平気そうだったし…。 ――唯、未だ胸を離れないこの言い様の無い不安と恐怖は、あのヘレンの言葉が蟠りとして残っているからだろう。 今は独りになりたい。 こんな時に自分の事考えてる場合じゃないって事ぐらい分かってるけど…頭を冷やさないと、冷静な判断さえ失ってしまいそうだ。 拳を握り締めたまま、SAINT ARTS本部の出入り口に向かって独り歩き続けた。 BACK MAIN NEXT |