ジブリールに運んで貰えば、此処からグランドパレー諸島までは30分前後で行ける。
レグロスとネオンにもう一度挨拶とお礼を言ってから、アシュリーにジブリールを呼んで貰った。

「グランドパレー諸島まで、急いで行って欲しいの」
「――承知した」
肯定したと同時に羽根を広げたジブリールの背中に乗って、龍は再び空へと飛び出した―――。


*NO,106...管理者-ビテュオ・リーシス-*


空を覆いつくす夢喰いをじっと眺めている事数十分。
降下を始めたジブリールを見て、もうグランドパレーに着いたのだと理解した。
諸島の浜辺に着き、背中から飛び降りる。――此処に来るのは3度目だ。そろそろこの景色も地理も理解して来た。
お礼を伝えると再びジブリールは空へ飛び立って行った。…姿が見えなくなった所でアシュリーが先頭を歩き始める。
彼女はそのまま黙々と島を歩き出したが、行き先は何故か里の方向では無かった。
「里には行かないの?」
「…お父さんが居るのは別の場所だから」
淡々と言葉を述べた彼女が、どんどん森の奥に向けて歩き出す。
…里に居ないとなると何処に居るのだろう。小首を傾げつつアシュリーを追い掛け歩き続ける事更に数分。
気が付いたら古い造りの神殿の前に居た。神殿の壁には草木が絡みついている。
「…此処は?」
ロアの問いに彼女が振り返った。
「クライステリア・第二神殿。…お父さんはこの下に居るの」
此処にも神殿が合ったのか。驚愕で立ち尽くしてると、アシュリーがさっさと神殿の中に入って行ってしまう。慌てて追いかけた。
…にしても中はかなり暗い。罅割れた場所から時々光が漏れているが、それ以外は何の光も無かった。
リネが自身のポーチに手を突っ込む姿が見える。暫くして彼女は鞄から懐中電灯を取り出した。
「無いよりはマシでしょ」
「…ありがと」
それを受け取ったアシュリーがスイッチを入れ、足元を照らしながら歩き出す。
にしても島にこんな場所が有るなんて知らなかった。
…何か仕掛けがして合って、その仕掛けを通らないと来れない様な仕組みになっているのだろうか。
壁にはミツルギ神殿の様なレリーフが幾つも描かれている。…読めない字で書かれた文字が時折合った。意味している言葉は何なのだろう。
辺りを見回しながら神殿を徘徊していると、アシュリーが足を止める。
…目の前には大きな扉が合った。此処に彼女の父親が居るのだろうか。
「…此処に居るの?」
暫く扉の前で立ち止まっているアシュリーに、リネが問い掛ける。
少しだけ頷いたアシュリーが、首に掛けていたペンダントを外してそれを扉の窪みに押し込んだ。
ペンダントがぴったりと扉に嵌ったと同時――音を立てて扉が開く。
…成る程。アシュリーの持ってるペンダントが無いと扉が開かない様になってるのか。
少しだけ扉の奥を覗き込むが、中は暗闇が続いているだけだった。
「…足元に気をつけてね」
忠告を残したアシュリーが扉の奥に向かって歩き出す。
足元を見ると少しだけ段差が出来ていた。段差に気をつけて扉の奥に広がる闇に足を踏み入れると――部屋の隅に有ったランプが行き成り炎を
燃やしだした。暗かった部屋が炎によって明るく灯される。

明るくなった部屋の奥―――、其処に‘ソレ’は居た。



「……貴方が、アシュリーのお父さん?」
ジブリールと並ぶ大きさのソレ――巨大なウルフドール族に声を投げる。
祭壇に座る獣は首を揺らして頷いた。
「如何にも」
「…紹介、するわね。あの人はノルベルト。…私のお父さん」
巨大な獣――ノルベルトの横に立ったアシュリーが父親を見上げながら声を投げる。
自分達も軽く挨拶をして頭を下げた。…何ていうか、凄い威圧感を感じる。
ウルフドール族を長い間束ねていたので有ろうから、それは当たり前なのかもしれないが。
「客人よ。本日は何故此処に来られた?」
眼光を光らせながら男が声を上げる。
「教えて欲しい事が有ります」
……知って後悔するのはあたしかもしれない。知らなければ良かったと思うかもしれない。けれど、もう引き下がれないから、

「――私は何者なんですか」

進むしかない。


真っ直ぐにノルベルトを見上げる。男の方も暫く此方を見ていたが、やがてその大きな瞳を静かに伏せた。


「――そうか。…もうその時が、来たのだな」
独り事の様に呟いたノルベルトが、再び瞳を開く。それは慈愛の瞳だった。
「座りなさい。話が長くなる」
声を掛けられ、それぞれ神殿の冷たい床に腰を下ろす。アシュリーも父親の横で腰を下ろした。
暫く男は沈黙していたが、やがて決心した様に口を開いた。


「それは罪の恋歌――。‘彼女’と‘彼’が犯した禁忌の話」

…‘彼女’と‘彼’。誰の事を指しているのだろう。
考えるより前にノルベルトが再び口を開く。

「初めに、君の質問に回答しよう。
――君はウルフドールの王族の血を持つモノ。先代の管理者‘ビテュオ・リーシス’の愛娘。…アシュリーと異父姉妹の存在だ」

…ヘレンの言葉。やっぱり嘘何かでは無かった。アレは全て真実だったのだ。
震える指を無理矢理握り締めた。痛くなるほど唇を噛み締めていると、不意に肩に手を置かれる。
「…大丈夫か?」
手を置いたのは傍に居たロアだった。同じく隣に居るマロンが心配そうに此方を見ている。…多分後ろに居るリネ達も心配してくれてるんだろうな。
「平気よ」
微笑して、もう一度ノルベルトと向き合った。
さっき自分で決めたじゃないか。もう引き下がれない、引き下がらないって。
それに大丈夫。挫けそうになっても――仲間が居るから。

「…詳しく説明して下さい」

「……善かろう」

首を縦に振った男が、ぽつりと言葉を綴り始めた。
それは全ての始まりの物語。――何時も何処かで感じていた疑問の答え。


「今から二千年前…。私の妻であるシルスティアは、ネメシスの管理者――ビテュオ・リーシスだった」
ビテュオ・リーシス。…さっきも聞いた言葉だ。
「それがネメシスの石を管理する者の正式な呼び名、か?」
レインの問いに対し男が頷いた。…成る程、ネメシスの石を管理する者にもちゃんとした名前が有るのか。
ノルベルトの言葉は続く。

「だがシルスティアには、次の管理者の後継者が居なかった…。
だからネメシスの導きにより、私と誓約結婚をする事になったのだ」

アシュリーの父ノルベルトと先代の管理者シルスティア。
…2人が婚姻を結んだのは、次の管理者を生み出す為、ネメシスの石が定めた事――…。
じゃあ2人は愛し合って居た訳では無かったのか?生まれる疑問を飲み込みながら、男の言葉に耳を傾ける。

「私はシルスティアを今でも愛している…。
だがシルスティアの方がどうだったのか…それはもう、今となっては最早分からん」

「つまり…貴方とシルスティアが婚姻したのは次の後継者――アシュリーを生み出す為で合って。
貴方は彼女を愛していたけれど、シルスティアの方は分からない?」

「…そうだ」

セルシアの言葉に男は力なく頷く。…セルシアが上手く話を要約してくれて助かった。お陰で今の所は話が理解出来てる。
暫く口を閉ざしていたノルベルトだったが、やがて再び口を動かした。

「彼女はアシュリーを生んで直ぐ、管理者の仕事に戻った…。それが彼女達――ビテュオ・リーシスの背負う使命だからだ。
それでも彼女は、シルスティアは。時折此処へ戻ってきてはアシュリーと3人で暮らした。
…アシュリーが断片的にシルスティアを覚えているのは、彼女がまれにしか帰って来ないからだよ」

少しだけ俯いていたアシュリーが目を伏せ小さく何かを呟く。…その声は余りにも小さく、距離が合った為聞こえなかった。
けれど呟いた言葉は何となく分かる。きっと――。

「そして二千年近くの時を経た、ある日の事だ――…。
シルスティアは、神殿を訪れた人間のある男と恋に落ちた。
それがヒオリ・ローランド。…イヴの父親だ」

「…私、の……お父さん…」

一瞬鼓動が強く脈打った。それが母と父の出会い。そして―――運命の始まり。
少し間を置いてくれたノルベルトが、此方が落ち着いてから言葉を発し出した。

「2人は罪と知りながらもお互いを愛し合い、やがて逃げる様に姿を晦ませ――子を産んだ。それがイヴ…君の事だ。
だから主には人間の血も混ざっているが、同時にウルフドールの王家の血も混ざっているのだ。
…最も、ヒオリの要望で人間として育てる事にした様だが――」

…だから私はアシュリーという‘姉’の存在も知らなかったし、自分の事だって知らなかった。
父の要望で、あたしを人間として育てる事にしたから―――…。
俯くと同時、マロンが手を握ってくれた。
…励まして、くれてるんだろうな。
声にならない感謝の代わりにその手を握り返す。……今はそれが精一杯だった。
「そして10年前―――…そう、ネメシスの石が盗まれたあの事件の日」
その言葉に今度はセルシアが強張った顔をする。
……10年前の事件は、どっちかっていうとあたしよりセルシアの方が関係有るからな…。またセルシアが自分を思いつめないと良いけれど…。
勿論こっちのそんな事情を知らぬノルベルトは、言葉を続ける。

「…ビテュオ・リーシスの寿命はネメシスの石と同調している。
ネメシスの石が盗まれた事によりそのバランスが崩れ―――シルスティアはこの世を他界した。
死因は恐らく…一年以上ネメシスの石のバランスが崩れた事だろう……。ネメシスは本来、5つ全て揃って調和が取れた事になる」

「―――っ」

セルシアが、瞳を伏せる。…きっと自分の事責めてるんだろうな。あの日の過ちを。
唇を噛み締める彼の手の上にリネが、手を重ねた。…少しでもセルシアの苦しみが和らぐ様に。

「そして彼女は死に際。何故か管理者の後継者であるアシュリーにではなく―――イヴの方に白のネメシスを渡したのだ」

…母が白のネメシスを持っていたのはそれが理由なのは分かった。
けれど、どうしてあたしに白のネメシスを渡したのだろう。ノルベルトの言う通り…渡すなら普通アシュリーの方じゃないか?
沈黙。誰も動けずに唯呆然としていると―――後ろで立ち上がる音が聞こえた。
振り返ると、セルシアが前に向かって歩き出している。
何をする気だと問いかける暇も無く、ノルベルトの前に腰を下ろした彼が頭を下げた。

「―――10年前。ネメシスの石を奪ったのは…俺です。
許されない事だというのは分かっています。…だから、どんな罰でも下してください」

ちょっと、何勝手な事言い出すのよ。
立ち上がろうとしたが、セルシアは尚も言葉を続ける。


「――例え下された罰が‘死’で有ろうと、俺は受け入れます」


「っ――セルシア!!」

叫んだのはレインだった。叫びたくなる気持ちも分かる。レインは口でこそ言ってないけどきっともうセルシアの事を許した筈だ。
10年前のあの事件。セルシアが本気で反省してる事なんて、此処にいる全員がもう当の昔に気づいてる。
なのにまたそうやって勝手な判断で死のうとして――それじゃあレインが許した意味が何処に有るんだ。
第一あの事件は本当に仕方ない事だった。
…仕方ないで済まされる事じゃないけれど、彼等を救えなかった世間だって少しは非が合ったのだ。
何も言わずに黙っているノルベルトの前に、もう1人。――リネが駆け寄ってきた。

「悪いのはセルシアじゃない!!…あたしが、悪いの。
あたしが兄さんやセルシアに迷惑を掛けたから…だから2人はああするしかなかったんじゃない!!
罰を下されるのはセルシアじゃないよ…。……あたし、なの」

ああもう、リネまで勝手な事言うんじゃないわよ!!
あたし達は2人を死なせる気なんて無いし、例え本当にノルベルトが死という制裁を加えるのなら――戦う事だって覚悟してる。
こんな所で2人だけ死ぬなんて絶対に許さない。
SAINT ARTS前で散々あたしの事も問い詰めた癖に、今更自分達だけ死んで楽になろうなんて絶対何が有っても許さない。
立ち上がり、ノルベルトに訳を説明しようとしたその時――ノルベルトが閉ざしていた口を開いた。



「なら、こうしよう」

…どうなる。ノルベルトはどういう判断を下すんだ?
本当に死という制裁が下されたら、アシュリーの父親と戦う事になってしまう…。それだけはどうしても避けたい。
決意はしたけど彼女の父親と戦う何て、アシュリーが悲しむに決まってる。

アシュリーの方も父親の判決に不安な瞳をしていた。
誰もが息を呑む中で、ノルベルトが再び口を開く。





「主等2人には――アシュリーが罰を下しなさい」

それは予想を上回る言葉だった。


「――罪を軽くするのか、重くするのか…。
それは初対面である私より、今まで2人の行動を見ていたアシュリーが見定めるべきだ」

その言葉に今度はアシュリーの方を見てしまった。
彼女なら絶対に大丈夫。間違っても死んで来いなんて罰は下さない。下さないと分かっていても不安になってしまう。
あたしの母でもありアシュリーの母でもあるシルスティアは、知らなかったとは言えセルシア達の過ちで亡くなったのだ。
アシュリーが母親の事を愛していたのなら、或いはそういう判断も下されてしまうのだろうか――。

暫く考え事をする様にアシュリーは俯いていたが、やがてその場を立ち上がり、肩を震わす2人の前に立って、腰を下ろす。


「…2人に、私は罰を下すわ。それはとても重いけれど、2人ならきっと償える筈の‘罰’――」

アシュリーは何て言うつもり何だろう。
彼女とセルシア達から目を離せず硬直していると、アシュリーが瞳を伏せて応えを出した。



「私達の為に、生きて。
そして、自分自身で償いの方法に気付いて欲しい……」

2人の肩に手を置きながら、アシュリーが微笑んだ。
――肩の力が一気に抜ける。思わずその場に座ってしまった。

「ごめんっ…ありが、とう……」

頬に涙を零しながら、セルシアが何度も謝罪と感謝を呟く。
…‘私達の為に、生きて’。
それが彼等の下された罰ならば、これでもう簡単に死ぬとかそんな事言い出さないだろう。それじゃあ償いにはならないもんな。
アシュリーも上手いこと考えたな…。

不意に彼女と目が合って、お互いに微笑んだ。










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