「…もう行くのか?」 「……時間が、有りませんから」 もともとグランドパレーはあたしの我侭で来た‘寄り道’だ。何時までも此処に滞在する訳には行かない。目的地は決まっているのだから。 セルシアとリネが泣き止んでから、ノルベルトに頭を下げ――神殿を後にした。 *NO,107...ウィンドブレス* もう一度アシュリーにジブリールを呼んで貰い、ロアが丁寧にウィンドブレスの場所を説明した。 彼の丁重な説明のお陰でどうやら場所を理解したらしいジブリールが、あたし達を乗せ再び大空に向け飛び立つ。 此処から、大体数十分だろうか…。やっぱりジブリールに乗ってる間は全員無言だった。 空を覆う夢喰いは除々に大きさを膨らませている気がする。南の方の空は黒に染まっていた。 ――南の方の空を見ていると、やがてジブリールが降下を始める。 ウィンドブレスから少し離れた場所に下ろされ、ジブリールは又空へと消えていった。 地面が雪で覆われている。 空からはぽつりぽつりと雪が降りしきっていた。 ……はっきり言って、相当寒い。 「…大丈夫か?」 寒いのはどうやらロアとアシュリー以外は全員みたいだ。リネに関しては完璧にがちがちと歯を揺らしていた。 早くウィンドブレスまで辿り着かないとこっちが凍え死にそうだ。 「は、早くウィンドブレスまで案内しなさいよ…!!」 「…了解」 苦笑したロアが先頭で歩き出した。街までは大分近いとロアが言ってるが…本当に近いんだろうな。 体を震わせながら雪の降り積もる場所を歩く事数十分。 鼻を真っ赤にして辿り着いた先には、確かに街が有った。 「とりあえず俺の実家に行くで良いか?多分誰か居ると思うし…」 「何でも良いから早くして!!死ぬ!!寒くて死ぬ!!」 ロアの言葉にリネが真っ先に答える。…リネが一番寒そうだもんな。 苦笑して他の5人を見るがやっぱりアシュリーとロア以外は全員顔色が悪かった。 ロアは此処が故郷って言う位何だから寒いところ慣れしてるだろうな。 アシュリーは多分…ウルフドール族だから寒さとかあんまり感じないんじゃないだろうか。2人が今だけ本気で疎ましく感じた。 リネの雄叫びに笑顔を引きつらせたロアが街の中を歩き出す。 暫く街中を歩いていると――他の家と違って少しだけ大きな館が見えた。 「あれ、何?」 肩を震わせながらロアに問い掛ける。表情一つ変えずにロアが応えた。 「俺ん家」 「……ごめん、寒さで幻聴聞いたみたいだわ。もっかい言って」 「だから俺の家だって」 「……気にしたこと無かったけどあんた何者なのよ…」 最早苦笑が唇から離れなかった。同じく苦笑したロアが来れば分かるとだけ言って、辿り着いた屋敷の扉を問答無用に明ける。 寒さで目が死に掛けていたリネが真っ先に屋敷へ飛び込んだ。後から自分達も屋敷内に足を踏み入れる。 …玄関から火の灯った暖炉が見えた。外に比べて大分暖かい。やっと寒さから開放されて一息吐いた。その刹那。 「え、ちょ。何時の間に帰ってきたのよ。連絡ぐらい入れなさいって!」 ――隣の部屋から女性の声が聞こえた。ふと気付けばロアの姿が無い。隣の部屋…か? 5人と顔を見合わせてから、隣の部屋の扉をゆっくりと開ける。 …其処にはやっぱりロアの姿が合った。そして彼の他にもう一人――。ロアとそっくりな顔をした女性が前に立っている。 「ああ。貴方達がお客さんね。いらっしゃい」 手を差し伸べられ、とりあえず軽く握手をした。 「えっと…貴方は?」 小首を傾げるマロンの問いに、頭を抱えたロアが女性を指差して答える。 「ライカ・マッドラス。ネメシスの伝承を知る‘神官’で――俺の姉貴。だ」 ――神官。 それって結構重要視される役職だよな…。だからこれだけのお屋敷って事か。 というかロアってお姉さん居たのか。何かちょっと本気で彼の過去とか無知だったんだなと苦笑した。 「知りたい事が有って戻ってきたんだ。…ネメシスの石の事、詳しく教えて欲しい」 話が一区切りした所でロアが姉のライカに声を投げる。 暫く此方をじっと見つめていた彼女だったが、やがてその場から歩き出した。 「こんな所で話すのもアレでしょ。とりあえず、応接間まで来て」 ライカはそう言って部屋を出て行ってしまった。…確かに、長い話になる事に間違いは無さそうだからこんな所で立ち話というのもアレだろう。 場所はロアが分かってるので、彼を先頭にして広い屋敷の中を歩き出す。 階段を上がって一番近い扉にロアが手を掛けた。 扉が開かれると、大きなテーブルの置かれた部屋に着く。――此処が応接間で間違い無さそうだ。 ライカの姿はまだ無い。何か別の事をしている様だ。 とにかく彼女が来るまで大人しくしていた方が良い。テーブルの前に丁重に並べられた椅子に座って、彼女がやって来るのを待った。 「ところで…神官て、具体的にどういう役職なの?重要そうなのは分かったけど」 興味を抱いたのか唯暇なのか。傍に座っているリネがロアに問い掛ける。 少しだけ頭を悩ませたロアがやがて答えを出した。 「ネメシスの石の始まりや伝承を語り継ぐ――語り部、みたいな物だな。 街を出て更に北に進んだ所にネメシスが作られた場所とされてる塔が有るんだけど、そこの管理も姉貴がしてる」 「…あんたのお姉さん、凄い人なのね」 「ホントは俺も神官やらされる筈だったんだけどな、嫌だったからunionに入ったって訳だ」 …ああ、そういう事。確かに神官は重要な役割だが負担もきっと大きいだろう。ロアはそれが嫌で街を出て来た、と。 で、cross*unionに入団した時偶々あたしと時期が重なって、こんな状況になってる訳か。 有る程度理解した所で扉が音を立てて開いた。 やって来たライカが開いている席に適当に座り、数秒だけ目を伏せる。 「…ネメシスの始まりについて、だったわよね?」 「はい」 ライカの言葉に迷い無く頷いた。返答に対し目を開けたライカが窓の外から空を見上げる。 「…ネメシスの石は、夢喰いを封じる為に作られた石なの」 「その辺は知ってる」 「…そう。それじゃあその石を造った人の事について話そうかしら」 ――石を造った者。 石が生まれた由来は知ってるけど、あたし達は造った人間までは知らない。彼女は、ライカはそれ以上の事を知っている様だ。 身を乗り出して彼女の話に耳を傾けた。 「ネメシスの石は――‘心龍’と呼ばれる龍が作り出した封石なの。造った目的は知っての通り」 彼女はそう言って再び窓から空を見上げる。…北の空にまで夢喰いが覆い尽くしていた。 ――彼女が口にした言葉。‘心龍’…。聞いたことの無い単語だ。 彼女は空を眺めながら言葉を続ける。 「心龍は自らの体を使って5つのネメシスを生み出し、石に夢喰いを封印した。 同時に石にも封印を掛け、二度とこの地に夢喰いが復活しない様、手を施したの。 そして封印されたネメシスの石を見守る管理者として――ウルフドール族を生み出した」 「――ウルフドール族を造り出したのも、心龍?」 「この世界を造ったのも心龍よ。――世界を‘見守る’神はウルフドール族だけど、世界を‘造った’神は心龍なの」 …途方も無い話だ。世界を造った者が作った石が、ネメシスの石――…。 改めてとんでもない事をしてしまったんだと思い知らされる。夢喰いが復活した責任は理由はどうであれあたし達に有るのだ。 空から目を離し、此方を向いた彼女が一息吐いて、口を開く。 「心龍に造られた最初のウルフドール族は、心龍に‘世界の監視’を命じられた。 次に造られたウルフドール族は、‘ネメシスの石の管理’を命じられた。 …この二番目に造られたウルフドール族が、管理者-ビテュオ・リーシス-と呼ばれる存在。 そして三番目に造られたウルフドール族が、王家と呼ばれる者達よ。 この3つのウルフドール族が‘古来のウルフドール族’と呼ばれる、ウルフドールの中でも一番古い血を持つ者達なの」 …ノルベルトやアシュリーは三番目に心龍に造られた‘古来のウルフドール族’の子孫…て、事か。 古くからの血を受け継ぐからこそ、彼等は王家として崇められているのだろう。 そして二番目に造られた管理者-ビテュオ・リーシス-となる存在。それがあたしとアシュリーのお母さん。…シルスティア。 …膝の上で拳を握り締めた。 「…あたしが語れる事は此処まで。これ以上の詳しい事を知りたいのなら――心龍本人に逢うと良い」 「――逢う事が出来るの?!」 思わず席を立ち上がってしまう。話からして心龍はもう亡くなっているのかと勝手に思い込んでたけれど…どうやらそうでも無かったみたいだ。 「逢えるわよ。…ちょっと辛い道のりになるけれどね」 同じく席を立ち上がったライカが窓越しに見える空を指差す。 指差された先に有るのは――先程ロアが話していた‘塔’が合った。 「ゲリオン・テリア。――あの塔の最上階に、答えが有る」 ――あの塔に、心龍が居る…。 7人全員がその塔を見上げていた。 天を突き抜ける程高く立てられた塔。あれを上るのはかなりの体力と精神が必要そうだ。 けれど駄々を言ってる場合でも無いし、心龍に逢えると聞いた時からあたし達の答えは決まってる。 「ゲリオン・テリアはあたしの許可が有れば入れる。…どうする?」 「勿論。行きます」 ネメシスの石を造り出した龍。 きっとその龍に合えば夢喰いを封じる手立てが見つかる。そんな気がしていた。 「そう。それならあたしは止めないわ。…但し、塔は毎月開けれる日が決まっているの。 仕来りと言うより、心龍と私(神官)での‘約束’だから、理由が如何で有れ早くは開けれない。 ――今月は大体10日後ぐらいよ。 だからそれまではゆっくり休んで。此処に泊まってくれて構わないから」 ……十日、か。それまで塔に入れない以上何をしよう。 とにかく暫くは此処に泊めて貰えるのだし、休息を取るのが優先かもしれない。 あたし達が十日後に出逢うのは世界の創始神なのだ。全ての母と呼べる存在。 ライカが応接間を出て行った所で改めて窓から空を見上げる。――雪に包まれて塔がぼんやりと浮かび上がっていた。 BACK MAIN NEXT |