――薄暗い闇が、果てなく先まで続いている。 気付いたら周りは俺だけだった。心龍の‘心理作戦’って事何だろう。イヴにも姉にも注意を受けていたから、一瞬で分かった。 それは良いとしても、何時まで歩けば此処から抜け出せるのだろうか。それとも何らかの行動を起こさなければ此処から出られない? とりあえず今は誰か居ないかと思って歩いているが、一向に人影は見えない。この空間には、やっぱり俺独りだけなのだろうか。 不意に目の前の視界が揺れた気がした。 顔を上げる。…目の前には、よく知っている彼女。――イヴが、立っていた。 *NO,121...‘彼’の闇* 立ち竦んだまま、お互い動く事さえ出来なかった。 彼女が時折唇を動かす以外、何の動作も無い。 ――彼女は何かを伝えたがっている。それが分かったからこそ、この場を動けずに居るんだけど。一向に何も言って来ない彼女に対して俺も不安 や心配が募って来た。 「どうかしたのか?」 問い掛けた所で、やっと彼女が声を発する。 「あたし達がしている事に、意味が在るのかなって。ちょっと思ったの」 俯き気味に彼女が笑った。 自嘲したイヴが、言葉を続ける。 「あたし達は何も救えなかった。今までも、これからも、きっと。何も救えない。空回りして終わってく」 …それは違う、と。たった一言の否定の言葉が何故か発する事が出来なかった。 何が違うんだろう。と、頭の中で一瞬思ってしまう。 直ぐにその思いを振り払った。違う物は違うんだ。俺達は確かに何も救えずに居たけれど、救えた物だって在る。 サンクティアの感染病、VONOS DISEリーダーの願い、セルシアとリネの喧嘩…。 救えなかったモノと数えてみれば少ないかもしれないけれど、何も救えなかった訳じゃないんだ。 「同じだと思う。救えたモノより救えないモノの数が多ければ、きっと意味が無い」 意味が無い。本当にそうなんだろうか。 少なくとも俺達がした事が吉と出た時も合った。 「でも、凶と出た事も合った」 …レインの裏切り、リネの望み。確かに俺達は救えないモノだって合った。俺達が行動する事が逆に凶と出た事も少なかれ合ったと思う。 否定はしない。彼女の言うことも最もだ。俺達は何時だって何かを救う為に動いていたけれど、何時も救った気で居て本当は救えていなかった事も 何度か合ったのだ。 「そうよ。だから、あたし達が今やろうとしている事も何れ無意味で終わる。そんな気がする」 ――それとこれとは話が別何じゃないだろうか。 俺達は確かに今まで救えたモノも救えないモノも数多く合ったけど、それが未来に影響するかなんて分からないじゃないか。 少なくとも行動しないよりは何か行動を起こした方が良いと、俺は思うんだけど。イヴは違うんだろうか。 「あたしは、意味が無いと分かりきった事ならやらない方がマシだと思う。 意味が無いと知りつつ行動を起こして、それが本当にそうだったらきっと絶望に落とされる」 「意味のない行動かどうかなんて、やる前から分かる訳無いだろ」 「分かるわよ。その結果がどうなるかなんて。分かりきった事じゃない」 …彼女が珍しく弱気な事に、やっと気付いた。 これは心龍の罠なのだろうか。それとも近辺をうろついているドッペルゲンガーなのだろうか。或いは―――。 「少なくとも俺は意味の無い事だとは思わねえよ」 やって意味の無い行動なんて、きっと無い。 誰かが何かすれば必ず結果は出て来る。例え其れが吉と出ようが凶と出ようが、行動に結果は付き物なのだ。 光に影が付いて廻るのと、一緒の原理。 だからイヴの言ってる事は少し可笑しい気もする。 元々強気な彼女が全てを否定する言葉を言う事自体可笑しいと思うんだけど、それ以上に彼女の言葉には――この場所からの逃亡を望む様な、 そんな言葉に聞こえた。 例え今この場所から逃げ出したら、それこそ結果は‘凶’と出る。そんな気がする。 この場所から逃げたらきっと何時か後悔する日が来る。何であの時逃げ出したんだろうって。 だったら進むべき何じゃないだろうか。先へ進んで、凶と出るか吉と出るか分からない未来で吉が出る事を信じて、進む。それが最善だと思う。 「…俺は逃げる道よりも進む道を選ぶ。それは、お前も一緒だろ?」 「……」 彼女は答えない。俯いたままの彼女の肩に、手を置いた。 ――違う、のかもしれない。 イヴが本当に‘言いたい事’…。それは全ての行動に意味が無いという事でも、俺達のする事が全て無意味だという事でも無い筈だ。 となれば、彼女が伝えたい事は何なのだろう。 俺に求められている応え。 きっと其れを見つける事が、心龍の‘挑戦’だ。 ――今の会話に、そのヒントは合ったのだろうか。 イヴが最初に言ったのは俺達が何も救えなかったという事だ。 それから全ての行動が無意味だという話に行き。そして、今に至る。 彼女が伝えたい言葉…。 俺はそれを理解しないといけない。それがきっと俺の義務。 「…意味の無い行動が無いなら、」 ぽつりと、彼女が言葉を呟く。 此方を見上げたイヴの瞳が、かすかに潤んでいた。 「意味の無い運命も、無いのよね。きっと」 ――‘意味の無い運命も、無い。’ 頭の中で何かが弾ける様に閃いた。 分かったかもしれない。 彼女の伝えたい事も、彼女が本当に抱いている‘不安’も……。 それがきっと彼女の求めている、‘答え’だという事も。 掴んで居た肩を引っ張る様に引き寄せた。 確信は、胸の何処かで抱いてる。 「世界も、お前も救う。――それが俺の答えだ」 ――運命を呪うのは、きっとヘレンから聞かされた‘自分がウルフドール族’だという事だろう。 ウルフドールに対して偏見を抱いている訳ではないだろうが…それでも彼女にとって衝撃だったに違いない。 ウルフドール族、って事は俺達より長く生きながらえるって事だ。 例えアシュリーと時を過ごしたとしても、やがて彼女も自分より先に死んでゆく。 そうして失うモノが増えていく事への‘恐怖’。俺達と同じ道を歩めない‘歯痒さ’。…そういうモノが、堂々巡りしていたんじゃないだろうか。 俺達は確かに何れ死んでゆく。生在るモノの決められた定めだから、それはイヴもアシュリーも一緒。 だからこそ、一緒に居る時間を大事にしたい。 こんな所で終わりたくないんだ。このまま夢喰いに喰われて終わる様な死に方だけは絶対に歩みたくない。 彼女も正義感が強いから、それは感じている筈だ。 けれどそれそ‘そうだ’と肯定出来ないのは、それが仇になってるから…じゃないだろうか。 夢喰いを封印すればまだ一緒に居られるけど、何れは別れ往く。 それなら、いっそ此処で一緒に散った方が…。彼女の中には少なくともそういう思いが在ったのかも知れない。 それさえ気付けなかったのは、紛れもない俺達の弱さだ。 SAINT ARTSできちんと話して、あれで全て解決したんだと思っていた。 それが間違っていたのかもしれない。 ――救うだけじゃきっと‘救った’事にはならない。支えあう事がきっと本当の‘救い’。 どうしてそんな簡単な事にも気付けなかったのだろう。 ……瞳を閉じる。 暫く目を閉じていると、瞼の奥から光が差し込んだ気がして、目を開けた。 ―――彼女の姿が見当たらない。 やっぱり、心龍の心理作戦で間違いなかった様だ。けれどただの心理作戦では無かったと思う。 きっと、彼女の本当の心を映し出したモノ――それが今のイヴの正体だったんじゃないだろうか。 本物の彼女に合ったら、真っ先に伝えなければいけない言葉が在る。 一度だけ深呼吸してから、再び闇の中を歩き出した。 少し歩くと階段が見えた。上の階に行ける様だ。他に道は無いので階段を上った。 暫く階段を上ると、やがて赤い扉に衝突する。 …これが正解のルートなのだろうか。分からないが、進むしかない。 そう思い扉のノブに手を掛けた。 BACK MAIN NEXT |