リネの悲鳴が聞こえた所までは鮮明な記憶で残ってる……。 どうしたんだろうと不安になり、彼女の方へ駆け寄ったつもりだったけど何時の間にか傍に誰も居なくなっていた。ぐるりと辺りを見回したけど、やっ ぱり誰も居ない。 …私がみんなとはぐれちゃったのか、心龍が意図的に行ったかは、分かんない。 とにかく皆を探さないと。そう思い立ち上がった所で――不意に肩を掴まれた。 *NO,120...‘彼女’の闇* びっくりして振り返ると、見慣れた人が立っていた。 「レイン…?」 肩に置かれた手は間違いなく彼の物だ。見間違えでも無ければ幻想でも無い。 彼の姿を見て安堵したけど、同時に小首を傾げる。 ――私が部屋を見回した時にはレインの姿は無かったけど…見落として居たのだろうか? 「マロン」 何時になく真剣で――寂しそうな瞳をした彼が急に手を掴んで来た。驚く間も無くレインが言葉を続ける。 「俺と逃げよう。今直ぐに」 ――逃げよう、とはどういう意味何だろう。呆然としてる間にもレインは言葉を続けて往く。 「疲れたんだ。誰かの為に動くことも、しなくてはならない懺悔も――。…今更セルシアの気持ちが分かったよ」 苦笑した彼の瞳は――本気だった。 ……レインが逃げたいのは何から何だろう。 嫌々とは言えBLACK SHINEに入り誰かを傷付けていた過去の自分から何だろうか。それとも私達と一緒に居る事だろうか。 分かんないけど、レインの今の言葉がきっと彼の真意なんだ。 今すぐに逃げ出したい。自分と向き合う事が怖くて、ずっと目を背けてる。…そんな感じがする。 ずっと大丈夫と言ってたけど、レインもきっと辛いんだ。怒りの矛先はセルシアにしか向けれなくて、でもセルシアだって悪くない事を知って。怒りの やり場を見失って―――。そうして、自分の中に閉じこもってずっと怒りも悲しみも苦しみも押さえてたのかもしれない。 私達に心配を掛けさせたくない反面、私達と向き合う事が怖くて。 「俺が欲しかったのは強さでも何でもない。――幸せだったあの時間だ」 …掴もうとして、必死に手を伸ばしても。もう二度と届かない‘幸せ’を、分かっていてもレインはまだ追い掛けていたんだ。 だからBLACK SHINEに留まってた。 私達とノエルの間で揺れて、私達の方を選んでくれた様に感じたけれど…やっぱり内心ではノエルの方に傾いてたんだと思う。 レインもセルシアの事が言えない位‘自己犠牲派’何だ。だから自分を責めて、責めて、責め続けて。それでも時折セルシアを憎んだりして、でもそ れ以上に自分が許せなくて。…そうして、ずっと同じ気持ちの中をループしてる。 私はそれを救いたかった。私独りに何が出来るか分からないけれど、手を差し伸べて。彼を彼自身の闇から救い上げたかったんだ。 唯私は浅はかだった。彼の傷は、安易に救える様な物じゃないのに、私は勝手に救えた気で居たのかもしれない。 「独りが怖いんだ。だから周りに合わせるしかなかった。誰かの意思に任せて動いてた。 ……そんな自分が嫌だと感じても、俺は結局何も出来ない…。…だからマロン。お前に一緒に居て欲しい。 世界の最期まで、一緒に居よう。どうせ世界は崩落する。俺達がする事は無意味なんだ」 …無意味、何だろうか。 私達が今している事は、単なる‘自己満足’何だろうか。 分かんない。私も、レインと一緒。周りに合わせる‘都合のいい子’で居たから、分かんないの。 皆の事が嫌いな訳じゃない。…好きだから、嫌われたくないの。 私は知ってるから。独りになる‘孤独’を。 早くに両親を亡くした私に、縋れるモノ何て何もなくて。ずっと暗い所で泣いてたから。 誰かに気付いて欲しいけれど、私から救いを求める事は出来なくて。肩を抱いて、独りで孤独に耐える事しか出来なくて。 そんな私を救ってくれたのはイヴだけど、イヴが居なかったら、きっと私は今も独りで泣いていた。 レインに惹かれたのは、私と同じモノを最初から薄々感じていたから。かもしれない。 何時も明るく振舞ってるけど、独りの時には何処か遠くを見ている様な瞳をしていて――ああ、この人も。と、心で思ってた。 だから今のレインの言葉も、何となく…分かる。 ‘ひとり’が怖いの。もう膝を抱えて蹲る日々には戻りたくない。だから、無理をしてでも皆に合わせていく。そうする事で‘わたし’というモノを見失っ たとしても―――独りでいる恐怖よりは、幾分かマシな気がして。 「レインは、私と似てるんだよね」 だからレインも、そうなんだ。 ――グローバルグレイスの一件以来、きっと‘ひとり’を恐れて居たんだと思う。 目蓋と閉じれば無情にも浮かぶあの日の光景が怖くて、誰かに助けを求めた。 唯その救いの手は払いのけられて、そのうち救いを求める事さえ止めてしまった。 けれどやっぱり‘ひとり’は怖くて、周りに合わせる事しか出来なかった。周りと外れない様に、それだけに精一杯で。自分を見失ってる事にも、気 付けなかった。 誰かに「こうだ」と言われたらそうなんだとしか思えなくて。気付けばそれが癖になって。 ――そうして自分の殻に籠って、全部‘みているだけ’で。 私が何か言ったら、全て壊れてしまう気がして。 失いたくないモノが在るからこそ、誰かに合わせる‘都合のいい子’で居た。 「…そうかも、しれないな」 苦笑したレインが手を伸ばす。 「だから、もう逃げよう。俺は疲れたんだ。周りと合わせる事にも、全てを背負っていく事も―――。 …マロンなら、分かってくれるだろ?」 「分かるよ。…私も、そうだったから」 独りになると、急に逃げ出したくなる。心の中で怯えている自分に気付いて、怖くて、泣きたくて、全てを投げ出したくなるの。 それでも。私が此処に居る理由は―――。 「でも、逃げちゃ駄目だと思うの」 ――こんな私でも、傍に居て良いんだよって。無理にあわせる事も無いんだよって。 手を伸ばしてくれた人が、居るから。 半ば癖になってる周りとあわせる事を、急にやめる事は私もレインもきっと無理。 だけどゆっくりで良いから自分の意見を言えるようになりたい…。…私は、今はそう思う。 「少しずつで良いから、向き合おう。私もレインも、きっと‘勇気’が足りなかったの…」 「……例え自分の意見を言えたとして、周りから軽蔑される結果となったら?」 「ならないよ。大丈夫。だって、」 彼女達はあんなにも優しくて。 例えどんな事になっても―――絶対に、私達を受け入れて入れてくれるから。 私はそう信じてる。 信じることが大事だから。 ――刹那、レインが唇を綻ばせた気がした。 途端。魔法が切れた様にレインの姿が足元から溶けて行く。びっくりしてそれを見つめていると、やがてレインだったモノは泥の塊になっていた。 …モンスター、なんだろうか。見たことがある様な気がするけど、よく思い出せない。 唯誰かに化けたりする事が出来るモンスター何だとは思う。だからレインに化けていた。…私を、試していた。 泥の塊はそのまま地面に溶けて行った。辺りを再び見つめたが変化は無い。…去っていったのだろうか。 戦闘にならなかった事に安心して、思わず床に座ってしまう。 少し気持ちを落ち着けてから、少し先に見える階段に向かって、ゆっくり歩き出した。 * * * 何分待ってるんだろう。それとも何時間なのかな。 最早時間感覚さえ危うい。傍で他の4人を待ってるレインやアシュリーと時折会話はするモノの、その会話の殆どが‘まだ来ないのかな’という質 疑の為、会話は長続きしない。 痺れを切らし、‘皆を探しにいかない?’と聞こうと思った所で―――扉が開く音が聞こえた。 立ち上がり、開いた扉を凝視する。 「…あれ、皆……?」 小首を傾げて此方に近付いて来るのは、紛れも無くセルシアだった。 ああ、やっぱり本物は本物だよな。セルシアに駆け寄って、思わず胸に飛びついた。 ニセモノの貴方じゃない。本物のぬくもりが、此処に有る。 しがみつく様に抱き付いて居ると、暫く呆然としていたセルシアが背中に手を回した。 「無事だったのね」 あたしがしがみ付いてる横から、アシュリーが声を掛けるのが聞こえる。 「何とかね」 答えたセルシアが、ホールを見回して再び小首を傾げた。 「…イヴ達は、まだ来てない?」 セルシアの問いに対してアシュリーが首を上下させる。 …流石にそろそろしがみ付いてるのも迷惑かと思ってると、レインが横から冷やかしを入れてきた。 「いちゃつくなら外でやれ」 「…誰がいちゃついてんのよっ!!!」 咄嗟にセルシアから離れ、苦笑してその場を逃げ出すレインを走って追い掛けた。一発殴らないと気が済まない。 苦笑したセルシアとアシュリーがそれをじっと見つめている。 …不意に扉が軋む音が聞こえた、あたしもレインも走るのを止めてそっちを見てしまった。 「あ。…リネ?」 最初に見えたのがあたしだったみたいだ。扉から少しだけ顔を覗かせたマロンが安心した顔をして扉から出て来た。 「おかえり。大丈夫だった?」 「うん。平気」 問い掛けるとマロンが笑顔で頷く。 …ドッペルゲンガーが魅せた人物が誰だったのか気になったけど今聞くのもアレかと思ったから何も言えなかった。 セルシアとマロンが来て、これでやっと5人。 後はイヴとロアだけど…やっぱり2人は時間掛かるのかな。それとも2人だけで心龍に会いに行ったとか、ないでしょうね。そういうの。 螺旋階段の上を見上げる。果てなく続いている階段が、遠い様に感じた。 BACK MAIN NEXT |