…暗い部屋の中を、歩き出した時は7人全員居た筈なのに扉を潜り抜けた時には俺独りしか居なかった。
これは心龍の罠なのだろうか。それとも俺が道を外れてしまったのだろうか。
よく分からないが戻って探すよりは進んで探した方が良い気がした。きっと6人もそう思ってる気がする。
そうして踏み入れた部屋の奥には何時も通り階段が見え、周りに警戒しながら階段まで近づく。
…何の気配も無い。て事は此処は特に何もないのか?
階段まで難無く辿り着いた為、何となく来た道を振り返る。
――振り返って、唖然となった。


*NO,119...‘青年’の闇*


本当に何となく振り返ったつもりだったけど、もう一度前を向き直す事が出来なかった。
前を向いていた足が踵を返す。心臓の音が煩い位に跳ね上がっていた。どうして。どうして、此処に。

「久しぶり、セルシア」
まるで最初から何事も無かったかの様に彼が唇を開く。
「…なん、で…」
震える唇と無情利に零れる涙の所為で、それだけを呟くのが精一杯だった。
微笑んだ彼が肩に手を置いてくる。
「このふざけた理不尽な世界から、お前を開放しに来た」
それは脳裏に響く様な声だった。
――何度も瞬きをする。けれど目の前の彼は決して消えたりしない。…夢じゃ、ない。
目の前で微笑んでいるのは確かにリト・アーテルムだった。


「今まで何もかもお前に背負わせてごめん。…今度は俺も一緒に背負うから。
だから、俺と一緒に行こう」

「…‘行こう’って……何処へ?」

「――俺達が今度こそ幸せになれる場所へ」

リトはそう言って肩に置いていた手を離し、此方に差し出してきた。
…それは何処なのだろう。少しだけ想いを馳せてしまう。

2人で辿り着いた場所には、きっと償いも懺悔も何も要らない世界だ。
そう、この手を取ればまた2人で笑って暮らせる。
そこにリネも加えて、3人でまたきっとやっていける。そんな気がした。
――そんな小さな幸せが叶えば、どれだけ幸せだろう。背負うもの全てを投げ出せたら、どれだけ楽なのだろう。
罪を背負うって決めたのは俺だけど、やっぱり時々逃げ出したくなるんだ。
責められる事には慣れた。俺達の犯した罪が許されない事だという事ももう気付いてる。
でも、慣れたからと言って辛い訳じゃない。俺だって完璧な人間じゃないんだ。責められたらそりゃあ辛いし、何時かはこの罪を許されたいと何度も
思ってた。

それが、叶うのだろうか。
今リトの手を握り返す事が出来れば。たったその一つが出来れば。俺はまた幸せになれるんだろうか。


「何も心配しなくて良い。辿り着く場所は‘楽園’だ。罪も懺悔も忘れて、幸せになれる場所――」

…鵜呑みしてしまいそうになる。
そう。俺が今見ているのは間違いなく幻だ。リトは死んだ…というより、俺が殺した。しかも2回も。
なのにまた此処にこうして現れる筈が無い。
第一きっとリトは俺を恨んでいる。こんなにどうしようもなく駄目で、世話を任せられたリネには迷惑を掛けさせてばっかりで、そしてリトを殺した張本
人である俺を、許してくれる筈も無いだろう。きっと天国の何処かで俺を強く恨んでいる。そんな気がして仕方ない。

「恨んでる訳ないだろ。俺達、親友じゃないか」

心を見透かされたかの様な言葉だった。…いや、実際そうなのかもしれない。
イヴの忠告が横切る。何時だったか注意された。‘心龍は此方の心を読む事が出来る。だから気をつけて’って。
ああ。分かった。俺は今その心龍に試されているんだ。
リトという俺の過去の過ちを何処まで理解し、向き合うことが出来るか…。きっとそういう事なんだ。
だったら尚更、その手を握り返す事は出来ない。
俺はもう―――リトとは決別の道を歩んだのだ。あの下水道が分かれ道だった。

「俺の事嫌いになったのか?」

「違う…そうじゃない……」

悲しそうな顔をする彼に、こっちまで悲しくなってくる。無条件に溢れ出す涙の止め方なんて俺は知らなかった。
分かってる。今目の前に居るのはリトの筈が無いって事。
分かってるけど、体は硬直したまま動けない。否定の言葉さえ浮かべれない。


「じゃあ良いじゃないか。もう止めよう。お前だって辛いだろ?」


辛いよ。辛いけど…俺が今此処で逃げ出したら、またいろんな人に迷惑を掛ける事になる。
こんなにどうしようもなく駄目な俺を赦してくれたレインやアシュリー。一緒に罪を背負うと笑ってくれたリネ。そして傍に居てくれたイヴ達。
リトと此処を逃げるという事は、今持っている全てを‘捨てる’って事なのだ。
俺はリトの事も親友として大事だけど、イヴ達のことも、リネの事も大切な仲間だから大事なんだ。
天秤に掛けたってどっちが大事か何て決めれない。

「大丈夫。お前の事を咎める奴なんて誰も居ないよ。ほら、おいで」

差し出された手が一歩近づいてきた。
頭痛が襲う。何かの警報の様に。


「―――あのさ、リト」

一緒に行きたい。出来ればもう、離れたくない。
最初で最後の親友はきっとリトだけ。イヴ達の事も確かに信頼してるし、大事な仲間だけど。親友と呼べるのはきっとこの先もリトだけだ。
だから失いたくない。もう、見失いたくない。これが俺の本音だけれど。

「リトが頼んだんだよ?‘リネの事任せた’って」

今手放して後悔するのはきっと。大事な‘仲間達’だ。
何であの時戻らなかったんだろう。きっと何時かそうやって後悔する時が来る。
俺は今まで過去しか見ていなかった。
犯した罪は消えない。一生償っていくしかない。そうやって、何時も足元しか見えていなかった。

でも、違うよね。
本当に見ないといけないのは――これからの‘未来’…。俺がどうやって償っていくか、なんだ。


リトと離れるのは嫌だ。でもイヴ達と離れるのはもっと嫌だ。
もう何も失いたくない。これ以上、誰かを傷付けたくない。それが俺の‘答え’。出さなければならない結論だ。
差し出された手が引っ込んでいく。此方をじっと見ていたリトが、やがて微かに微笑んだ。
その途端。まるで土砂崩れの様に彼の体が泥と化して行く。
――見た事、ある。このモンスター…。
何処で見たんだろう。…そうだ。VONOS DISEで働いていた頃だ。確かにリーダーに注意された。‘近辺に人の姿に化けて攻撃するモンスターが居
るから気をつけろ’って。それがこのモンスターだったんだ。名前は…そう。ドッペルゲンガー。
泥と化したドッペルゲンガーは床に解ける様に消えて行く。
…その姿が見えなくなるまで、じっと見つめていた。


「俺こそごめんね。リト。――まだ、そっちに行けそうにない」

零れ落ちる涙を無理矢理拭う。
一度だけ大きく深呼吸してから、踵を返し階段を登った。
見つめないと行けないのは未来だ。過去ばっかり見てたら、きっとまた見失う。――大切な‘何か’を。
俺はこれ以上何も失いたくない。だから、もう過去ばっかり見つめるのは、止めようと思う。
勿論犯した罪は背負ってく。辛いけれど、それでも俺が決めた事だから。

だから、目指した‘未来’が――少しでも幸せな方向に傾いてると良いな…。

階段を登った先に見えた赤い扉を慎重に開く。
薄暗い廊下が一本道でずっと続いていた。…これ以外に道は無い。進むしかないだろう。
扉の中に入り、ゆっくりと廊下を歩き出した。










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