延々と続く螺旋階段を必死に登り続ける事数分。
何時になれば次のフロアへ辿り着くのだろうと、ぼんやりと考えている内に漸く階段の終わりが見えた。
――長く続いた螺旋階段を上りきった、果て。
硝子張りの透明な床の向こう側に、‘彼女’は居た。


*NO,123...心龍*


「お待ちしておりました。…どうぞ、此方へ」
教会の様な造りの部屋。並べられた長椅子の一つに、彼女は座っていた。
一瞬彼女が心龍なのかと思ったが、どうやら違う様だ。
…恐らく彼女は‘案内役’。あたし達を試したのも、きっと彼女なのだ。
微笑みを浮かべる彼女は、椅子を立ち上がると部屋の奥に向かって歩き出した。
足元をなるべく見ない様に、彼女の姿を追いかける。
…下を見れば先ほどまで居たフロアがよく見えた。硝子張りとなっている床を直視してしまうと、一歩踏み込めば落ちてしまう様な感じがして軽く恐
怖を抱いてしまう。と言う訳で何とか前を向いて歩く事に専念した。

「あんたは誰?」
追いついて来たリネが、目の前を歩く彼女に問い掛ける。
リネの問いに対し、振り返った彼女が微笑みを崩す事なく唇を動かした。
「私はロスト・ゲネアンテ、心龍への案内役」
「…俺達を試していたのも、あんた?」
「そうです」
レインの問いに、彼女は眉ひとつ動かさず答えた。
…やっぱりあたし達を試していたのは彼女―ロストだったのだ。

何となく分かった。この塔―ゲリオン・テリア―の‘外側’を管理するのはマッドラス家…つまりライカ達神官だけど、‘内側’の管理をするのは彼女
の様な‘案内人’なのだ。
再び前を歩きだしたロストは、部屋の端に大きく立ちふさがる門の様な扉を軽々と開いた。
「奥で心龍が待ってます。このままお進み下さい」
扉の前で足を止めたロストは、扉の奥を指差した。
扉の奥には黄金に輝く祭壇の様な物が見える。…見たところ心龍らしき姿は見えないが、きっとジブリールの様に何か別の形に姿を変えているだ
けなのだろう。ジブリールも心龍も同じ‘龍’。同じ事が出来たって不思議では無い。
ロストに軽く頭を下げ、部屋の中に足を踏み入れた。

…この部屋だけ、風の流れが違う。
足元から吹き上げて来る様な、そんな風が轟々と音を立てている。
7人全員が部屋に足を踏み入れた後に、ロストも部屋に入って来て、扉を閉めた。
扉が閉まる音が聞こえた後に、祭壇の上に突如‘ソレ’は姿を現した。
――金色には最も遠い、漆黒の色をした巨体を揺らし、ソレは祭壇に座る様な素振りを見せる。
ジブリールとは比べモノにならない大きさだ。あたし達の姿など、きっと豆粒と変わらないのだろう。
「…あんたが‘心龍’?」
「――如何にも」
巨体を揺らしながら、龍は肯定の返事を返した。
「私こそ世界の‘創世者’。心龍‘リウス・レソグンゲルン’」

…こんな時に思い出した。確かライカが言ってたっけ。
‘ネメシスの石が壊れた事を心龍は怒ってる’って。
それ、どうやら本当っぽい。
心龍の顔は何処か険しい表情をしていた。此方を見下すような、そんな瞳。
それでも引く訳にはいかないのだ。此処まで来たんだから、進むしかない。

「貴方も知ってるでしょう。ネメシスの石が壊れたの。――私達はもう一度夢喰いを封じる方法を、探してる」
「あんた、ネメシスの石の生みの親でしょ?知ってることを、教えて欲しい」
アシュリーの言葉に便上して心龍に声を掛けた。
険しい顔をしたままの心龍は、あたし達7人をじっくりと見つめ、そして呟く様な低い声を洩らす。
「――知ってどうすると言うのだ」
「どうするもこうするも無い。世界を救う」
「無駄だ。世界は崩落を始めている。最早私の力だけは、夢喰いを封じる事は出来ん」
…あっさりと、否定された。
創世者でも無理と断定されたなら、じゃあこれ以上どうしろって言うんだ。
呆然と立ち尽くしていると、不意に心龍が此方を向いた。アシュリーとあたしを交互に見比べ、薄笑みの様な物を浮かべる。

「……成程。お前達、シルスティアの娘だな?」
…どうして分かったのかは知らないけど、否定する必要は無い。アシュリーと顔を合わせて頷いた。

「…これ以上どうにかならない何て冗談は言わせないわよ。絶対知ってるんでしょう、貴方」
一歩前に出たリネが巨体を睨み上げる。
確かに先程はあっさりと否定されたが、心龍が何も知らないとは思えない。
巨体を揺らした心龍が低い声で笑った。何故笑ったのかが分からないが、暫し声を上げて笑っていた心龍が、やがて此方を再び観る。


「ひとつだけ、有る事には有るな」

――やっぱり、合った。リネの読みは間違って無かったようだ。

「聞かせろよ。その‘方法’を」
後ろに居たロアが声を投げる。
…再び険しい顔に戻った心龍が、見透かす様なオッドアイの瞳を静かに閉じた。

「まあ待て。その前に、少しだけ昔話をしようか。――ネメシスの石と、夢喰いの話だ」

…静寂。心龍の言葉の後、場に訪れたのは無音だった。
最初にロストが部屋の隅で腰を下ろしたのを見て、あたし達も釣られて地面に腰を下ろす。
全員が座ったところで再び心龍が口を開いた。
「世界が生まれて間も無く。世界には色々な感情が渦巻いていた。
欲望、苦悩、悲しみ、憎しみ。殆どは‘不’の感情だ。
そうした不の感情が集まって出来上がったのは‘夢喰い’。
残された少量の希望から出来上がったのが、私。――‘心龍’だ」
……世界の始まり。それは途方も無い昔の話だ。
ライカから聞いていた話とは少し違っている所が有るが、心龍の言葉の方がより真実に近いだろう。
「私は自身の体の一部を削り、5つのネメシスの石と、そして1体のウルフドール族を創り上げた。
ネメシスの石の力で夢喰いを封じた後、ウルフドール族に私は指名を投じた。
――夢喰いの消えたこの世界を、守る事だ」
…最初のウルフドール族。
きっと心龍もそのウルフドール族への思いは強いだろう。一番最初に造り出したって事は‘子供’と取っても良い訳だ。そして心龍は愛子であるウ
ルフドール族に、世界の平和を祈らせた。それはこの世界が平和である様にという、心龍の願い。
「次に造り出したウルフドール族には、ネメシスの石の管理を任せた。
――それがシルスティア。後に管理者-ビテュオ・リーシス-となる存在だ。
シルスティアの為に私は神殿を築いた。神殿の1つに5つのネメシスを安置し、そこへシルスティアを住まわせた」
「…それが、クライステリア・ミツルギ神殿?」
「その通り」
…そうか。最初に出来た神殿はクライステリア・ミツルギ神殿何だ。
恐らく他の神殿は心龍以外の種族――ウルフドール族や人間が造り上げたのだろう。
心龍、管理者。そして夢喰いという‘神’を崇める聖地として。
「そして次には、もう1体ウルフドール族を生み出し、そして2人の人間を生み出した。
生み出したウルフドール族は、後に‘王族’と呼ばれる、古来のウルフドール族だ。
そして生まれた2人の人間はウルフドール族と共に大地に放った。この世界の文明を築く為に」
…人間と、ウルフドール族の始まり。その原点は、やっぱり心龍だ。
きっとノルベルトが心龍の生んだ‘第三のウルフドール族’なのだろう。2人の人間と言うのは、昔から数多くの伝承に記されている‘アダム’と‘イ
ヴ’……。
「そして私は最後に、一つの龍を造った。
それが此処に居るロスト。――彼女だ」
…彼女が、最後に心龍が造り上げたモノ…。
ロストの方を見ると、彼女は少しだけ微笑んだ。
「ネメシスの石を造り出し、夢喰いを封じ、何体かの種族を創り上げた私の体は、最早疲れ果てていた。
そこで私は生み出した人間とロストに、この塔を造り上げさせた。
私はこの塔に住み、そして再び世界に危機が訪れるその日まで――眠りについた。
それは永い眠りだ…」
「…貴方が眠っている間。世界の事はロストや第一に生み出したウルフドール族任せていた、って事ですか?」
「そうだ」
…セルシアの問いで、何となく意味が分かってきた。
恐らくロストと共に塔を作った人間…‘アダム’と‘イヴ’の内のどちらかが、後のマッドラス家何だ。
だからライカやロアが神官の地位となった。そういう事なのだろう。

「そして私は、長い眠りから目を覚ました。…ほんの数年前の事だ。
私の眠りが途絶えたと言う事は、そう。世界に再び‘危機’が迫ったという事だ」
「…貴方の目が覚めたのは、10年前?」
「よく分かっているな。そうだ。
――10年前、ネメシスの石を奪った輩が、私の眠りを妨げ、そしてシルスティアの命を奪っていった」
…今の、セルシアにはちょっときつい言い方だ。
とは言え心龍にはこっちの事情何か知る由も無いんだから、当たり前と言ったら当たり前なのだが。
セルシアが口を開こうと唇を動かす。きっとその唇から紡ぐのはノルベルトの時同様、謝罪の言葉なのだろう。だが彼が言葉を発する前に、心龍が
先に口を動かした。
「そうだろう?そこの男」
――心龍は心を見透かす、か。ライカの言葉を少しだけ忘れていた。
驚いた顔をしたセルシアが、俯いて少しだけ頷いた。

「…とんでも無い事をしたと、分かっています」
「それで世界の救済を望む…という訳か」
薄笑みを浮かべた心龍が、それ以上その話題に触れる事なく話を進めていく。
「そして現在。夢喰いはこの地に呼び起された。私の造り出したネメシスの石は壊れただろう。
最早それは唯の‘宝石’。夢喰いを封じる力など、残されておらん」
「…じゃあ、どうするんですか」
問い掛ければ、心龍は薄ら笑みを浮かべたまま言葉をつづけた。
「何、簡単な事だ。――新しい心具を造れば良い」
…心具。恐らくそれがネメシスの石の本当の名前なのだろう。
「さて、私から夢喰いを封じる提案だ。
私が生み出す新たな心具を使って、主等7人が夢喰いを封じれば良い。
其方には管理者や王族も居れば神官の血を持つ者も居る。封印は容易い事だろう。
――但し、それ相応のリスクを背負ってもらう」
…リスク、か。それ位覚悟はしていた。背負うリスクはきっと重いものだ。
それでも、それしか方法が無いのなら。そのリスクを背負うしかない。

「――そのリスク、って?」

問い掛ければ、心龍は眼を開いて答えた。



「心具は私の命を削って造り出される者だ。
お前達も、封印には命を掛けて貰う」

「――どういう事?」



「夢喰いの封印には主等7人の命を使う事に成る」


それは、冷淡に告げられた言葉だった。










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