とりあえずリネを起こして次の目的地を伝えた。グローバルグレイス。…リネの本当の故郷の場所。
彼女は頼りなく頷いて、またベッドに潜ってしまう。傍に居て頭を撫でてやったが彼女が顔を上げる事は無い。
…気疲れしているだろうから、これ以上考えさせても辛いだろうし特に何も言わなかった。


*NO,66...深海の森の中*


――翌日。
部屋をなかなか出たがらないリネを無理矢理引きつれ部屋を出る。…流石に宿屋にリネ一人を置いて行くのは可哀想だし、彼女もきっと行く必要
がある場所だと思うから無理にでも連れ出した。
そんな訳で朝からリネの機嫌は不機嫌である。砂漠の反対側の出口から街を出て、レインの案内でアイティの丘へと向かったが相変わらずリネは
無言だった。セルシアとの距離は相変わらず遠い。謝りたいとは言っていたが…まだその勇気が無いのだろう。決心が着いたらきっと謝りに行く筈
だから今はそっとしておいた。
因みにセルシアは先頭で道案内をしているレインとロアの隣を歩いている。
何だかんだ言ってもレインとセルシアは結構仲良いよな。割と一緒に居る事が多いし。

そんな事を思いつつリネと後ろの方を歩いていると、―――彼女が急に足を止めた。
「リネ?」
イヴの声に気付いたマロンとアシュリーが、足を止める。釣られて先頭の3人も足を止めた。
「どーした?」
レインが陽気な声を掛けてくる。顔を上げて小首を傾げた。自分だって分からない。唯リネが足を止めた。…何かあったのか?
彼女の言葉を待っていると――リネがぽつりと呟く。


「今、何か引っ掻く音が聞こえた」
リネはそう言って顔を上げ辺りを見回した。…引っ掻く音?
自分達も辺りを見回し、彼女の言う‘音’の震源地を探す。――だが何も聞こえなかった。リネの空耳…か?
いや、でも彼女は結構判断力あるし自分達に比べて結構耳が良い。聞き間違えじゃないとするなら…どこかに敵が居る筈だ。多分モンスター。
同じく耳の良いアシュリーの方を見た。彼女がもし聞こえたのならリネの言ってる事は多分正しい。
「聞こえた?」
問い掛けると――アシュリーも無表情に頷く。
…2人が聞こえたなら、絶対何か居んだ。改めて周りを見回したがやっぱり自分達には何も聞こえなかった。
聞こえてるのはリネとアシュリーだけか?ロア達の方を見たが3人も聞こえない様だ。小首を傾げ、ぐるりと周りを見回している。

そんな中、アシュリーとリネが同時に体を痙攣させる。…また何か聞こえたのか?
彼女達は咄嗟に同じ方向を見た――北側。ロア達の居る方向だ。
「そっちから、何か来る!!」
アシュリーが注意したとほぼ同時…聞こえた!!地面を引っ掻く様な嫌な音が――北の方から。
3人が振り返りつつ左右に避けた。ほぼ同時、上から‘何か’が振ってくる。


――やっぱりモンスターだ。それはライオンの体に鋭い羽の生えた、何時か戦ったグリフォンに似たモンスターだった。
…て事はこれももしかして。そう思い敵の体をじっくり観察してみる。…きっと有る筈だ。‘BLACK SHINE’のシンボルマークが、何処かに。
「何処まで妨害して来るんだよ…あいつ等」
苦笑気味に呟いたロアが双剣を引き抜く。うん、それはあたしも思った。
彼と同じく苦笑しながら剣を引き抜いた。他の仲間も少しずつ戦闘の準備を始める。
ロアと軽く目で合図して、モンスターに切り掛かろうと一歩踏み出した。その時。



「――待て」

聴いた事の無い程低く落ち着いた声が聞こえた。
思わずロアと目を合わせて呆然としてしまう。声が聞こえた方向は――まさしく目の前に居るモンスターの方だった。
もしかしてこのモンスター、人語を話すのか?!
躊躇っているとライオンの様な体を揺らして獣が此方を見た。鋭い牙を持った口が動く。

「お前達には、警告をしに来たのだ」

――やっぱり。このモンスターは人語を喋るんだ!!
思わず全員で呆然としてしまった。ウルフドール族は確かに人語を喋るけど…それ以外の獣の種族が言葉を話すのは始めてみた。

「…警告?」

眉間に皺を寄せて尋ねる。…今このモンスターは確かに‘警告’と言った。どういう意味だ?争う為に来た訳じゃない??
その時揺れる百獣の獅子の後ろ足にBLACK SHINEのシンボルマークを見つけた。やっぱりこのライオン、BLACK SHINEの手先だった。けれど、警
告ってどういう意味だ?BLACK SHINEの手先なら尚更自分達と争いに来たんだと思ったのに。
獅子は背中に生えた羽を風に揺らしながらゆっくりと言葉を向ける。

「――グローバルグレイスには、近付くな。
そうすればお前達に危害は加えん。大人しく此処を去れ」

……成る程。そういう意味か。
どうやらヘレンが言ってた事は満更でも無さそうだ。グローバルグレイスに、きっとBLACK SHINEの幹部である3人が居る。


「それはどういう意味だ?――グローバルグレイスに、幹部が居るって事か?」
ロアの問いに――獅子が彼に向けて吠えた。
「貴様等の知る事では無い!さあ、早く此処を立ち去れ!!」

強風が吹き荒れる。――獅子が翼を揺らしたのだ。
どうやらこのライオン、自分達を此処から先に通す訳には行かないらしい。グローバルグレイスに近付くな。か…。
やっぱりグローバルグレイスにはまだ何か秘密が隠されているのだ。掘り返してはいけない大切な秘密が。
…となると、此処を引き下がる訳には行かない。わざわざ警告してくれたこのライオンには悪いけど、力付くでもこの先を突破する。
そう思い改めて一歩を踏み出そうとした時―――。


「じゃあ引き返そーぜ。イヴっちー」

何てまあお気楽な。レインがそう言って踵を帰しさっさと帰宅を始めてしまった。…ちょっとあんた、それ幾らなんでもあっさりし過ぎじゃ?!
直ぐにレインを追いかけ、彼の腕を掴む。
声を掛けようとしたら――逆に声を掛けられた。

「裏道を知ってる。其処から行った方が絶対速いだろ。そっちから行こうぜ。あのライオンさんは通してくれそうにないし?」

それは自分に聞こえるか聞こえないかのギリギリの声。…そうか、裏道を使えば良いのか。レインの奴なかなか冴えてる。
確かにあのライオンは唯じゃ通らせてくれなさそうだし、戦闘して無駄に体力を浪費するよりは多少遠回りでも裏道を使った方が良い。やっとレイン
の意図が分かった。剣を閉まって彼の隣を歩く。
暫く呆然としていた他5人も、慌てて追いかけてきた。
唯状況を理解してないので何で逃げたの?!とかそういう声が微かに聞こえてくる。…多分怒ってるのはリネだな。


獅子の姿が見えない場所まで降りてきてからリネ達に事情を説明した。
「レインが別の道知ってるんだって。そっちから行った方が良いでしょ」
「…裏道って事?」
マロンの問いに大きく頷く。
その言葉にやっと納得した5人が武器を納めその場を歩き出した。
一度アイティの丘を下りて、直ぐ隣に合った街道の様な物をレインが指差す。

「道が整備されてんのは途中までだからかなり荒い道のりになるけど、グローバルグレイスまでは一応繋がってるぜ」

…何か、かなり疲れそうな道のりだな。
苦笑しつつレインの隣を歩き出した。因みにリネはアシュリーとマロンと一緒に居る。流石にそろそろ気持ちも落ち着いてきたのか、表情は普段通
りだ。凛とした顔。…唯まだセルシアには謝ってない。セルシアもロアと一緒に歩いているが何処か彼女と距離を置いている。
本気であの2人仲直り出来るのか?どんどん溝が深まってる気がするんだけど…。
何か出来る事はしてあげたいと思ったものの、いざ協力しようと思うと何が出来るかわからない。
彼女が謝るかどうかは彼女自身の問題だし、自分達が口出しできる事じゃない…。やっぱり大人しく2人を見守るしかないんだろうか。
そう思いつつ街道を歩き続ける。
…レインの言う通り、最初の5分程度は整備された道を歩き続けていたがいつの間にかごつごつとした岩の道を歩いていた。
この辺は完璧に道が整備されていない。所々岩雪崩の後が合ったり道が異常に凸凹していたりする。少しでも足を踏み外したりしたら挫いたりし
そうだ。注意して歩かないと。
「こんな道何時まで歩けば良いのよ…!」
所々にある凹部分に気を付けて道を歩き続ける。先頭を陽気に歩くレインが小首を傾げつつ答えた。
「わかんね!」
「…その位しっかり調べとけ!このアホ!!」
殴りたいが手が届く場所にレインが居ない。それにこんな場所で足を挫きたくないので仕方なく殴るのは止めておいた。
後ろを振り返ると、マロン達も歩くのに苦戦してるみたいでお互いに手をつないで岩から岩を飛び乗って歩いている。…本当、無茶苦茶な道を歩か
せるわね。コイツ。
やがて歩き進める内に川まで辿り着いた。
流れは急流だが水の中には所々岩が埋まっている。…まさかこれを使って向こう岸まで行けとか言うんじゃないでしょうね?!
だが案の定感は当たってしまい、レインは川の中に浮かんだ岩を飛び乗って向こう岸に渡り始めた。何でこんな忍者の修行みたいな道通らなきゃ
いけないのよ!!苛立ちながら慎重に岩から岩へと飛び乗る。
「滑りやすいから気をつけてねー」
いつの間にか向こう岸まで辿り着いたレインが手を振りながら笑った…マジでむかつく。アイツ。
追いついたら一発殴ってやろうと最後の岩に飛び乗った瞬間――足が滑った。
「っ――!!」
偶々近くに合った木の枝にしがみ付く。…危なかった。
「イヴ?!」
「大丈夫――??」
後ろを歩いてたアシュリーとマロンから心配の声が聞こえた。
「平気!…多分ね」
苦笑しつつレインの居る場所まで無事に辿り着く。
辿り着いて一息吐いてからレインを思い切り殴った。
「いってー!!何すんのイヴっち!!」
「変な道歩かせんじゃないわよ!!!」
レインを殴り続けるうちに、セルシアとロアも無事に此方の岸まで辿り着いたらしく最後の岩を飛び降りた。
…此処からはまた道が整備されている。どうやらグローバルグレイスは近いみたいだ。遠くに廃墟となった街がぼんやりと見えた。
「もう此処からは道が整備されてるからへーきへーき」
そう言ってレインが改めて歩き出そうとした――その時。
今渡って来た向こうの岸辺から、大きな羽音が聞こえた。…凄く嫌な予感がする。うん。
振り返り、向こう岸を確認する。
――あんまり想像したくないけど、やっぱり予感は的中していた。

「近付くなと言った筈だが――忠告を聞かなかった様だな」

其処には先程までアイティの丘で道を塞いでいた獅子の姿が合った。しかも後ろには援軍なのか何なのか分からないが狼やグリフォンが沢山居
る。…何れもBLACK SHINEの手先で間違いないだろう。嵌められた首輪にBLACK SHINEのマークが見えた。
「…どうする?イヴっち。見つかっちゃったけど」
「……もうちょっと慎重に行動するべきだったわね。流石に反省するわ」
レインの問いに、答えになってない答えを返す。…どうしような。数だと絶対に向こうが多い。力量はこっちが上だと信じたいが、持久戦に持ち込ま
れたら確実にこっちが死ぬ。幸い向こうはまだ川を挟んだ向こうの岸に居るから、逃げようと思えば逃げれるかもしれないが…。
逃げ切れるのか?何せあの言葉を喋る獅子には羽という物が付いているのだ。それに後ろで威嚇しているグリフォンにも羽が有る。
…あんまり逃げ切れる自信は無い。
じゃあ戦うしかない?けれどこんな数を一気に相手したら死ぬのは確実に自分達だ。やっぱり此処は上手く逃げ切るしかない。
グローバルグレイスは目の前なのに!!

「どうするんだ?イヴ」
ロアが声を掛けてきた。…何で皆してあたしに頼るのよ。ああもう!!
溜息を吐いて、逆に問い掛ける。

「あんな数を相手にして、勝てると思う?」
「いや。1%も思わない」
ロアの言葉にマロンとアシュリーが大きく頷き、釣られてセルシアが頷く。4人が頷いてからリネが何かを考えながらも頷いた。
「まあ完璧こっちが不利だしねぇ」
レインも声を上げつつ賛成する。…やっぱり流石に誰もこの状況で向こうに勝てるとは思ってないみたいだ。
決断は早くしないと。向こうは今にも此方に飛び掛って来そうだ。

「リネとマロン、アシュリー。向こうに向けてなるべく規模の大きな術を放てる?」
「…まあ有るは有るわよ」
「分かった」
「…うん」
3人が大きく頷いた。それから小さく詠唱を始める。規模の大きい技を頼んだから多分上級魔術系を詠唱しているんだろう。何にせよ彼女達が詠唱
を終わるまでは此処を動けない。
「セルシアは前に砂漠で使ってくれた氷系の術が有るわよね。あれで向こう岸とこっちの岸の間に大きな壁みたいなのって作れない?」
「……やった事ないけど、多分出来ると思う。やってみる」
頷いたセルシアもまた一歩引き下がり詠唱を始めた。とにかく道を封鎖し、向こうを少しでも足止めしないと。

「つまり、逃げるって事で良いんだな?」
ロアの言葉に彼の方を向いて大きく頷く。
「勝てると思わないでしょ?」
逆に問い掛けると彼とレインが大きく頷いた。さて、問題は彼等2人だ。術系が使えない2人には何をしてもらおうか。
色々考えて一番最善っぽいアイディアを提案した。
「2人はマロン達が術を放ったら先頭を走って。もし敵が追いついてきた様ならロアが銃で応戦。足止め出来ればそれで良いから。
レインも結構銃とか得意な方でしょ?5つだけ魔弾球貸すから、頃合見計らって投げて」
「りょーかい」
「分かった」
頷いた2人の内、レインに魔弾球を5つ渡した。残りの弾は3つ。その3つはとりあえず自分で持っておこう。

「最悪全員ばらばらになって逃げるわよ。で、向こうが引いたらグローバルグレイスの入り口で落ち合う。それで良い?」

6人に問い掛けると彼等はそれぞれ頷いた。…よし。とりあえず準備は出来た。後は上手く逃げれるかだけだ。


「…もし本当にはぐれても直ぐにグローバルグレイスには行かないで、何処かに身を潜めて。
多分向こうはグローバルグレイスで待ち伏せしてくる筈だから」

「OK。じゃあ俺達は森の中のどっかを目指して走れば言い訳ね?」

レインの問いに頷く。
とりあえず向こうは自分達を見失ったらグローバルグレイスを見張ってくる筈だ。どの道それが引かないと中には入れない訳だから、それまでは隠
れきるしかない。…不安が結構有るけどこれが多分最善なんだ。
詠唱していた4人の声が止まった。…完成したか?
4人それぞれの顔を覗きこむと、4人共小さく頷く。じゃあ、そろそろ始めますか。かなり心配だけど。
向こうももう待ってはくれなさそうだ。じりじりと此方に近付いてきているのが分かる。

「何が何でも逃げ切るわよ!!」

叫んで、4人に合図を出した。

「――explosion」
「ドライトブレス――!!」
「――リセンディリム!」
「――アイスグラフィア!!」

アシュリーから始まって、リネとマロンが術を重ねる。向こう岸に仕掛けた先制攻撃にモンスターの殆どが驚き、そして攻撃を受けた。
加えてセルシアの放った術が川の中心に大きく厚い氷の壁を造り出す。
それを確認したレインとロアが直ぐに走り出した。それを追いかけ踵を帰した4人も走り出す。6人が逃げ出したのを確認してからイヴも直ぐに走り
出した。――とりあえずなるべく遠く、そして見つかりにくい場所へ!

勿論向こうだって黙ってみている訳じゃない。3人の術とセルシアの造りだした氷の壁で、羽の無いモンスターは完全に足止め出来たみたいだが
グリフォンやあの羽の生えた獅子が此方を追いかけ羽翼を羽ばたかせる。
「どうする?分かれるか?!」
成るべく上から見つからない様、木の多い茂った場所を走りながらレインが問い掛けてきた。
「追い付いて来るのが速い!!分かれた方が良いかも!!!」
予想を遥かに超えた速さだ。後ろから既に羽音が微かに聞こえてくる。
それを聴いたレインが近くに居たマロンを引っ張って別の方向に反れた。とりあえず1人より2人で行動した方が心強いもんな。
マロンとリネだけは1人きりにさせたくない。2人は後衛型だからもし敵に見つかったら対抗できない可能性が高いからだ。
マロンの方はレインが連れ出してくれたから平気だろうけど…リネがどっか行く前に捕まえて道を反れるか。そう思い彼女の方を見ると――既にリ
ネが居なかった。あれ…もしかしてもう何処かに行った?!
辺りを見回すと、セルシアの姿も無い。…もしかしてセルシアがリネを連れ出したのか?それってかなりチャレンジャーだぞ、セルシア。まだ喧嘩し
てるリネを連れ出すなんて…。……それでも2人が一緒の場所に居てくれる事を信じるしかない。リネが一人だと余りにも心配だ。

「イヴ!!」
ロアに声を掛けられて気付く。直ぐ後ろまで羽音が聞こえてきていた。
振り返り、魔弾球を投げつける。後ろに居たグリフォンが怯んで足を止めた。
その隙に適当に道を反れたが――ロアとアシュリーとは逸れてしまった。
…まあ仕方無い。このまま一人で逃げ切るしかないか。今更2人を追いかけても追いつける気がしないし。
仕方なく深い森の中を一人で走り続けた―――。










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