――逃げ切った先は別の滝の裏にある小さな洞窟だった。遠くで羽音は聞こえるが、見つかる気配は無い。 「…とりあえず暫く此処で隠れるしか無いかもね」 横で深呼吸しているマロンに声を掛けると、彼女が小さく頷いた。 *NO,67...星詠みの祈り* 自分達はどうにか見つかり難そうな場所に隠れる事が出来たが…他の5人は大丈夫だろうか。 心配なのはリネだ。後衛だから前衛の誰かと一緒に居れば良いのだが。 そう思い自分は後衛型でどっちかというとリネより心配なマロンの方を連れ出したのだが…。 「…疲れた?」 「ちょっとだけ…」 マロンに声を掛けると彼女は苦笑して頷く。 そんな中、一度だけ近くから羽音が聞こえた。思わずお互い目を合わせて息を呑む。 ――滝の向こうに、グリフォンの姿が見えた。 …イヴから貰った魔弾球が、まだ4つ残っている。いざとなったらコレを使ってもう一度逃げ直すしかない。 そう思い立ち上がる準備をしていたがその内グリフォンは此方に気付く事無く去っていった。 ……やがて羽音が完全に消えた。 この辺りに居ないと判断したのだろうか。洞窟を出て少しだけ周りを見たが、何処にもグリフォンの姿は無かった。 「どっか行ったみたいだぜ」 安堵の顔を浮かべる彼女の傍に座って、一息吐く。 とりあえずモンスターは上手く撒いたが…暫くは此処で休憩してから除々にグローバルグレイスに近付いた方が良いだろう。正直、相当走ったの で疲れた。 「皆大丈夫でしょうか…」 マロンがぽつりと呟くのが聞こえる。 「まあイヴっちとロアは平気でしょ。殺しても死にそうにないし?」 「あはは…うん。そうかも」 軽く笑った彼女が、意外にもあっさり肯定した。あ、そこ肯定しちゃうのね。自分の言った言葉にも関わらず苦笑して頷いてしまう。 「アシュリーちゃんも平気だと思うよ。ウルフドール族だから逃げるのは速いと思うし」 「あ、そっか。そうだよね」 納得した顔で彼女はまた肯く。アシュリーとロア、イヴの3人はとりあえず心配ないだろう。 「セルシアも何だなんだ言って結構強いし、心配なのはリネっちかなー」 セルシアは中衛型だからもし見つかっても直ぐに応戦できる筈。となるとやっぱり心配なのはリネだ。一応ナイフを持っていたから前衛でも多少は いけるのだろうけど、慣れている様には見えない。どちらかというとあれは護身用?そんな感じだった。やっぱり彼女はマロンと一緒で後衛だ。一 人になってなければ良いのだが…。 「…リネ。大丈夫かなぁ……」 気を悟ったのかマロンがぽつりと呟く。 「大丈夫…だと思うよ?多分イヴっちが連れ出してくれたでしょ」 間違っても連れ出した役がセルシアじゃない事を祈る。セルシアとリネの2人きりにさせたら、それこそリネが暴走しかねない。 こんな状況で喧嘩何かして見つかったりしたらそれこそ笑い事じゃ済まされない筈だ。最悪の展開になってないと良いのだが……。 「…あ」 隣に居たマロンが突然声を上げた。と思ったら、いきなり腕を掴まれる。 「え。ちょマロンちゃん??」 「レイン。腕怪我してる」 彼女がそう言って二の腕辺りを指摘した。――自分でも見てみると何処かで擦り剥いたか何したのか、二の腕に傷が出来ている。 マロンはそこに手をあて光を翳した。…回復術だ。回復術師は本当に凄いと思う。術自体覚えるのが困難だし、傷を癒す事自体凄い。 「はい。これでもう大丈夫」 そう言ってマロンが微笑んだ頃。既に傷は癒えていた。 「…回復術師ってホントこういう所すげえよなー…」 「そうかな?私は前衛の人の方が凄いって思うけど…」 マロンはそう言ってにっこりと笑う。 とりあえず彼女に軽くお礼を言って、それから今後の事を考えた。…後もう少し此処に居て、日が落ちたら行動しよう。 誰かと合流するのが目標。グローバルグレイス付近まで近付いたら、誰か見つかるんじゃないだろうか。 日が落ちた頃ならグリフォン達に見つかる可能性も低くなるし、とにかくそうしよう。今はとりあえず休憩だ。そう思い軽く伸びをした。 「これからどうするの?」 「とりあえず日が落ちるまで休憩しようぜ。日が落ちたらグローバルグレイスまで近付く。多分誰か見つかるだろ」 「あ。そうだね。分かった」 これからの事を話すと彼女も大きく肯き、洞窟の壁に凭れ掛かる。 同じように壁に凭れかかって、日が落ちるのを待つ事にした―――。 * * * 「…はぐれた、な」 「……はぐれたわよね」 深い森の中を歩きながら、ロアの言葉にアシュリーが無表情に答えた。 イヴが魔段球を敵に投げた所までは見ていた。だが彼女はそのまま此方に気付かず別方向に走ってしまったのだ。まあイヴなら一人でも平気な 気もしない事も無いが、念の為遠回りして彼女が走った方向に戻って、現在は彼女を探している。 時々羽音が聞こえ、その度に辺りを見回して構えるのだが特にグリフォンの姿は見当たらなかった。 幸い今までグリフォンやあの獅子には見つかっていない。今のところだが。 「…イヴなら大丈夫だと思うけれど……」 「…俺もそう思うけどな。まあ念の為だ。念の為」 万が一足を挫いたとか合っても困るし、探しているうちに誰かと出会えたらラッキーだ。 森の遠くにはグローバルグレイスが微かに見える。イヴが言った通りその付近にはグリフォンの影が大量に見えた。やはり入り口を見張っているよ うだ。まだ当分は近付かない方が良いだろう。 「…疲れたか?」 途中からペースの落ちてきたアシュリーが心配になって声を掛けた。 「大丈夫」 彼女は済ました顔でそう答えるが、直ぐにまた歩くペースが遅くなる。…本当に平気か?? 「…ちょっと休憩するか」 何時までも連れ回しても可哀想なのでとりあえず何処か休める場所を探した。 「……別に、平気だけど」 「いや。絶対平気じゃないだろ」 少し歩き回る内、木の覆い茂った場所を見つけた。此処なら上空から見られてもばれない筈だ。 其処に座って、アシュリーも無理に座らせる。少しだけ溜息を吐いた彼女がその場に腰を下ろした。 「…これからどうするの?」 「少し休憩してからまた誰かを探す、かな。とりあえずイヴとリネは見つけないと」 イヴは1人で居る筈だから早く探さないといけないし、リネは気がついたらセルシアと居なくなっていた。て事はセルシアがリネを連れ出した可能性 が高い。あの2人を一緒にしておくのは余りも危ない気がするので早く見つけないと。 「…そうね」 肯いた彼女が近くの木に凭れかかる。 「ま。とりあえず今は休憩しておこうぜ。グリフォン達がもう少し静まったら行動しよう」 ロアの言葉に彼女は少しだけ頷いた。 それから夕日に染まり始めた空を見上げる。…知らない間に大分時間が過ぎていた様だ。もう少ししたら完全に暗くなるだろう。 恐らくグリフォン達も夜になれば諦めて帰ってくれる筈だ。というかそうだと信じたい。 既に傍で羽音は聞こえない。遠くで微かに聞こえる程度だ。羽音に注意をしつつも気を休める為軽く目を閉じた。 * * * 羽音が聞こえなくなってから漸く足を止める。…大分走ったようだ。目と鼻の先が森の出口。そしてその先にはグローバルグレイスが見える。 そのグローバルグレイスの先にはグリフォンが大量に飛び回っていた。流石にまだ近付く訳には行かないだろう。 とにかく近くの茂みに隠れるように腰を下ろす。…やっと一息吐けた。 軽く伸びをして、辺りを見回した。流石に誰も居ない。 多分レインとマロンは大丈夫だ。真っ先に行動したし、あっちの方向にグリフォンは余り行ってなかった。きっと逃げ切れたと思う。 ロアもアシュリーと一緒だと思うからいざとなっても平気だと思うけど…セルシアとリネが心配だ。というか第一に、2人は一緒に行動しているの か?もしかして2人共別々に行動しているとか。無いわよね。確かに今2人は喧嘩中だけれど、どっちかって言うと2人で居た方が良いに決まって いる。リネは後衛型だから守る人が居ないと無防備になってしまうし、彼女が一番この中で最年少なのだ。 とりあえず一度戻って、リネとセルシアを探す事から始めるか…。立ち上がった直ぐ近くで羽音が聞こえて、思わず再び身を屈める。 …まだ回りをグリフォンがうろついていた。…これは、当分行動は無理そうだな。 幸いまだ誰も見つかっていないらしく、グリフォンにも焦りが見えている。良かった。誰も見つかってないんだ。 けどこのままでは幾らなんでもまずい。最悪全員探し回って一旦退避だ。BLACK SHINEを逃すのは惜しいけれど、今最優先すべきなのはクライス テリア・ミツルギ神殿の緑のネメシスに決まっている。とりあえずこれ以上向こうにネメシスの石を渡すわけには行かないのだ。 とりあえず向こうが持っているネメシスは自分が所持していたペンダント―白のネメシス―と、リトが持っているという赤のネメシスの2つ。 対して自分達が持っているのはネオンから借りた指輪―青のネメシス―とヘレンが何故か持っていたセルシアの腕輪―黒のネメシス―の2つ。 …というか。ヘレンは味方なのか? 今の段階だと色々アドバイスして貰ってるし、味方という事に変わりは無いんだろうけれど…行動が余りにも不振すぎる。 流石にあんな子がBLACK SHINEの手先とは考え難いけど…怪しい存在である事だけは確かだ。あんまり信じ過ぎると落とし穴に嵌まる気がす る。注意はしておいた方が良いかも知れない。 そんな事を思っていると、羽音が漸く消え去った。ゆっくり立ち上がるとグリフォンの姿が無くなっている。 ……何とかやり過ごしたみたいだ。辺りを見回し、その場を立ち上がった。 とりあえず此処に居ると危険だ。グローバルグレイスに近い所からしてもう危険地帯である。 走り出そうとして――後ろから大きな羽音が聞こえた。…あんまり聞きたくなかった音だ。 「…此処に居たか」 「……ちょっと、執念にも程があるんじゃない?追い掛け回すとか最低だと思うんだけど」 振り返り、剣の柄に手を掛ける。…やっぱり予想通りの姿が合った。 目の前には大きな翼を羽ばたかせる獅子の姿が在る。その瞳は前以上に鋭く光っていた。…流石に此処で交戦するのは拙い。グローバルグレイ ス付近をうろついているグリフォン達に見つかったら本気で洒落にならない。 どうする。逃げ切れるか??相手は空を飛べる敵だぞ?? 一瞬躊躇ったが魔弾球に手を掛けた。残ってるのは2発。…レインに渡すのは4発にして置けば良かった。2発じゃ余りにも少なすぎる。 それでも此処で交戦する訳には行かないから逃げるしかないんだけど。 というか、それしか無いから悩んでる場合じゃない。とりあえず他の仲間が来る前に逃げる。それだけだ。逃げれる所まで逃げ切ろう。誰かに出会 えればラッキーだし、振り切れればもっとラッキーだ。 向こうが前足を一歩出したと同時、魔弾球を向こうに思い切り投げつける。それから思い切り地面を蹴って走り出した――――。 * * * 「…此処までくれば、多分平気」 そう言って腕を引っ張って此処まで連れて来た彼が笑った。…思わず顔を背けてしまう。 気付いたらセルシアに腕を傅かれ、此処まで走らされていた。付近にグリフォンやあの獅子の姿は見当たらない。逃げる事には上手く成功したみ たいだけれど、他の5人とは完璧に逸れてしまった。 …流石に気まずいから、早く誰かと合流したいんだけど……。そう思いつつその辺を適当に歩き出す。セルシアが慌てて追い掛けて来た。 とりあえずグリフォンに注意しながら森の中を進まないと。そう思い歩き続けると、セルシアが声を掛けてくる。 「…疲れた?平気??」 「……」 …微かに肯く程度しか出来なかった。これでも精一杯の感情表現だ。 セルシアに謝らないといけないのは分かってる。けれど言葉がなかなか出てこない。…結局あたしは怖いんだ。セルシアに拒絶される事を恐れて る。このまま何も言わずに居た方が拒絶される確立は高いのに、それでもまるで喉が枯れてしまったかの様に声が出なかった。 ずっと俯いて森の中を歩き続ける。ねえ、どうやって謝ったらあんたは許してくれる??あたしはどうやってセルシアに謝れば良い?? 謝りたい気持ちは確かにあるけれど、言葉が分からなかった。だから結局は無言になってしまう。セルシアはまだあたしが怒っていると思っている んだろうか。…本当は初めから怒ってなんか無い。セルシアの事許したくて許したくて仕方なかった。だから彼の事が許せない自分が本気で憎か った。セルシアはこんなにもあたしの為に色々としてくれているの、に。 彼は無言で自分のコートを脱ぐと、何も言わずに肩に羽織らせてくる。 「結構冷えるから…嫌かもしれないけど着とけ」 「……」 …確かにこの辺は結構寒い。お礼を言おうとしたけれど、声がなかなか出なかった。彼が肩に掛けてくれたコートを強く握る。 テレパシーがあれば、楽なのに。直ぐにセルシアに謝る事が出来るのに。 そう思い少しだけセルシアの方を見上げると、彼も少しだけ肩を震わせていた。…本当にコート何て借りて良かったのか?セルシア自身も寒そうだ し、返した方が良いんじゃ…。そう思って肩から下ろそうとしたら、セルシアが此方を振り返る。 …思わず目を反らしてしまった。今は、その瞳を見るのが怖い。 「…別に遠慮しなくて良いよ。そのまま羽織ってて。…とにかく休める場所を探そう」 セルシアはそう言って、再びリネの手をひいて歩き出した。 …なんで其処までしてあたしに優しくしてくれるの?? あたしはあんたの事を力一杯、これ以上無い程否定したのに。最低な事だって沢山して来たのに……。 静かに涙が零れた。謝りたい。…出来るなら今此処で謝りたいよ。 足を止めたセルシアが泣いている事に気付いて、軽く涙を拭ってくれる。 「ごめんな」 そう言って彼は寂しそうに笑った。…何でセルシアが謝るんだ。セルシアは何も悪くないのに…。 それでも何も言えずに居ると、彼は歩き出しながら淡々と言葉を述べる。 「リネの言う通りだ。…9年前、リトじゃなくて俺が死んでいれば良かった」 「っ――!!」 思わず顔を上げてしまった。だがセルシアは此方を見ることなく、星の見えない淀んだ空を見上げている。 …やっぱりセルシアは気にしていたんだ。あたしが何度も【兄さんじゃなくてセルシアが死ねば良かった】って繰り返したのを。 謝らないと。その言葉を否定しないと。けれど声が声にならない。 そんな中であたしが何も言わないから、セルシアは更に自分を自嘲する。 「リーダーも俺が殺したみたいな物だった。…俺は結局誰かを傷つけてばっかりだ」 ――止めて。 「何で9年前のあの日、リトを見捨てたんだろう…。リトが逃げて、俺が死ねば良かったんだ」 ――…もう止めてよ。 「そうすれば、誰も傷つく事なんて無かったのに」 それ以上自分を否定しないで―――……。 そう言いたいのに、やっぱり上手く声にならない。唇を動かすのが精一杯だった。 だがそれがセルシアに更に追い討ちを掛けた。あたしが「死ね」と言ってる様に見えたのか、彼は更に暗い顔をして笑う。 「ごめんな。本当にごめん。 ……こんな事なら、最初から俺だけが罪を背負えば良かった」 最後にセルシアはそう言って、無言で握っていた手を離した。 それから辺りを見回して、此方を気にしながらもさっさと歩き出してしまう。 頬から雫が伝う。ねえセルシア。あたしそんな事が言いたかったんじゃないよ。あたしが言いたかったのは………。 何も言えない自分に腹を立てて、大粒の涙が零れた。 一番辛いのは、セルシアなのに。 無言で森の中を歩き続けると、やがて茂みの中から音がする。…モンスター…?? 思わず身構えたが、草むらから出て来たのは意外にもロアとアシュリーだった。 「セルシア!リネ!!」 「良かった…。2人共無事だったのね」 「俺達は平気。…2人も平気?」 セルシアも2人と出会った事に驚きつつも歓喜の声を上げる。けれどその瞳にはやっぱり微かに憂いが見えていた。 「リネは?平気なのか??」 「…平気……」 ロアに声を掛けられ、小さく返事を返す。 あたしってどうしてこうも駄目なんだろう。セルシアに結局謝れなかった。折角2人きりだったのに、謝れる機会なら幾らでも合ったのに。 その場に座り込んで、涙を零した。そんなあたしをアシュリーが軽く頭を撫でてくれる。 ロアとセルシアは何かを話したままだった。何を言ってるか、もう聞き取る事も困難だった。 彼女に身を預けて目を閉じようと思ったその時―――。 ――パァン!!! …遠くで、鮮明な音が聞こえた。何かが弾ける音。 思わず飛び上がって音のする方を確認した。 …火花みたいなのが遠くで散っている。かなり遠くだし一瞬だったから判断に困ったけど、もしかして今の……魔術か何かか?? 此処に居る4人以外で術が使えるのはマロンだけ。でもイヴとレインに魔弾球が在る。だから3人の内の誰なのかわからない。 けれどあの場所に誰かが居るのは明らかだ。今のは明らかに魔術の様な音だった。 そう判断したと同時、セルシアがその場を駆け出していた。 「リネの事宜しく!!直ぐ戻るから!!!」 彼はそう言って2人が止めるのも聞かずに音のした方に走っていってしまった。…結局コートは借りたままだ。何だか返し辛くて返せなかった。 セルシアの羽織っていたコートを抱き締める。…どうか何も有りません様に。 そう願うしかなかった。どうかこの思いだけは届いて―――。 BACK MAIN NEXT |