魔弾球を投げた瞬間から只管走り続けたのだが、目の前に居たグリフォンと遭遇してしまった。ああもう!
惜しみながら残り2発の内の1発を投げる。
けれどそれも無駄だったかもしれない。獅子は直ぐに追いついて来てしまった。ボスっぽかったし、やっぱり他と比べて動きは速いか…。
とりあえずグローバルグレイスからは離れられた。此処なら戦闘しても大丈夫かもしれない。
鞘に手を掛けた所で――。
「――イヴ!!」
呼び声が、聞こえた。



*NO,68...贖いの言葉*


「…ほう?自分から出て来たか」
両足を揃えて宙を飛ぶ獅子が、くつくつと喉を鳴らす。
振り返ると傍に居たグリフォンが倒れていた。倒れたグリフォンには戦輪の走った傷跡が在る。…間違いない。
「……セルシア」
駆けてきたのはやっぱりセルシアだった。何時も羽織っているコートを着ていないけれど、手には確かに彼の戦輪が握られている。
「…何で来たのよ。てか誰かと一緒じゃなかったの?」
「リネと一緒だったけど、ロアとアシュリーに預けてきた。3人の無事は確認したから大丈夫。けどレインとマロンの姿を見てない」
「……成る程ね」
多分魔弾球の火花を見てこっちまで駆け付けてくれたのだろう。やっぱりリネとセルシアは一緒に居たのか。とりあえずリネとロア、アシュリーの安
全は確認出来たから安心した。じゃあレインとマロンも大丈夫だろう。多分だけど。

「……お前達、ネメシスの所有者か」
そんな中、一人気高く空を飛ぶ獅子が呟いた。
「へえ?そんな事まで知ってるの??」
「これでもノエル様の直属の部下でな」
…て事は相当強いんじゃないのか?一気に不安になって来た。セルシアが居るからまだ不安は半減したけど、直属の部下って事は絶対強いに決
まっている。人語を喋るのも彼女の部下だからこそなのだろう。これ…勝ち目在るのか?
彼と顔を見合わせる。…流石に逃げる事は無理だろうな。なら戦って勝つしかないけど…。
そうこう考えている合間に獅子が身を翻し此方に襲い掛かって来た。方向からして狙いはセルシアだ。
空を舞う獣のセルシアが勢い良く戦輪を投げ付けるが、素早い故に当たらない。
残り2発しかない魔弾球を獅子に向かって投げたがそれも空発に終わってしまった。…相当素早い。
「セルシア。向こうの動きを封じれるわよね?」
「…少しだけならな」
肯いた彼が後ろに下がり小さく詠唱を始める。ブラックチェインを使えるのがセルシアだけだから、とりあえず傍にセルシアが居て良かったと思っ
た。唯回復役が居ないのは正直辛い。傷を追ったら最後だ。しかも自分達はマロンの居場所を知らない。
詠唱の邪魔をしようとする獣の攻撃を何とか防ぎながらとにかく戦略を考えた。2人だけで勝てる見込みが無いから、今回も逃げる作戦で行こうと
思う。一撃でも食らわせたら逃げる。とにかくそうするしかない。

「血塗られた悪魔が笑う、狂気の茨姫(アラトスク)――ブラックチェイン!!」

詠唱を完成させたセルシアが獣に向かい黒の鎖を放った。放たれた鎖が獅子の前足を掴み、地面に引き戻す。
其処に剣を振り下ろし獅子に攻撃を加えた。だが剣を振り下ろす前に鎖を食い破った獣が逆に此方に牙を向ける。…間一髪で避けたが、今のは
避けないと絶対に死んでた。怖っ…。
冷や汗が流れる。…向こうは今まで戦った魔物の中じゃあ格別に強い。やっぱりノエルの直属の部下って事はあって相当の強さだった。
セルシアも此処までずっと走ってきたのか大分息が上がってる。…本当に拙い。どうしよう。
「警告を破った主等が悪い」
喉を鳴らした百獣の獅子が此方に再び近付いてくる。…また空中戦に持ち込まれるか?それとも近距離戦になるのか??何にせよ自分達が不
利なのは目に見えている事だ。ピンチの切り抜け方が分からない。どうしよう。
一歩近付かれる度に一歩退避していると、その内獅子が勢い良く飛び掛ってきた。
「イヴ!!」
咄嗟にセルシアが戦輪を投げてくれたお蔭で攻撃は当たらなかったが、1人なら確実に死んでた。
ますます緊張が走る。…せめてもう1人位。誰か居れば……!!
そう思った瞬間。後ろから走る音が聞こえてくる。…誰だ?敵か??
思わずセルシアと同時に後ろを振り返ってしまった。

「…揃いも揃って馬鹿な奴等だ」
獅子がまた不気味に喉を鳴らす。遠くの茂みから、セルシアを追い掛けて来たのであろうロアとアシュリー、リネの姿が見えた。
「イヴ!セルシア!!」
3人は此方まで近付いてきて直ぐに戦う準備をする。
…そりゃ1人位戦力欲しいとは思ったけど、何でこんな3人も一気に来たのよ。思わず溜息が漏れた。
5対1なら、流石にこっちが有利になるんじゃないだろうか。そう思い再び剣を持ち直したが、獅子が喉を鳴らして急に気高く吠え始める。
その周りに、ぞろぞろとグリフォンが集まり出した。…あー。うん。忘れてた。そういえばグリフォンも大量に居ましたっけ?

「死んでも知らないわよ?」

出て来た3人に呆れ顔で声を掛けるとアシュリーとリネの代わりにロアが苦笑して肯いた。
とりあえず、3人位は獅子討伐で2人が回りのグリフォン討伐。人数割り振りはそうした方が良いだろう。

「ロアとアシュリーで周りのグリフォン退治して。あたしとセルシアとリネで獅子を倒す」
「…了解」
「分かった」
肯いたロアとアシュリーが、直ぐに周りに集まったグリフォンの討伐を始める。
そんな中リネが傍に寄ってきた。肩にはセルシアのコートを羽織っている。
…ああ。セルシアがコートを着ていないのはこれが理由だったのか。リネに無理言って貸したんだろうな。
「リネは獅子の討伐中心。それで、時々ロアとアシュリーのサポートして」
「…分かった」
肯いた彼女が直ぐに詠唱を始める。セルシアを目を見合わせ、再び獅子に斬り掛かった。
あらゆる状況に万能に対応してくれるレインや軸である回復役のマロンが居ないのは正直かなり厳しいけれど、如何にかするしかない。
それに戦っている内に此方に気付いて来てくれるかもしれないし…ていうかそれを信じるしか無いんだけど。
セルシアの投げた戦輪が回りのグリフォンをなぎ倒しながらも獅子へ目掛けて弧を描く。チャクラムの攻撃はかわされたが攻撃を避ける為に獅子
が地面まで降り立った。その隙に後ろから剣を振り下ろす。
…駄目だ。手ごたえが無い。剣の切っ先が空を切る音だけが聞こえた。直ぐ後ろに気配を感じて咄嗟に前に体を投げ出す。その判断は吉だった。
いつの間にか移動していた獅子が先程まで自分の居た場所に炎を吐いていた。
「振り上げよ、聖光なる炎――。ファイヤーボルト!!」
そこに詠唱を完成させたリネが、獅子に向け火の粉を打ち込む。だが獣はそれを軽々とかわして彼女の方に反撃した。傍に居たロアが偶々リネを
連れてその場を避けたのが幸いだ。
…にしても。ロアとアシュリーが先程からずっとグリフォンを退治してくれていると言うのに一行に数が減らない。寧ろ増えている気がする。…一体
何匹居るんだ?!
舌打ちをしたと同時、ロアが此方に向けて叫んだ。
「イヴ!!」
――咄嗟にセルシアの居る方に体を投げる。…その直ぐ後に獅子が前爪で先程自分の居た場所を攻撃していた。本当に少しでも気を抜いたら死
ぬな。これは。

「…逃げるか?」
「……その方が良いでしょうね」
傍に居たセルシアの問いに大きく頷く。このまま戦っていたってどうせグリフォンの数は増えるばかりだ。対して自分達の体力は限界が近い。此処
はもう一度逃げる方法を考えた方が安易だろう。とにかくレインとマロンに合流しないと。
そうこう考えている内に上空を飛ぶグリフォンが此方に向け炎を吐き出す。咄嗟に左右に分かれてかわした。

「セルシア!!」
振り返ると、彼の後ろにグリフォンが飛んでいた。羽音に気付いた彼が咄嗟に後ろに向け戦輪を投げつける。
それから此方に向けもう一つのチャクラムを投げつける。一瞬驚いたが彼の投げた戦輪は自分達の上空に居るグリフォンをなぎ倒す為だったらしく
傍で2、3体のグリフォンが落ちて来た。
「ありがとう!!」
直ぐに体制を建て直し、堂々と構えている獅子にもう一度剣を振るう。更にその後ろからセルシアが手元に返ってきた戦輪を投げた。
それをギリギリの所でかわした獅子が、遠くに居るアシュリー達に向け火の粉を放つ。
咄嗟に前に出たロアとアシュリーがそれを防いだ。リネはまだ詠唱中だ。動けないのだろう。

「土の鼓動は大地震にして自然の歌声(メロディー)――メロニィシャンパー!!」

やがて詠唱を完成させたリネが二撃目を獅子へ打ち込んだ。空から無数の岩が降り注ぐが、獣はそれを上手くすり抜け一気に此方まで接近してく
る。リネに攻撃しようとした獅子を此方まで戻って来たセルシアが戦輪で防いで言霊を吐いた。
「天の歌声、高く輝き悪を貫く。――ホーリーグランド!!」
ギリギリの所で外れた様に見えたが、意外にも掠めたみたいだ。獅子が低く唸って前足を引き摺った。多分前足に当たったんだ。
「ナイス!!」
セルシアに声を投げつつ、よろめいている獅子に向かってもう一度切りかかる。
避けられなかったが牙と爪で上手く切っ先を防がれた。それから羽ばたきによる強風を喰らい後ろに引き下がる。
一発は食らわせれた。けれど羽を傷つけないと意味が無い。羽が在る限り移動手段は無くならないのだ。
「イヴ。グリフォンの数増えてきた」
アシュリーがグリフォンの攻撃を上手くかわしつつ此方に声を掛けてきた。…それは何となく気付いてた。気付いたら回りは羽根だらけだ。本気で
一体何匹居るんだコイツ等?!
「……そろそろ潮時かも、ね」
本気で逃げる事を考えた方が良さそうだ。
だがそんな上手くいかない事ぐらいは分かっている。牙を向くグリフォンを獅子の攻撃をかわし、グリフォンに剣を振り下ろした。グリフォンの方も大
分疲れているみたいだが何せ数が数だから全然平気そうだ。
「突っ立ってるだけじゃやられるわよ!!――バーストライボルト!!」
リネの声でふと我に返った。確かにそうだ。唯ぼーっとしているだけじゃ自体は変わらない。彼女がグリフォンに術を打ち込んだのを見送りつつ、再
びセルシアと目を合わせて獅子に切り掛かる。投げられた戦輪を軽やかにかわす獅子にもう一度切り掛かった。外れると思ったのだが向こうも大
分疲れているのか後ろ足を掠めた。掠めただけなので致命傷とは言えないが傷を負わせただけでも十分だ。羽をどうにかしないと意味無いけれ
ど。
「セルシア!!羽の辺り狙って!!」
「――分かった!!」
頷いた彼が手元に帰ってきた戦輪を獅子の背中に生えた鋭い羽に向けて投げた。
無論あっさりとかわされてしまったが直ぐに後ろから剣で羽を目掛け攻撃する。…駄目だ。掠りもしなかった。空を切る空しい音だけが響く。
もう一度セルシアにブラックチェインを使ってもらった方が良いかも知れない。そう思い彼に声を掛けようとして――。

「――リネ!!」

彼の傍。リネの後ろにグリフォンの猛威が傍まで迫っていた。詠唱していて羽音に気付かなかったのだろう。彼女は後ろを振り向いて――呆然とし
ている。頼む、左右どっちでも良いから避けてくれ!!リネの方の援護に行きたいけれど、獅子が邪魔でとてもじゃないが間に合わない。このまま
リネに直撃したら絶対リネが深手何かじゃ済まされない。如何にか出来ないのか――!?そう思いつつ獅子と交戦していると――。


「――っ!!」
悲鳴が、聞こえた。

獅子の横を何とか擦り抜け、リネとセルシアの方までどうにか戻る。
彼女は膝を着いて呆然としていた。駄目だ。此処からじゃ彼女が死角になって何が起きてるのか分からない。結局誰が怪我したんだ?!
リネに襲い掛かったグリフォンはロアとアシュリーが後ろから攻撃を仕掛けて何とか倒した。2人は目の前に広がる光景を見て――目を丸くする。

「「セルシア!!」」

2人が叫んだ名前は、リネの方じゃ無かった。…多分セルシアがリネを庇ったんだろう。だからセルシアが怪我をした。
様子が見に行けないから彼が今どう言う状況か分からないけれど、ロア達の反応を見る限りじゃ相当危なさそうだ。
もう一度獅子に攻撃を食らわせたら一度セルシアの容態を見に行こう。そう思い獅子に切り掛かった所で―――――。


――ぴたりと、獅子の動きが止まった。
獣は宙を浮き上がり、もう一度気高く吠える。…何でだ?グリフォンが去っていく…。


「……何のつもり?」
「…お前達、命拾いした様だな。
――幹部様から招集が掛かったのだ。我等は其方へ行かねばならぬ。恐らくグローバルグレイスでの用が終わったのだろう」
獅子はそう言うと獣の体を翻しグリフォンの群れの中に消えていった。…召集。恐らく魔物にしか聞こえないような特殊な音か何かでの合図なのだ
ろう。音は聞こえなかった。
にしても本当に命拾いだ。このまま戦闘を続けてたら死んでたのは絶対にこっちだった。ノエル達が気付いてやったのかどうなのかは分からない
が何にせよこれでグローバルグレイスにも入れるのだろうか??

……って。そんな事、今は問題じゃない。
慌てて剣を鞘に終い、リネの傍に走った。
呆然と腰を下ろしたままのリネの前――倒れているセルシアを見て、思わず呆然としてしまう。

「…セルシア!!」
見た目からして相当酷い傷だ。…背中から血が流れ続けている。
そんな彼をリネはずっと呆然と見ていた。
グリフォンが去っていったのでロアとアシュリーも直ぐに此方に近寄って来る。

「……酷い傷…」
アシュリーが唖然とした声で呟く。既に地面には血溜まりが出来上がり始めていた。
直ぐに体を支え起こす。右手を掴んで脈を図った。…まだ生きてはいる。虫の息となった息遣いが微かに聞こえた。
「リネ。何が合った?!」
ロアが呆然としたままの彼女に問い掛ける。…彼女の口から通さなくても情景は何となく分かるが、詳しい話は彼女じゃないと分からない。
呆然としたままのリネが肩を震わせながら唇を動かした。
「あ、たしを…庇っ…て……」
やっぱりそうか。多分リネの事を庇おうと咄嗟にセルシアが前に出たのだろう。だが防御までは間に合わずに――結局背中からグリフォンの攻撃
を受けてしまった。そういう所か。
彼女が肩に掛けたままのセルシアのコートに、夥しい量の返り血が付着している。…これ。相当ヤバい。先程とは違う悪寒が走った。
「セルシア、大丈夫?!しっかりして!!」
肩を揺らすとセルシアが少しだけ目を開けた。何かを言おうと震えた唇から血が溢れ出す。
「喋らないで」
傍に寄ったアシュリーがそう言って回復術に似た光を当てた。…多分幽霊船の時とかにも使っていた回復術よりは劣る補助術程度の物だろう。無
いよりはマシかもしれないけれど…セルシアを回復させるにはマロンが絶対に必要だ。彼は血を流し過ぎている。早く見つけて治療しないと大量
出血死も考えられるのだ。

「……め……ん…」

震える唇でセルシアが何かを言おうとしている。何か言いたいのは分かるけど…今声を出しても症状が悪化するだけだ。喋らない様にロアと2人で
言い聞かせたがセルシアが口を閉ざす事は無かった。

「…ご………めん…」
微かに聞こえた。…ごめん。って。
「馬鹿。何であんたが謝るのよ」
とにかく止血しないといけない。アシュリーの術がどれだけ効果をもたらすか分からないけれど、これ以上血を流すのは余りにも危険だ。
上着を破って背中辺りに撒き付けた。…微かに傷口が見えたけど相当エグい事になっている。早くも化膿を始めた傷が暗紅色の血を未だに止め
処無く流し続けていた。

「……は、じめから……こう…すれ…ば……良かっ…た……」
目を細めながら微かにセルシアが笑う。こんな時に何を言い出すんだコイツは。‘こうすれば良かった’って…どういう事だ?
今にも瞼を閉じそうな彼が、掠れた声で言葉を続ける。
「…ご…めん……リ、ネ……。……ちゃん…と…リト…に、謝って……くる……」
……ああ、そういう事か。
分かった。こいつ死ぬ気なんだ。リネを庇って死ねるなら、……そういう考えか。
セルシアの言葉に本人であるリネが表情を歪ませた。その瞳からは大粒の涙が零れている。
「……こん、な…事なら……あの、時…。…VONOS…DISEが…襲われた時………死、ねば…良かった………」

――彼はそれだけ残して、閉じかけていた瞳を完全に閉ざした。

「セルシア?!」
思わずロアの口から声が漏れる。慌てて脈を確認した。
…まだ、生きてる。けれど余りにも弱弱しい。このままほおって置いたら死ぬのは確実だ。
アシュリーが補助術を使うのを止める。瞳に焦りが見えた。
「私の術じゃ全然追いつかない。マロンじゃないと、やっぱり無理」
「…じゃあ探すしかない。マロンの事」
このまま死なせる何て冗談じゃない。それがリネの本当に望んだ事の筈が無いし、こんな所でセルシアに死なれたら困るんだ。そして何より死ん
で欲しくない。…生きて罪を償うんじゃなかったの?セルシア――。
「とりあえず此処は場所的にも危ない。血の臭いを嗅いで別のモンスターが集まってくるかもしれない」
「…水辺まで戻るしかないな」
「そういう事」
ロアの言葉に頷き、彼の双剣や荷物を受け取る。多分この中でセルシアの事背負えるのはロアだけだ。レインが居ればレインに運ばせるんだけ
ど、あいつが居ないから話にならない。――何でこんな時にマロンとレインは居ないのよ!!こんな事なら離れる事無く最初から全員で行動してお
けば良かった。
荷物を彼女に預けたロアが、セルシアの体を慎重に抱き上げる。彼が倒れていた場所にはかなりの血溜まりが出来ていた。
…これ、本当に危ない。血の量が半端なさ過ぎる。しかも彼はまだ血を流し続けていた。止血用に巻いた布は既に止血の意味を無くしている。血
を吸い切った布は赤々しく染まっていた。
アシュリーが首に嵌めた鎖を割って、ウルフドール族本来の姿に戻る。
「レインとマロンの事探してくる。滝の合った場所で待ってて」
「…場所、分かるの?」
「臭いをたどれば何とか分かるかもしれない。…成るべく急ぐわ」
彼女はそう言ってその場を駆けていった。…確かにウルフドール族である彼女の方が自分達の何倍も足が速い筈だから探すのもずっと早い筈だ。
今は彼女を信じて滝まで戻るしかない。
「…行くか?」
「そうするしかないでしょ。アシュリーを信じましょ。……行くわよ、リネ」
ずっと地面に座ったまま動こうとしないリネの手を引っ張る。体を震わせる彼女の頭を軽く撫でてやった。
「リネの所為じゃ無い。大丈夫」
「……だって…あたしが……セルシアを…」
彼女はそう言ってまた泣き出してしまった。責任を感じているのだろう。セルシアがこんな状況になってしまった事に。
確かにセルシアがこんな深手を負ったのはリネを庇ったからだけど、それは悪魔でセルシアの独断だったんだからリネが思いつめる必要は何処に
も無い。というか彼女は1%だって悪くない筈だ。
とにかく早くセルシアを安静な場所に寝かせないと。既にロアの腕にまで彼の血が垂れてきている。
本気で危ない。何時までも出血させて置く訳にも行かないしもう一度止血しないと。
「急ぐわよ」
お願いだから早くマロンとレインを見つけて帰ってきて。此処には居ないアシュリーにそう願いつつリネの手を引っ張り、森の中を駆け出した。










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