…何時の間にか眠っていた様だ。気付いたら既に夕日が落ちて夜になっていた。
辺りで音は聞こえない。少し外に出てみたがグリフォンが飛んでいるのも見えなかった。そろそろ引き下がったのだろうか。…となると、イヴ達をそ
ろそろ本気で探した方がいいだろう。グローバルグレイスに来いって言ってたから其処まで行けば会えるか?
色々ルートを考えながら自分と同じように寝ていたマロンを揺すり起こす。
彼女は瞼を擦りながらも何とか目を覚ました。
もう少しマロンの意識が覚醒してから此処を出るか…。そう思いもう一度地面に座ろうとしたところで―――。
――風の音が、聞こえた。


*NO,69...傷痕の涙*


最初はグリフォン達かと思ってマロンと2人で思わず身構えた。
だが滝壺の裏の洞窟に姿を現したのは―――見覚えの在る顔だった。

「…アシュリー!!」
「……此処に、居たのね」
彼女は何処か息が荒っぽかった。此処まで走ってきたのだろうか。けれど何で?
「久しぶりー、アシュリーちゃん。どうかしたの?」
陽気に言葉を掛けると、彼女が自分の横を擦り抜け――マロンに掴み掛かった。
「マロンに頼みが在る。――セルシアがリネを庇って酷い怪我したの。
私の術じゃ回復が間に合わない。だからマロンが回復してあげて。早くしないとセルシアが死んじゃう」
…ああ。またあの馬鹿か。
リネを庇って重傷なんて展開、何時かはやるだろう思ってたが本当にしやがったな。しかもこのタイミングで。
「そんなに酷いの?」
問い掛けると彼女が険しい顔で頷く。…表情からして相当ヤバそうなのが伝わってきた。
とりあえず話は何となく分かった。用はセルシアがとんでもない傷を負ったからマロンの回復術が必要という事なのだろう。
「2人は今何処に?」
マロンの問いにアシュリーが呼吸を整えながら答えた。
「イヴとロアと一緒に、此処に来るまでに通った滝の前で待つ様に言ったから多分其処」
「結構近い所に居んのね。じゃあ急ぎますか!」
踵を返し先頭を走り出す。直ぐにマロンとアシュリーが追い掛けて来た。流石に全力疾走は疲れるので普通に走る程度で道を走り続ける。
小さな滝を抜け川沿いに道を歩いていけば、多分イヴ達の居る場所に辿り着ける筈だ。
時々振り返り、マロンとアシュリーが着いて来ているかを確認しながら走り続けた。



* * *



――小走りに走って居る内に如何にか水場の傍まで来た。木陰にセルシアを下ろして、傷口と脈をもう一度確認する。
大分脈が弱くなってるけど、まだ生きてる。微かに体が揺れたりするから生きている事に間違いは無いのだが…。
血は大分止まり始めているが、傷口の周りが完全に化膿を始めている。ほおって置いたのが悪かったのか、それともグリフォンの攻撃がこういう効
果をもたらすのか、医学には詳しくないからよく分からないけれど一言言えるのはとんでもない傷と言う事だ。
リネが傍で肩を震わせて泣いていた。膝を抱えて泣きながらもセルシアの手をしっかりと握ってる。死なないでと、ぽつりと呟くのが聞こえた。
助けてあげたいけれど、自分達じゃどうしようもない。
回復術系が使えるのはマロンかアシュリーだけだし、この傷はマロンじゃないときっと治せない。
不意にセルシアの体が少しだけ揺れた。もしかして意識が戻ったのか?
慌てて彼の方を向くと、セルシアは一度だけ嘔吐に良く似た吐血をして、また動かなくなってしまった。
……彼の意識は今頃三途の川にでも行ってリトに謝っているのだろうか。
ならその謝られてるリトにお願いだ。さっさと現実<こっち>に帰れとセルシアに命じてくれ。多分リトの言う事なら聞くから。
「…セルシア…死んだら……どうしよ、う……。あたしの所為だ……」
リネはさっきから同じ言葉を繰り返しては泣いていた。
「リネの所為じゃ無い」
軽く肩を叩いてやったが彼女は無反応だ。寧ろ余計に泣いてしまった気がする。
…けれどこれは誰の所為でもないんだ。強いて言うなら辺りをちゃんと確認できていなかった全員と無茶な事をしたセルシアの所為。
「…アシュリー、遅いな」
セルシアの具合を確認しつつ、ロアがぽつりと呟く。頷いて肯定した。
そりゃ、こんな広い森の中からたった2人の人間を探すんだから時間が掛かるのは分かるけれど…早く探してくれないとセルシアが危ない。
彼がまた体を痙攣させる。けれど其れは何度目かわからない吐血を繰り返すだけで、決して意識が戻った訳じゃない。
ねえセルシア。あんた自分で言ったじゃない。「生きてリトが償えなかった罪を償う」って。
あれは嘘だったの?嘘じゃないならさっさとこっちに戻って来てあたし達に謝りなさい。皆心配してるんだから。
長い悪夢を見ているであろうセルシアの髪を撫でながら不意にそう思った。
映える銀髪の髪には、自らの血液が付着している。
そしてリネが未だに羽織っている彼の上着にも、彼自身の返り血が―――。

…改めてだけど、セルシアは大分出血をしている。何時の間にか吐血にも疲れたのか口から血が流れたままになっていた。
「……セルシ、ア…?」
震えるリネの声が、彼を呼ぶ。…嫌な予感がした。
直ぐに脈に手を当てる。それから耳で呼吸を確認しようとした。―――処で。

「イヴ!!」

遠くからの呼び声。――それはこの場に居る筈の無いアシュリーの声だった。もしかして!!
振り返ると、アシュリーの姿の他に駆けてきたレインとマロンも居た。良かった。見つかったんだ。
事情は多分アシュリーが説明してくれたのだろう。慌てて此方まで駆けてきたマロンが直ぐにセルシアの傷を確認して、先程自分が計ろうとした脈
と呼吸を確認する。

「……ねえ、イヴ」
「…何?」
急にマロンに声を掛けられ思わず体が痙攣してしまった。まさかもう手遅れ…とか??
リネとロアも顔を上げて彼女とセルシアを交互に見ている。
マロンは瞳を伏せて、小さく呟いた。


「…呼吸、してない……」

「―――っ!!」

マロンはそれだけ言って直ぐに心臓マッサージとか傷の治療とか色々処置を始めたけれど、…間に合ったのだろうか…。……それとも――。
「…い、や……。…嘘よ…そんなの……。だってあたし…まだセルシアに…謝って…な……」
リネはそれきり声をあげ泣き出してしまう。…慰める言葉が分からなかった。
嫌な予感ばかりが堂々巡りする。VONOS DISEで見たリーダーの最期の光景が浮かんだ。
その時の景色と今の状況が重なって見える。もしかしてセルシアは、もう――。
「落ち着けって。まだ死んだ訳じゃ無いんだろ?」
レインがそう言ってリネの隣に座る。それから軽く彼女の頭を撫でてやった。
…流石の馬鹿レインでもこの状況の深刻さが分かってるみたいで惚ける気は無いらしい。
リネの事はレインに任せるとして、向かい側に居るマロンとセルシアを見守る。
相当集中してるみたいだから声を掛ける気は無いが大丈夫なのか気が気でなかった。
冗談じゃない。あんたにまでこんな所で死なれたら困るのよ。まだあんたには聞いてない事も沢山有る。何時だったか自分に向けられた敵からの
攻撃を防いでくれたお礼も在有る。でもそれ以上に――リネの為にも。セルシアには死んで欲しくない。
セルシア。あんた本当にリネが死んで欲しいと願ってたと思うの?もしそう思ってたならあんたは相当の馬鹿よ。レインより馬鹿。
リネがあんたに本気で死んで欲しいなんて思う筈無いじゃない。そりゃ、リトの事も合ったから彼女も大分感情的になってしまってたけど。
けれど、ずっと一緒に居たんでしょ?幼馴染に本気で死ね何て言わないわよ。
ましてあんたは今までずっとリトの代わりにリネを此処まで育てて来た。彼女に負担を掛けない為に、色々な事に手回してきたんでしょ?
リネだってもうセルシアが思ってる程子供じゃない。その位ちゃんと分かってるわよ。
――分かってないのはセルシア。きっとあんたの方だ。


沈黙が続く中、ずっとその場で固まっているとやがてマロンが手を離した。既に光は消えている。
後ろに倒れ掛かる彼女を慌ててロアが支えた。大分力を使ったのだろう。
「…セルシアは?」
涙ぐんだ声のリネが、マロンをじっと見つめた。…少し呼吸を整えてからマロンが言葉を投げる。
「とりあえず容態は良くなった…と思うよ。傷も出来る限り治したし、今はちゃんと呼吸もしてる」
良かった…。生きているんだ。ほっと安堵の溜息を漏らした。
「唯…何時意識が戻るかは分かんない…かな」
「…そう。ありがとう」
マロンもかなり疲れている筈だ。セルシアだって寝かせて置かないといけない。今日は此処で野宿だろう。
「……此処で野宿すっか?でもグリフォンとか来るぞ」
此方の気持ちを悟ったらしいレインが声を掛けてくる。ああそうか。レインとマロンはあの場に居なかったから去っていった事を知らないんだ。
「もう帰ったわよ。多分グローバルグレイスに行っても大丈夫だと思う」
「お。マジで?じゃあ此処で野宿しても平気って訳だな」
そう言ってレインがその場で立ち上がった。軽く伸びをしてから辺りをぶらぶらし始める。…手伝うとかそういう気持ちは無いのか?こいつは。
溜息を吐いてセルシアを見た。確かに顔色は大分良くなっている。
意識が何時戻るかは分からない。か…。まあセルシアを信じて意識が戻るのを待つしかないだろう。彼の意識が戻ったら、グローバルグレイスに
行く。そうしよう。
とりあえず自分も立ち上がって野宿の支度を始めようとした所て――リネに服を引っ張られる。
「どうしたの?」
もう一度座ってリネに問い掛けた。
彼女は膝を抱えて俯きながらも確かにぽつりと呟く。
「あたし…セルシアの意識が戻ったら…今度は絶対に、謝る……」
「……そうね。それが良いかも。――心配しなくても大丈夫よ。セルシアなら絶対に許してくれるから」
彼女の頭を軽く撫でてやる。…リネに謝る決心が付いたみたいで良かった。
きっとセルシアはリネの事許せると思う。許してあげて欲しい。
今度こそ2人が仲直りしてくれる事を信じて、もう一度立ち上がり野宿の支度を始めた。










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