野宿の見張りはレインに任せた。
グリフォンと戦った自分達は疲れてるし、マロンも回復術の使い過ぎでかなり疲労してたみたいだからレインに頼るのが一番良いと思ったからだ。
リネは明日一番にセルシアの様子を確認すると意気込んでさっさと眠ってしまった。
まだセルシアが起きそうにないと思ったのだろう。現に彼はまだ目を覚ます気配を見せない。
とりあえず見張りは全部レインに任せてマロンの隣で体を横にして目を閉じた。


*NO,70...Please forgive me*


――夜中はぐっすりと熟睡していたのだが、やがて朝が近付くに連れ遠くから叫び声の様な物が聞こえ目を覚ました。
…遠くで争う様な声が聞こえる。レインと…誰だ??
起きて周りを確認した。とりあえず左右で寝ているマロンとロアはまだ寝ている。…て事は2人以外の誰かか。でも誰だ…?
毛布から出て声のする様に近寄ってみる。近付いてみるとやっぱり声を荒げているのはレインだった。
そして彼が怒鳴り声を上げる先に居るのは―――。

「…ちょっと、何してんのよ」
合間に入り、彼等の喧嘩を抑止する。
「イヴっち起きてたの?…一応言っとくけど悪いのはセルシアの方だぜ」
不機嫌そうな声で答えたレインがそう言って――後ろで俯くセルシアを指した。
とりあえず2人を仲裁してセルシアの方を振り返る。
「怪我、平気なの?てか何時起きた?」
とりあえずその辺は聞いておきたかった。リネが酷く心配していたし早く意識を戻してくれたのは嬉しいけれど…。
俯いたままのセルシアが、ぽつりと小さく言葉を発する。
「…さっき」
そう言ってまた黙り込んでしまった。気の所為か、頬が少し赤くなっている気がする。レインにでも殴られたのだろうか。…そりゃあセルシアを殴り
たい気持ちなのはあたしも一緒だけど流石に本当にやるのは度が過ぎると思うんだけれど??
「やり過ぎでしょ。あんた」
声を掛けると後ろで呆れ面のまま溜息を吐いたレインが言葉を返してくる。
「コイツ一人でグローバルグレイスに行こうとしたんだぜ。俺達に内緒でな?」
そう言ってレインが再びセルシアをきつく睨んだ。…まあ彼が怒る理由も分からなく無い。
セルシアとレインって普段は結構仲良さそうに見えるけど、意見が分かれたりとかすると凄いレインが攻撃的になるからこの2人は割りと直ぐに喧
嘩するのだ。と言ってもリネとの言い合いみたいに、レインが一方的にキレるだけだけど。
それに対してセルシアは割りと平和主義だ。滅多な事が無いと誰かに怒る事は無い。セルシアが怒ってるのを見たのは、精々幽霊船の時とミツ
ルギ神殿の2回ぐらいだ。
「…なんで一人でグローバルグレイスに?」
振り返り、セルシアに問い掛けてみる。彼は唇を噛み締めつつも少しずつ言葉を紡いだ。
「これ以上…皆に迷惑掛けたくないし……。…これは…俺の問題だから…」
…リネがセルシアに謝りたいと言ってたの、レインは伝えてくれてなかったみたいだ。肝心な事伝えないでどうするのよ。レインを軽く睨んでからも
う一度彼を見た。俯きながら自嘲する彼が更に言葉を続ける。
「……それ、に…。……さっきは死ねなかったから…、今度はリトの居る場所で死にたい―――」
そう言って彼は一雫涙を零した。
――セルシアの言葉を聞いて無意識の内に手が動く。
無意識の内に彼の頬を叩いていた。呆然とする彼を睨みつける。レインがセルシアに怒ってた理由、何か分かった。
「死にたい何て簡単に言わないで。…あんたが死んだからって全部終わる訳じゃない。――生きて罪を償うんでしょ??」
「……」
瞳に涙を溜めたまま、彼は何も答えない。…酷い事をしてしまっただろうか。けれどこれは自分の本音だった。
ふと気付くとレインが居ない。あいつ一人だけ逃げやがったのか?!セルシアを引き止めてくれてた事には感謝するけどちゃんと最後まで面倒見
ろよ。とりあえず次にレインを見かけたら一発殴ろう。決意してもう一度彼と向き合った。
「リネがあんたの事本気で心配してる。今度はちゃんと謝りたいって。…あんたはリネのそういう気持ちまで無駄にするつもり?」
「……けど、俺は…」
尚言葉で反抗しようとする彼に一発キツく言ってやろうとして―――。足音に気付く。
レインの奴戻って来たのか?振り返ると、目の前に確かにレインは居た。けれどそのレインの隣に居るのは―――。

「起こしてきた方が良かったでしょ?」
「…さっきの撤回。あんた割りと良い奴ね」

少しだけレインに微笑み、まだ起きたばかりの彼女の手を引いてセルシアの前まで連れて来る。
どうやらレインが先程此処に居なかったのは、‘彼女’を起こしに行ってくれていたみたいだ。
レインの隣に居たのはまだ戸惑った目をしているリネだった。
「自分の本当に言いたい事だけ言いなさいよ?多分此処で言わないと絶対に後悔すると思うから」
軽くリネの背中を押して、レインを引きつれその場を離れる。
流石に立ち聞きするのもあれだし、これは2人の問題だから遠くから見守る事にした。距離を離してセルシアとリネを見つめる。2人はまだ何かを話
している気配は無い。多分リネがまだ黙ってるんだと思う。
…これ以上待ってもリネが謝らないんだったら、リネにはちょっと無理矢理にでも謝って貰わないと駄目かも。
セルシアも大分精神的に辛くなってる筈だし、このままもっと気持ちがすれ違っても空しいだけだ。
目を凝らして2人を観察すると――リネが少しだけ何か言葉を発していた。それが「ごめんね」である事を祈りつつ、2人の様子を尚見守る。
「これも十分盗み見になってない?イヴっち」
隣に居るレインが軽く突っ込みをして来た。彼も呆れ面では有る物のやっぱり気になるみたいで時々2人を見つめている。
「これだけ離れてるんだから盗み見にはならないでしょ。それにまた2人が喧嘩したら困るし」
流石にもう喧嘩する事は無いだろうが念の為だ。リネがまた思っても無い事を口に出してしまったら困る。…多分もうそんな事は無いだろうが。
とにかくレインと2人で遠く離れた場所からセルシアとリネを見守った。


* * *


――最初にレインに起こされた時は気分が最高潮に不機嫌だった。唯男の次の言葉を聞いて飛び起きた。
「セルシアが目覚ましたぜ」
「――嘘」
慌てて身体を起こし、現状をレインから聞いた。セルシアは一人でグローバルグレイスに行こうとしていたらしい。…全ての‘懺悔’の為に。
だからそれをレインが止めて、今はイヴが説得している様だ。とりあえずそれだけを聞いた。
話を聞いて改めて理解する。…あたしが謝らないと駄目だ。って事。
だから今度はちゃんと謝りたい。
――今度はあたしから、セルシアに心を込めて精一杯の‘ごめんね’を伝えたいよ。これ以上セルシアにだけ負担は掛けさせたくないから。
立ち上がり、レインの後を追って歩き出した。少し離れた場所にイヴとセルシアの姿を見つける。確かにセルシアは起きていた。唯俯いたまま唇を
噛み締めている。全部あたしの所為だって事は分かっているけど、胸が痛かった。
それからはイヴに背中を押され―――現状に至る。
イヴとレインはその場を離れてしまった。2人きりにさせてくれたのは気を利かせてくれたのだろう。
木陰の揺れる音が聞こえる。風が靡く音が聞こえる。けれどそれ以外は何も聞こえない。静寂の世界。
セルシアは何も言わずにずっと俯いていた。…分かってる。あたしからちゃんと言わないと駄目だって事。
拳を握り締め、精一杯声に出した。
「……ごめん…」
力一杯声を出したつもりだけれど、それは風の靡きと同じ位の小さな声だった。
けれど彼には聞こえたみたいで少しだけ顔を上げる。少しだけ迷ったがその瞳を見つめ返した。
…今度は目を反らさずに伝えたい。本当の気持ちを。
だから向き合って少しだけ深呼吸をする。…大丈夫。今ならきっと、言える。

「…セルシアが悪くないって事はずっと前から分かってた。
けれど、セルシアを前にすると本当の事が言えなかった。…何時の間にか、こんなにも臆病になってたの」

それはきっと、貴方に嫌われるというのが怖かったから。
何時の間にかこんなにも怖くなっていたの。貴方が傍から居なくなってしまう事。
嫌われる様な事ばっかりして来たのは分かってる。セルシアに迷惑を掛け続けてた事だって、ちゃんと気付いてる。
だから、今度は絶対にあたしが謝らないといけない。

「セルシアの事沢山傷つけた。…嫌われるのが怖かったのに、自分を守るのが精一杯だった」

向き合う瞳に涙が零れる。…それでも言葉を続けた。
たとえ声が嗄れたとしても、この声だけはちゃんと届けないといけないから。

「…あたしは今もワガママだし、セルシアにずっと迷惑掛けてる。
思ってもない事ばっかり口にして、セルシアの事を傷付けた。傷つけて傷つけて、最低な事ばっかりした」

冗談だろうと何だろうと、あたしは何回セルシアに‘死ね’って言った?
きっと言った回数分セルシアは傷付いてる。最終的にセルシアを此処まで追い詰めたのは私だった。
そう、追い詰めたのは兄さんじゃない。あたしだ。
言った回数分。あたしも謝らないとって思った。けれど結局どれも声にならなかった。
だからこんな事が起きてしまった。
あの時。あたしを庇ってから、セルシアは死のうとした―――…。
……あたしが冗談で言った言葉も、きっとセルシアは全部本気で受け止めていた。
そんな事分かっていた筈なのにあたしはそれでもセルシアを傷付け続けた。

もしセルシアが今まで兄さんとの出来事や9年前の事件を隠していた事を‘罪’と言うのなら、

――あたしの‘罪’は、たった一人であたしを育ててくれた大切な幼馴染であるセルシアを、此処まで傷つけて追い詰めた事。


「……全部…自分でやった事だけど……。…セルシアに嫌われるのは…怖いよ……」

頬に伝った涙が、自然と下へ零れ落ちた。止め処なく涙が溢れる。
震える唇で、それでも最後の言葉を。

「ごめんね…セルシアっ……」

それきり涙が止まらなかった。言いたい事は全部言ったけど、涙が止まらなかった。
やがてその場で呆然としていたセルシアが、ゆっくりと手を伸ばして――涙を拭ってくれる。

「…俺こそごめんな。リネ。
こんな事になるならもっと早く、リトの事言えば良かった。…俺もリネに嫌われるのは、怖かった」

セルシアもまた、それきり静かに泣き出した。
もう涙の止め方が分からない。――今だけは泣いても良いですか?
セルシアにしがみ付いて、彼の胸の中で泣いた。許してくれなかったらどうしようって、そんな不安も何処かに飛んで行ってしまった。
震える手が背中に触れる。セルシアにきつく抱き締められながら、思う。
今度はあたしも背負いたい。セルシアが今まで独りで抱え続けた罪を、私も一緒に償いたい―――。





If I am same as you, darkness of any kind of eternity, in this crime, severely comes before long 

-君と一緒ならどんな永遠の暗闇でも、この罪の中でも、やがて来る過酷も-


Surely can get over it.

-きっと乗り越えれる-










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