セルシアの案内で街の中心から少し進んだ場所にある下水道への入り口まで無事に到着した。 「此処からはちょっと暗くなるから足元気をつけろよ」 彼はそう言って下水道の奥へ入って行った。先頭を歩くセルシアとリネを追いかけ下水道の中に踏み入れる。 ――ほんの一瞬だけ嫌な予感がふと横切った。もしかしてこの奥にノエル達は居るんじゃないだろうか。というか絶対に居そうだ。 ノエル達も最終的な目標はネメシスの石の回収の筈だから、緑のネメシス回収の為にこの下水道に一度は訪れていると思う。 …もしかしてあたし達が来るのを待ってるのか?この先には罠しかない気がするがそれでも行くしかない。仕方なく黙って彼の後を追い続けた。 *NO,72...夢幻の闇* 下水道を大分歩いた所で洞窟の様な入り組んだ場所に出た。 「この洞窟がミツルギ神殿の裏口まで繋がってるんだ。…昔はこの辺も大量に警備員が居たんだけど流石に今は…居ないな」 そう言ってセルシアが苦笑する。…だからそういう冗談は笑えないって。そう思いつつ彼の姿を追いかけ続けた。 やがて周りの空気が冷気を帯びてきて、水溜りの水が赤くなっているのに気付く。…これ、グレミス水か? リネ達もそれに気付いたのか一瞬だけその場で立ち止まった。 「…この辺のグレミス水、もしかしたらミツルギ神殿のグレミス水と繋がってるかも」 彼女はそう言って暗闇の果てまで流れている赤の水をじっと見つめた。…確かに流れの向き的にミツルギ神殿の方向に流れている。この水はや っぱりミツルギ神殿のものと繋がっているのか?? そんな事を思っているとレインとアシュリーがいきなりその場を振り返った。 釣られて自分とマロン、ロアもその場を振り返る。ワンテンポ遅れて2人も振り返った。 ――後ろに広がっているのは闇だ。特に何も感じない。 「…どうかしたのか?」 ロアの問い掛けにレインとアシュリーが顔を見合わせつつ眉間に皺を寄せる。…一体何なんだ? 「何?ノエル達の姿でも見えた??」 半ば呆れに問い掛けると、レインが言葉を返してきた。 「いや、そうじゃなくて……」 加えてじっと闇を見つめ続けるアシュリーが言葉を投げる。 「……何かが爆破したような音が聞こえた」 …爆破……? 思い当たる事は何も無い。爆破って何だ? もう一度闇の向こうをじっと見つめた。一瞬だけ闇の果てに火花の様な火が見えた気がする。本当に何かが爆破したのか?? 自分には聞こえなかったがアシュリーが聞こえたならそうなのかもしれない。…レインって耳良かったんだな。 「戻ってみる?」 リネの問いに少し悩んだ。別に戻っても良いんだけど…何か果てしなく嫌な予感がする。行ったら絶対後悔しそうな予感。 でも確認しないわけにはいかない。誰かが行かないといけないのは確実なんだけど…。 「…俺が見に行ってくるよ。ちょっと様子みて帰ってくるだけだし」 そんな中セルシアが自ら見に行くと言い出した。 嫌な予感がして仕方ないからあんまり行って欲しくないけど、確認しない訳にも行かないので了承する。 リネやレインが着いて行こうかと問い掛けたが彼は首を左右に振って、今来た道を引き返してしまった。…セルシアが帰ってくるまではどの道此処 で待機か。下水道の床に腰を下ろす。 「1人で行ったけど…大丈夫なのか……??」 隣に居たロアが小首をかしげる。足を軽く伸ばしながら答えた。 「セルシアなら大丈夫でしょ。 第一BLACK SHINEが居たとしても直ぐに引き返してくると思うし、万が一戦闘になったりしてもこの辺まで術の音とか聞こえてくるだろうし??」 「……それ、幾らなんでも適当過ぎない?」 左隣に居るレインが苦笑する。そんな事言われてもどうせ今はセルシアを信じて待つしか無いじゃない、と心の中で悪態を吐きつつレインの足を蹴 った。横で足を押さえて飛び跳ねるレインを無視して今来た道をじっと見つめる。 …無音。向こうからは何の音も聞こえてこない。何も起きてない事を信じるしか無いけど…。 そんな事を思いつつ暫くじっとしていると、やがて奥から足音が聞こえた。…帰ってきたのか?? 「セルシア?」 マロンが声を上げる。最初はあたしもそう思っていた。――けど暫くして‘不振’に気付いた。 「違う。セルシアじゃない――」 ――足音が、1つ多い…。 奥から聞こえてくる足音は‘2つ’だった。仮に1つはセルシアの物だったとして…もう1つは?? やがて暗闇の向こうから‘2つ’の人影が姿を見せる。が、其処に居るのは白銀の髪を束ねた彼では無く――――。 「…やっぱり罠だった訳か」 「そんな気はしてたけどね」 ロアの言葉に思わず頷いて、項垂れてしまう。罠だと分かっていても此処まで来た自分が今は正直憎い。 「最近よく遭うわねえ。偶然かしら?」 目の前に立っているのは――ノエルとキースの2人だった。 リトの姿は、無い。…セルシアも帰ってこないままだ。まさかリトとセルシアが対峙しているのか?出来ればそうじゃないと信じたい。 「あんた達があたし達を追っ掛けてるだけでしょ。で、今回は何?グレミス水を浄化しろと?」 「浄化しろ。とは言わないわ。――青のネメシスを貰いに来たのよ」 …貰いに来た、ね。これは絶対戦闘になるな。 溜息を吐いて剣の柄に手を掛けた。それを見たロアが双剣を抜く準備をして、後ろに居るレイン達も軽く戦闘の準備に入る。 「大人しく渡してくれたら俺達は引くぜ?」 「渡すわけ無いでしょ。そんな事あんた達だって分かってるでしょ?」 キースの言葉に更に問いを返すと彼女が妖しく笑った。 「――まあ、そういう答えだって事は予想してたけどね」 途端。足元に銃弾が放たれる。ノエルの両手には既に2つの拳銃が握られていた。 直ぐに剣を抜いて地面を蹴り上げる。…2対6。人数的にはこっちが有利だけど…中衛のセルシアが居ないのはちょっと痛いかも。というかセルシ アが帰って来てくれないと逃げるに逃げれない。彼だけ置いて此処を離れる訳にも行かないし。 とにかくセルシアが帰ってくるまではどの道退避は出来ないんだ。となれば全力で倒しに掛かるしかない。勢い良く地面を踏みしめ、ノエルに剣を 振った。銃口で剣を防がれ、もう一方の銃が此方を狙う。 発砲される前にかわして一度レイン達の方まで戻った。 「レインは3人のサポートに回って」 「りょーかい」 歯を見せて笑ったレインが直ぐにマロンに向けられたキースの攻撃をブロックして、蹴りで反撃した。 キースが回避した先にロアが更に双剣を振るう。だが鎖鎌であっさりと受け止められた。直ぐにキースから前蹴りが飛んでくるがそれはロアが一旦 引いて何とか回避する。 「振り上げよ、聖光なる炎――ファイヤーボルト!!」 リネが遠くからノエルに向けて術を放った。ノエルが回避した一瞬の隙にもう一度剣を振り下ろす。銃口で防がれたがその後直ぐに死角からマロン が射った弓矢が肩口を掠めた。ノエルが舌打ちをして此方に銃弾を発砲する。少しだけ頬を掠めたがどうにか銃弾の雨を潜り抜けた。 「――Breath」 遠くでアシュリーがキースに向け術を放つ。敵が2人ってのはやっぱり厄介だ。戦力が分担されてしまうし、よっぽど息が合わないと両方の攻撃が ブロック出来ない。やっぱり先にどっちか倒すべきか。 唯1人に戦力をぶつけるとメルシアの森みたいな事になりかねない。かといって1人でもう一方の対峙をしていてもVONOS DISE本部の時みたいに なるかもしれない。…難しい所だ。やっぱり此処は戦力を半分に割るしか無いか。 レインが後衛3人のサポートをしているから、自由に動ける前衛はあたしとロアだけ。…セルシアが居てくれたら楽だったんだけどな。あの馬鹿何 処で何やってんのよ。早く帰ってきなさい。心の内でセルシアにメッセージを送りつつ、マロン達の方に一度戻った。 「リネはキース、マロンはノエルを狙って。アシュリーは状況に応じてどっちかを狙って欲しい」 「分かった」 「…了解」 詠唱中で無かったマロンとアシュリーが頷いて答える。リネは詠唱中だったけど理解はしたみたいで横目で此方を見ながら軽く頷いた。 ロアがキースをマークしてるから、あたしがノエルをマークすれば良いか。で、レインが3人のサポート。3人へ向かった攻撃は全部レインにカバーし てもらう。…これなら完璧かも。 そう思いつつもう一度地面を蹴ってノエルに剣を振り放った。 一太刀をかわして、直ぐに銃を打ち込んでくる。唯右手の銃が弾切れなのか右に握られた銃からは弾丸が飛んで来なかった。 両手の銃弾が0になったら、反撃出来る。とりあえずそれまでは避けるしか無い。飛んでくる銃弾を時々剣で防ぎながらかわし、そして銃弾の雨が 止んだ瞬間に一太刀を振り下ろした。 「天籟の紫鎚に共鳴する風――ブロフィティ」 ――暫く戦ってないから忘れてた。ノエルって魔術士だったっけ!! 剣の攻撃がはじき返され、少し距離を置いた場所まで風圧で押し戻された。体制を整える間に素早くノエルが両手に握られた銃の弾丸を入れ替 える。しまった。チャンスだったのに。舌打ちをしてポケットから魔弾球を取り出し、ノエルに向けて投げた。 地面にぶつかった魔弾球が小さな魔方陣を展開してノエルに術を向ける。が、それもあっさりとかわされ銃弾が横を掠めた。 「イヴ!!」 遠くでロアの声が聞こえる。振り返るとキースが此方に鎖鎌を投げていた。防ぎきれなかったって事か。そりゃロア1人であの戦闘狂を抑えれると は思ってなかったけど。そう思いつつ鎖鎌を剣ではじき返す。ロアが声を掛けてくれなかったら、背中にでも刺さってたかもと思って少し身震いし た。 「大いなる雨の奮迅と共に 吹き上げろ、流るる水流よ 聖水は我を癒し、そして我の聖なる力となるだろう――アクアドラッチェ!!」 やがて大技を完成させたリネが二度目の術を放つ。標的はノエルだった。…今さっきリネはキースに攻撃してって行ったんだけど、詠唱中だったか らやっぱり聞いてなかったのか…。 と思っていたがマロンの放った弓がキースを狙って放たれた。マロンとリネがそれぞれの標的を入れ替えただけみたいだ。まあ2人が標的を入れ 替えても大差は無いから良いけれども。 「我が力となりし物よ、大いなる壁を造り敵を阻め賜え――ミスティックゴーデル」 リネの術は寸での所でノエルの術に弾き返される。大技だった故にリネが一際大きく舌打ちした。 「――Insanity」 が、直ぐにアシュリーが術を放つ。それを寸ででかわしたノエルが此方に十字を切る様に術を振るった。 「目覚めた漆黒が笑う深遠の闇の声――ブラッティレール」 マロン達の方に向けられた術に対し、レインが3人を直ぐに引き下がらせる。そしてノエルの方に向けまだ持っていたらしい魔弾球を投げつけた。 此方に向かって投げられた球が地面に付く前にノエルが弾を狙ってトリガーを引く。空中で不発した魔弾球が粉々に散って地面に落ちた。 「レイン!悪いけどノエルと対峙して!!」 周りを見るとやっぱりロアが一番キツそうだ。あの戦闘狂を一人で相手にするのはやっぱりキツいと思う。だから作戦変更しよう。そう思いレインに 声を掛ける。 「えー!俺ー?!」 しかしレインから帰ってきたのは否定の声だ。…少しは協力するとかそういう気持ちを持て!!レインを強く睨んで声を荒げた。 「嫌ならロアのサポートに回って!!」 「3人はどうすんの?」 「アシュリーが前に出て!!」 「…分かった」 アシュリーから直ぐに返答が帰って来る。鎖を解いた彼女の姿が聖獣に戻り、直ぐに前に飛び出してくる。 ノエルが片方の銃口を此方に向け、もう片方の銃口をマロン達の方に向けた。離れた銃弾をアシュリーが前爪で勢い良く払い落とす。…銃弾払い 落とすって、かなり凄いなと思いつつ此方に飛んでくる銃弾をかわしてもう一度ノエルに死角から剣を振るった。 遠くに居るロアとレインを横目で見るが、やっぱりロアの方が格段疲れている。どっちかって言うとロアがレインのサポートに回ってる感じかもしれな い。変われるならロアとアシュリーをチェンジするべきか?でも2人のサポートも結構疲れるよな。 そんな中でリネが3撃目の術を振るい下ろすべく腕を振り下ろした。 「清水よ、清き舞姫と誓いの結印を――アクエス!!」 術が向かった切っ先は――意外にもキースの方だ。そうか、リネとマロンも状況に応じて攻撃の相手を変えてくれてるのか。心の中で感謝を唱え つつノエルに何度も切り掛かった。あんまり我武者羅に切り掛かってもしょうがないのは分かっているので時々意表を突いて魔弾球を投げ目晦ま し程度に使用している。 「無限の力を与える破邪の煌き、聖なる力は敵を裁断する――ベリーティラート」 遠くでマロンの詠う声が聞こえた。展開した魔法陣から術が飛び出す。…標的はやっぱりキースの方だ。そりゃ向こうの方が苦戦してるのは分か るけど、時々はこっちも手伝いなさいよ。そう思ってもう一度剣を振るおうとして――不覚にも体制を崩した。 一瞬足が縺れた隙にノエルが銃口を此方に向ける。 危機を感じた瞬間――ノエルの手から拳銃が滑り落ちた。唯離した訳じゃない。遠くから誰かが銃弾で打ち落としたんだ。そんな芸当が出来る人 間と言えば…。 「平気ー?」 …やっぱりレインだった。ロアがキースと刃をまじ合わせている横でロアから借りたのであろう拳銃を持って笑っている。 「ありがとう!!だから直ぐサポートに戻れ!!」 「…イヴっちきびしー」 口を尖らせた彼が余った銃弾をキースに向けて発砲する。 …にしてもレインって本当に凄いよな。殆どの武器は使えてる気がする。これでもし魔術が使えたなら本当に万能だ。 体制を取り直しノエルに剣を振り下ろした。今なら彼女の拳銃は一丁。反撃される心配は多分無い。 案の定咄嗟に剣の切っ先をノエルが銃口で防いだ。前足を上げて彼女に蹴りを食らわせようとする。だがその場を引き下がられた所為で空振りに 終わってしまった。地面には彼女の拳銃が残されている。 …まだお互い致命的なダメージは食らってない。先に致命的なダメージを与えたほうが勝ちなのは目に見えてるけど。 剣を強く握り直したと同時―――アシュリーがはっとなった顔を見せた。…どうかしたのか?? 見ると、ノエルとキースが顔を見合わせて呆然としている。何だ、何か合ったのか?? 「アシュリー??」 何が合ったのか、彼女に聞いた方が正確に決まっている。問い掛けると人間の姿に戻ったアシュリーが眉間に皺を寄せて呟いた。 「……音が聞こえた…。聞いた事も無い様な…何かが崩れる音」 …また崩れる音。何処かでまた何かが爆発したのか? そう思っていたがアシュリーの言葉を聞いたノエルが拳銃をホルターにしまった。アシュリーが聞いたという音、ノエル達に関連する音なのか?? 傍まで来て拳銃を拾ったノエルが溜息を吐きながら呟く。 「…しょうがないわね。今回は引くわ」 「……その‘音’と関連してる事。って事??」 「来た道を戻れば分かるんじゃない??」 そう言ったノエルが風と一緒に何処かに消えてしまった。舌打ちしたキースもまたそれを負い掛ける様に姿を消す。 …静寂。先程までの戦闘が嘘の様に場が静まり返った。 来た道を戻れば分かる。って、それはつまり――――セルシアに何か合ったって事か?? いや、でもそれなら何でノエル達が引く必要が合ったんだ?? 何にせよ胸騒ぎが止まらない。ノエル達の残した不可解な言葉、セルシアの行方――。 「…行くか?」 「行くしかないでしょ。セルシアがまだ帰ってきてないし」 一人で何処かに行ってしまったって事は流石にもう無いと思う。リネと喧嘩してた頃ならそのままふらりと何処かに行ってしまったかもしれないけ ど、今は彼女と仲直りだってしているのだ。簡単に何処かに行く様には感じれない。 となれば、こんなに長い時間セルシアが帰ってこないのは、彼の身に何かが起こったとしか考えれないのだ。 鞘に剣を収めて、5人をぐるりと見回した。疲れが出始めてるみたいだけど、走れない訳では無さそうだ。 「走るわよ!!」 声を掛けて下水道の奥に向け、踵を帰して走り出した。 どうかこの胸騒ぎが、気のせいで有ります様に――――。 BACK MAIN NEXT |