イヴ達と一旦別れてから来た道をずっと戻り続けた。歩き始めて大分時間が立つが一向に視界は拓けない。一本道だから間違っても迷うなんて事
は無いし…やっぱり‘崩れるような音’ってのは気の所為だったのか??
これ以上進んでも意味が無い気がして来たので再び踵を返した。何もない以上此処に独りで居るのは危険だ。早くイヴ達の方に戻ろう。
そう思い歩き出した所で――――。

―――‘気配’に気付いた。


*NO,73...Breakdown-決裂-*


咄嗟に後ろを振り返った。振り返った先には先程までは無かった筈の影が1つ、足元に浮かび上がっている。
暗闇の向こうから此方へと歩いてきたのは―――9年前見失った筈の‘彼’だった。

「……リト」
「……」
…呼び声に答えてくれないのは分かっている。‘本当の彼’は9年前に死んでしまったのだから、今此処に居るこいつは姿は同じであろうと全くの
別人である事も、分かっている。…けれど無意識の内に体が震えていた。
それを知ってか知らずか、無言で彼は鞘から大剣を引き抜く。…何時かこうなる運命なのは分かっていたけれど、一瞬だけ躊躇った。
このままイヴ達の方まで逃げるか?
けれどそれはまた‘過去’と逃げる事になる。9年前からずっと逃げ続けていたのに…俺はまた逃げる気か?



「…そう、だよな」

小さく、自分自身に言い聞かせる様に呟いた。
――これ以上逃げる事なんて出来ない。これは元々俺‘達’の問題だった。だからこそ俺は、



「――俺自身に、決着を付ける」


終わりにしよう。10年前に下ろされた惨劇の続きを此処で断ち切ろう。それが今の俺に唯一出来る10年前への‘罪滅ぼし’。
両手に2つの戦輪を手に持って、少しだけ瞳を閉じた。…リトが攻撃を待ってくれているのはせめてもの餞か、それとも――。

……それでも大丈夫。今度は絶対に迷わない。俺はこれ以上大切な者を失いたくないから――過去とは決別する。


だから瞳を拓いたら、それは別世界の始まり。





――目を開けたと同時、戦輪をリトの方に向け思い切り投げた。剣で戦輪を叩き落したリトが此方へ走って剣を振り下ろす。
もう1つの戦輪で大剣の切っ先を受け止めてから、リトの隣を擦り抜け地面に落ちている戦輪を拾った。
直ぐにもう一度戦輪を投げる。それをリトがかわしている間に一歩前へ出た。

「冷血な監獄、汝を閉じ込め破壊する――フリーズドライヴ!!」
炸裂した魔術がリトに向け大きな氷柱を発射する。
「天籟の紫鎚に共鳴する風――ブロフィティ」
術で防がれる事は分かっていたので、手に持っている戦輪を投げて直ぐに反撃した。
……一瞬、詠唱の声を聞いただけなのにそれだけで泣きそうになる。俺が選んだ‘選択肢’が本当に正しいのかなんて分からない。分からないか
らこそ泣きたくなる。その声はもう二度と聞ける事のない声だと想っていたから。
物思いに耽ってる内に反撃に遅れた。何時の間にか至近距離まできていたリトが相変わらず無表情に剣を振るい下ろす。咄嗟にその場を屈んで
剣の切っ先を避け、手元に戻ってきた戦輪で反撃した。
直ぐに別の攻撃が飛んでくる。その場を離れる一歩前に動いたリトが此方に術を振るい下ろした。
「――ホーリーグランド」
其れは全てを滅する光の言霊。足が少しだけ術を掠めたけれど、大した傷にはならなかった。
一度リトと距離をとって、足を止める。
…最善の力を出して戦っているつもりだ。けれどこれは100%の力ではなかった。せいぜい7割か6割くらいの力量だ。
――それはやっぱり、まだ躊躇いが残ってる所為。
正直言ってリトに攻撃を食らわせるのが、堪らなく怖かった。
そんな事言ってたら自分が殺されるのは分かっているけれど、どうしてだろう。涙が止まらない。
‘過去’と向き合うのがこれだけ辛いと想わなかった。これは9年間俺がずっと逃げ続けていた‘真実’。
だからこそこれ以上逃げることは、目を背ける事は許されない。譬えこの命が消えかけてもこの罪だけは償わなくてはいけない。

瞳を拭ってもう一度戦輪を投げた。空中で鮮やかに戦輪が弧を描く。
だがそれを寸での所でチャクラムを受け止めたリトが此方へ無表情に投げ返してきた。
それを受け止めたと同時、彼が腕を振るい下ろす。
「闇の声の旋律、御士へ手向けよ――ダークトラット」
…闇属性魔術。俺もよく使う術だから効果範囲とかは分かってる。だから咄嗟に右へ避けて術をかわした。
反撃しようとしたら、先程まで目の前に居た筈のリトの姿が無い。

「――何処を見ている?」

その声は背後から聞こえた。五感が直ぐに背後に居ると察知する。
考えるより先に体が動いていた。反射的に振り返って戦輪を前に出す。…ぎりぎりの所で大剣の切っ先を戦輪で受け止めた。
「寒獄の世界、支配するは白銀の獅子――スノーグランクル!!」
そのままリトの前に氷の術を放ってその場から引き下がる。
引き下がって一息ついた。…何時の間にか肩口から血が流れ出している。何時怪我したのかは分からないけれど傷の原因は多分リトの大剣だ。
何処かで切っ先が肩口を掠めたんだと想う。
途端に体が震え出した。俺じゃきっと勝てない。リトに向き合うのをこんなにも恐れている今の俺じゃあ――絶対に、勝てない。
生まれたのは恐怖。死ぬ事への抵抗。そして‘彼女の言葉’。
『――お願い、死なないで…』
何時か俺が彼女を庇って怪我した時。薄れ往く意識の中で、微かに彼女の言葉を聞いた。
それは祈りを紡ぐ‘星詠みの言葉’。彼女の願い。
…こんな所では死ねない。彼女は、リネはこんな俺を赦してくれた。だからこれ以上彼女を悲しませたくない。

「…こんな所じゃ、死ねない」
戒めの様に言葉に出して呟き、そして強く戦輪を握った。
リトを超えれるかどうかなんて分からない。はっきり言って勝てる自信は無い、けれど。
――全ての‘懺悔’と‘後悔’と‘戒め’を弔う為。そして‘彼女’の為にも。

此処で終わらせる事は出来ない――!!



「――冷血な監獄、汝を閉じ込め破壊する。…フリーズドライヴ!!」

勝てる自信が無くたって、最期の一瞬まで抵抗してみせる。それはリトとの決別の決意。――リネとの約束の言葉。
先程までの力を抜いて撃った術とは違って今のは本気で放った。
その威力にリトが刹那顔を顰めて後ろに引き下がる。彼はそのまま此方に再び剣を振り翳して走って来た。
戦輪で大剣を防ぎ、片方の手でもう1つの戦輪を投げる。死角から飛んでくる戦輪に気付いたリトが咄嗟に身を引いた。けれど逃がしはしない。
彼が退いたと同時、恐らく足を付くであろう場所を先読みしてもう1つの戦輪を投げた。案の定その感は当たり、彼の足元を戦輪が掠める。
顔を顰めたリトに、腕が無意識の内に振るい下ろされる。怖いモノは無い。‘守る者’が有れば、大切な‘約束’が有れば、幾らでも強くなれる。

「目覚めた漆黒が笑う深遠の闇の声――ブラッティレール!!」
漆黒の闇の中に、灰色の光が下りた。それは全てを一掃する闇の魔方陣。
彼の足元に浮かび上がった魔方陣から闇の色をした術の攻撃が降り掛かる。
「っ――ブロフィティ!!」
リトもまた本気で術を防ぎ、此方に向け大きく術を振るい下ろした。
「唸れ旋風、仇なす敵に風の猛威を――ウィンディア!!」
きっとリトも本気だ。先程とは違って風の音がより強く鳴っている。
大きく呼吸をして――寸での所で風の攻撃を避けた。それから戦輪を投げ、彼の背後に立ち回る。

「――何処見てるんだよ!!」

先程のリトと同じ言葉を吐いてやった。背後から強く握り締めた戦輪を振り下ろしたがリトに剣で防がれる。
「…それがお前の本気か?」
それは酷く落ち着いた、リトの声その物だった。喉の奥が痛むけれど涙は出てこない。
―――別に声が枯れた訳じゃない。これは決意の証だ。泣いたらきっとそれで終わりだから。
「…ああ、本気だよ…!!」
戦輪を握る手に強く力を込めると、彼の剣が少し後ろに下がった。
このまま押し続けても良かったんだが術の攻撃の心配も合ったので一旦リトから離れ、呼吸を整える。
リトもまた一瞬だけ瞳を閉じて、それから前を向いた。――それは先程までとは違う、‘殺意’の入り混じった瞳。

「なら、俺も本気で行こうか」
…そうか。リトもまだ本気出してなかったんだ。
一瞬だけ体が痙攣したけど、もう逃げたいとは想わない。全てと向き合える‘強さ’、それが俺の求めていた本当の勇気だから。
リトと呼吸が一瞬だけ合った。深呼吸をした後は、2人同時に地面を蹴る。
向かってきた大剣の切っ先に、一瞬だけ目を閉じた。脳裏で唱える、彼への祈りと、懺悔。
ごめんなさい、そして有難う。

俺は‘君’を超えて、前へ進む。



「っ―――!?」


自分でも不思議な位落ち着いていた。
大剣の切っ先を、俺は敢えて避けなかった。腹部の間から血が流れ出す。
別に死ぬ為にかわさなかった訳じゃない。これもちゃんと作戦の内。俺が彼を超える為の準備段階。


「――ブラックチェイン」

近距離で発動した闇魔術――ブラックチェインは、リトの体を雁字搦めに黒の鎖で固定した。
あの近距離で発動した術なら絶対にかわせる筈も無い。まして彼の剣はまだ俺の腹部に半分刺さったままだから、抜いてその場を避けるのには
大分秒数が掛かるはずだ。だから敢えて攻撃を避けなかった。この近距離から、確実に彼に当たる術を放つ為。





「――遥かなる願いの中に生まれし、」

ねえ、もう一度だけ君に言葉が届くなら―――。


「最果ての光の女神(シャイニング・ティアラ)」

どうか謝罪と御礼の言葉だけは、この空の上まで届けて。



…この近距離から術を放ったら、確実に彼に当たる。ブラックチェインの効果はまだ切れない。
きっとこの術が発動し終わる位まで鎖は彼の体を捕らえ続けている。


「…ありがとう。ごめんなさい――」

少しだけ微笑むとリトが薄らと笑い返してくれた。
……彼の中に入っている魂が本当にリト‘じゃなかった’のか…。そんな事今となっては分からない。分かりたくない。
唯俺は彼を超えたかった。俺の過去と決別する為に。…それだけ。



「――シャインドグロス」


こんな近距離で術を放ったら、傍に居る俺だって唯じゃ済まされない事は分かってる。分かってるが故に――術を放った。
光の魔方陣が、リトの足元を中心に浮かび上がる。
今からでも遅くない、腹部から剣を抜いて逃げる事だって出来た。
けれど逃げたくない。これは神様への挑戦だ。
もし俺がこの術を喰らって死んだなら、俺は彼女の傍に居る資格が無い人間って事だ。そうなったら天国に居るリトへ真っ先に謝りに行こう。俺の
魂は地獄に墜ちるかもしれないけど、とにかくリトにだけは謝る。謝ってからなら地獄にでも何でも行ってやる。


唯、俺が尚もこの世に生き続けていられたなら―――。










―――それは即ち、神様が俺を赦したって事で、良いですか。



やがてまもなく、発動した光の魔術が2人の体を包み込んだ―――。










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