グローバルグレイスを出るまでは誰も喋らなかった。お世辞にも何も喋れる空気じゃない。
リト・アーテルムの死、そしてセルシアのパーティー離脱…。
グローバルグレイスに潜伏してから古都を発つまでの短い期間に、色んな事が有りすぎた。
度々リネが後ろを振り返って彼の姿を探すのだが、グローバルグレイスからは誰の気配も無い。
きっとセルシアはまだ下水道に居るんだろう。…出来れば傍に居て上げたかったけれど、そうすると緑のネメシスはノエル達に奪われてしまう。
大丈夫、きっとセルシアなら帰ってきてくれる。――今はそれを信じ、道を歩き続けた。


*NO,75...もう一度、神殿へ*


「…セルシア、帰ってくるかな」
ぽつりとリネが呟いたのはアイティの丘入り口に差し掛かった時だった。――もうモンスター達は撤退したみたいだから、わざわざ裏道を使う必要
は無い。
「帰ってくるわよ」
というかそう信じるしかない。‘辛いならもう来なくて良い’何て言ってしまった物の、実際彼が居ないと戦闘も不便だし何より寂しい。
「リネは残らなくて良かったのか?」
そんな中でロアが俯く彼女に問い掛けた。地面を軽く蹴り上げたリネがぽつりと呟く。
「…やる事が残ってるでしょ」
……リネはちゃんと分かってるみたいだ。けれど本心ではセルシアの傍に居たかったに違いない。
一度後ろを振り返ってみたがやっぱり彼の姿は見えなかった。やっぱり直ぐには負いついて来ないか…。
そう思っているとレインがそっぽを向きながら言った。
「…一生帰って来ねーと思うけどなぁ。俺」
「何でよ」
問い掛けるとレインが上の空で答える。
「あんだけ辛い事が続いたんだぜ?逃げ出したくなるのが当然だって」
珍しく真面目な回答が帰ってきた。
‘逃げ出したくなる’…か。何か意味深に感じるけど、レインも昔何か合ったのか?
というか今思うとこいつの過去って謎だらけ過ぎる。unionには所属してないって言ってたけど…本当に所属して無いんだろうか。
それに大分前あたしが槍の事でかなり無神経な事言ったけど、あれは本当にもう気にしてないのか?
時々垣間見る表情が気になったりするが、問い掛けると絶対話逸らされるんだよな。
「セルシアならきっと帰ってくるよ」
そんな中でマロンが声を出して反論した。
「…立ち直るのには時間掛かりそうだったけどね」
あっさりとアシュリーが否定する。…彼女も帰ってこない派か。
レインもアシュリーもこういう時は妙に現実を見るから困る。言ってる事が正しいのには変わりないけど、リネの事ちょっとは気遣ってくれ。
現に彼女は少しだけ肩を落として溜息を吐いている。…心配、何だろうな。
「本当に良かったの?もしかしたらセルシア帰ってこないかもよ?」
念の為リネに聞いてみた。‘良くない’と言われても困るけど、後からやっぱりああしていれば良かったと自嘲された方が困る。
「……平気って言ってるでしょ。先に進まないと何も終わらないじゃない」
口を尖らせてリネが呟いた。まあリネが良いって言うなら別に良いんだけれど。

――会話をしている内に丘の頂上付近にまで差し掛かっていた。道が整備されているので裏道を使うよりずっと楽だ。
ずっと地面と睨めっこをしていたリネが顔を上げ、後ろを振り返る。…可哀想な事を言う様だけど、まだセルシアは来ないと思う。
と思っていたのも束の間。彼女が眉間に皺を寄せて踵を帰した。
「リネ?」
呼び掛けると彼女が一層険しい顔をする。誰もが沈黙する中で、リネが呟いた。
「――誰か、居る」
…誰か??
真っ先に浮かんだのはセルシアだけど、もしセルシアが帰って来たなら隠れる必要も無いしリネがこんな警戒の顔を見せる必要だってない。つまり
リネの言う‘誰か’は敵だ。
鞘に手を掛け、辺りを見回す。他のメンバーも辺りをじっと見つめていた。
だが敵は一向に姿を現さない。リネの勘違いか?余りにも長い時間この緊張が解かれないからリネに聞こうとしたその時―――。

「――ファイヤーボルト!!」
リネがいきなり茂みに向かって術を放った。思わず剣を抜いて身構える。
術が目的に向け放たれたと同時、茂みから何かが飛び出してきてくるりと一周身を翻す。
「へえーびっくり。そんな小さな子なのに分かっちゃったんだ」
飛び出して来たのは見覚えのある女だった。――最初に会ったのも最後に会ったのも、多分VONOS DISE本部だ。セルシアが居なくて良かったと
今だけ思ってしまう。
「…リコリス」
あのウルフドールの男が、記憶の中で女をそう呼んでいた。それだけはやけに鮮明に覚えている。
片手に持った斧を少しだけ振り回した彼女がきょとんとした顔になった。
「あれ、名前教えたっけ?」
――当たり、みたいだ。
間違いない。セルシアのトラウマになっているであろう人物の1人。VONOS DISEを壊滅させた2人組の1人。リコリスが其処には立っていた。

「何しに来たんだよ」
一歩前に出てロアが問い掛ける。彼女を睨みつけながらも辺りを少しだけ見回した。
この女が隠れてたって事はあのウルフドールの男――フェンネルも何処かに潜んでる可能性が高い。少しだけリネの方を振り返るが彼女は首を横
に振る。…どうやら彼女以外の気配は見当たらないみたいだ。
警戒の中で無邪気に笑った彼女がロアの問いに答えた。
「別に?何しに来たって訳じゃないよ。唯ノエル達の様子を見に行こうと思ったら貴方達が居ただけ」
「ノエル達ならもう神殿でしょ」
「ああそうなの?知らなかった」
彼女はそう言って相変わらず無邪気に笑う。…戦闘しに来た訳では無いのか?だが油断は出来ない。
リコリスは此方を見回してそれからまた不思議そうな顔をした。
「あの子居ないんだ?VONOS DISE副リーダーの子」
――多分、いや絶対セルシアの事だ。
「関係無いでしょ」
リコリスの言葉にリネが答えた。彼女としてはセルシアの事を口出しされるのは腹が立つのだろう。
だが女は言葉をやめない。首を傾げつつ声を投げた。
「もしかして死なれちゃった?大分ショック受けてた見たいだし」
「関係無いって言ってるでしょっ!!」
リネが声を荒げた。よっぽど怒っているみたいだ。そろそろ彼女を抑制しないと何か余計な事まで喋ってしまいそうだな…。リネの肩に手を置くと彼
女が此方を睨んでくる。苦笑して耳元に囁いた。
「セルシアの言われてムカつくのは分かるけど、居場所まで言わないでよ?今セルシア独りだし、見に行かれでもしたら困る」
「…そんなの分かってるわよ」
怒った顔をしてリネが答えるが…本当に分かったんだろうな??
そんな様子を見てリコリスが笑う。
「じゃあ何処に居るの?もしかして―――」
彼女の指が、丘の先を指す。その方向の先は――。


「あそこに居たりする?」


――グローバルグレイス。






「……さあね?」
彼の場所がバレたらまずい。今独りで居る訳だし、リコリスと遭遇したりなんかしたら今度こそ彼が殺される。
冷や汗を掻きながら答えをはぐらかすと彼女が妖しい笑顔を浮かべた。
「やっぱりグローバルグレイスなんだ」
「誰もそんな事言って無いんだけど?」
「だって貴方達一瞬強張った顔したじゃない。つまり居るって事よね?」
…そんな所まで見られていたのか。思ったより洞察力が強すぎる、思わず唇を噛み締めた。
「まああの子は如何でも良いんだけどね」
だが返ってきた返事は意外な言葉だった。もうセルシアの事はどうだって良いのか?いまいちよく分からない。
彼女はにこりと笑って、踵を返し歩き出す。
「今日は争う気無いし、私帰るね」
彼女はまた斧を振り回しつつ丘を下りて行った。…いったい何だったんだ。
本当にノエル達の様子を伺いに来ただけなのか?それともあたし達を監視していたのか―――…。
よく分からないけれど、とんだロスだ。早く神殿に向かわないと。

「ちょっと走るわよ!」
声を掛けると仲間が呆然としつつも頷いた。…まあ戦闘にならなかっただけラッキーと言えばラッキーだ。リコリスの実力は壊滅した本部で十分理
解出来てるし、フェンネルが居ないからと言っても油断は出来ない相手だった。
鞘に剣を収めて走り出す。とにかく急がないと。ノエル達がグローバルグレイスを発ってもう何時間かは経つのだ。はっきり言ってかなり危ない。
遠くの空を見上げると、少しだけ雲り始めていた。



* * *


丘を越え町を過ぎ砂漠を走って――夕方になる頃にやっと神殿まで辿り着いた。何時間で此処まで来れたか分からないけど、とにかく急がない
と。息を整えてミツルギ神殿内に足を踏み入れる。
道は大体なら覚えてる。そこまで複雑なルートじゃ無かったし、曲がる場所さえ間違えなければ…。そう思い神殿内に足を踏み入れる。
神殿内には既に誰かが入った跡が残っていた。2人分の足跡。多分ノエルとキース。やっぱりもう辿り着いていたか。
と言ってもさっき走ったばっかりでとても走れる状態じゃないので、なるべき早歩きで内部を進む。
「にしても…ホントに来ないな、セルシアの奴」
先頭を歩く中、隣に居るロアが苦い顔をして答えた。
確かに、もし歩き出しているならもう追いついても良い頃だと思うけど…やっぱりセルシアはもう自分達の所に戻って来てくれないんだろうか。
「セルシアなら絶対に帰ってくるわよ。あいつは途中で投げ出す様な男じゃない」
後ろを走るリネから声が返ってくる。だが彼女の言葉を横のレインが苦笑して言った。
「いや、思い切り投げ出してただろ。‘もう無理’って言って」
「……煩い」
彼女がレインをキツく睨んだが、何時もの様に殴りかかったりとかはしなかった。…彼女も薄々レインの言葉に肯定しているのかもしれない。
やっぱり石を回収したらもう一度グローバルグレイスに戻ってみようか。まだセルシアが居る様なら…。
そう思っていると何時の間にか祭壇のある部屋の前まで到達した。前みたいな冷気が消えてる所為で気付かなかった。
真っ先に扉を開けて中に入る。

「遅かったわね」
――正常に戻ったグレミス水を渡った向こう。祭壇の前で緑のネメシスを持ったノエルとキースが笑っていた。










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