その姿を見てリネが大きく舌打ちした。…やっぱり間に合わなかったか!!
此方がノエル達言葉を投げるより早く、リネが水面の中を走り出す。
…行動だけは早いんだから。少しだけ溜息を吐いてから彼女を追い掛け水の中を走った。
一足先に祭壇上――ノエルとキースの目の前――に辿り着いた彼女が腕を振り上げ、振るい下ろす。
「――ファイヤーボルト!!」
放たれた彼女の術が鮮やかに魔方陣を描いてノエルとキースに攻撃を仕掛けた。


*NO,76...緑のネメシス*


軽々とリネの術をかわしたノエルとキースがそれぞれの武器を取り出して妖しく笑う。
「緑のネメシスが欲しいなら取り返してみなさいよ」
そして祭壇上に辿り着いたばかりのイヴ達に向け銃弾を乱射した。何とかそれをかわして此方も武器を抜く。
リネに向け鎖鎌を投げつけるキースの攻撃を防いで、魔弾球の残りをキースに投げつけた。
祭壇上は足場が狭いから戦いにくい。水に足を漬ければ良いだけの話だけど…電気系の術を流されたりしたら危険だ。だから迂闊に水の中に足
は漬けれない。
「唸れ旋風、仇なす敵に風の猛威を――ウィンディア!!」
リネはというと躊躇う事無く術を2人に向けて振るい続ける。風刃をかわしたキースに、更にマロンが弓を射った。
しかしそれさえもかわされてしまい、気付いた時には目の前には口元を吊り上げたキースが居る。拙いと思って直ぐに体を引っ込めた。直ぐ後にロ
アが前に出て双剣でキースの体術を受け止める。…やっぱりキースの動きが速い。どうにか足止めできる術が有れば良いんだけど…生憎闇属性
を使用できるセルシアが居ない。となれば、


「アシュリー。敵の動きを封じる術って無い?」
彼女に頼るしかない。一旦アシュリーの傍に行って彼女に問い掛けた。
「…短い時間で良いなら、何とかなるかも」
頷いた彼女が一歩下がって詠唱を始める。…短時間でもキースの動きが封じれれば十分だ。とにかく今はアシュリーへの攻撃を防ぐ事にしよう。
「レイン!アシュリー達のサポートに回って!!」
「また俺サポート係ー?」
こんな時まで陽気な声を上げるレインだが、こいつもなかなか動きが速い。ノエルが発砲して来た銃弾をかわしてマロン達の方まで楽々と戻ってき
た。3人はレインに任せて置こう。そう思い地面を強く蹴り上げる。
出来るだけノエルの死角に回って剣を振るい下ろした。力強く振るい下ろしたつもりだが銃口であっさりと防がれ、もう片方の銃口が此方に向け鋭
い弾を発砲した。咄嗟に避けたつもりだけど頬に銃弾が掠った。血が流れてきたが悪魔でも掠っただけなのでまだ平気だ。
マロンが2度目の弓を射る頃に、リネもまた腕を大きく振るい下ろした。
「我が凌駕し、破断するは雷撃の宴――バーストライボルト!!」
――多分ノエルの足が水の中に浸かってるのに気付いたからその術を選んだのだろう。振るい下ろされたリネの術が彼女に向け牙を向く。
彼女も咄嗟にかわした気で居たみたいだが足に水が浸かっているので感電してその場に軽くよろめいた。
その隙にマロンがノエルに向け強く弓を引く。同時に自分も剣を振るい下ろした。
絶対に致命傷を与えれたと思ったのだが思ったより彼女は平然としている。…直ぐに気付いた。咄嗟に魔術で防がれたんだ。くそう、思い切り舌打
ちをした。

「イヴ!!」
「イヴっちー!!」
と同時、ロアとレインの2人から驚きと焦りの叫びが聞こえてくる。自分が攻撃の対象にされているのは直ぐに気付いたのでその場を直ぐ離れた。
その直ぐ後に上からキースが降ってくる。…一体何処から現れたんだ。この男本当に身軽すぎだろ。溜息を吐きつつキースの蹴りをかわして剣を
振るい下ろした。ロアが直ぐにこっちに向かってくる。そして発砲寸前のノエルの前に立ちふさがった。ノエルの方はとりあえずロアに任せとこう。
「――」
そんな中でアシュリーの声が止まった。…詠唱、完成したのだろうか。彼女の詠唱が終わった事を信じて一旦キースから離れる。
案の定彼女の術は完成した模様で、直ぐにアシュリーがキースに向け術を振るった。
「――Restrain」
言霊が呟かれたと同時、キースの足元から草木の蔓の様な物が生えて彼の足をがっちりと捕らえた。…滅茶苦茶威力高いじゃないか。何処が
「何とななる」だ。何とでもなってるぞ。
アシュリーに心の中で突っ込みを入れつつ、キースに向け剣を振るい下ろす。だが鎖鎌の刃先できっちりと受け止められた。それから直ぐに拳が
飛んで来る。一瞬の事過ぎてかわす時間が無かった。肋骨辺りを思い切り殴られ、後ろによろめく。
「全てを焼き払い凪ぎけ、地獄の業火よ――デスブラッシャー!!」
キースからの二撃目が来る前にリネが庇ってくれた。一旦マロン達の方に戻って体制を立て直す。
「平気なの?」
「ありがと、平気よ」
リネの言葉に笑顔で返してから、もう一度剣を強く握って地面を蹴り上げた。
途中ノエルの方から銃弾が飛んでくる。走っていたので何とかかわせた。
やっぱり2対6でも力量差は大きい。向こうは相当強い訳だ。6人で闘っているので寧ろこっちが押されている気がする。――せめてセルシアが居
てくれれば…。
居ない奴の事思っても仕方ないと自分自身を叱り付けながら、キースともう一度刃を合わせる。
既にアシュリーの放った術―Restrainの効果は切れていた。彼は巧みに足を上げ此方に前蹴りを突き出して来る。
その場をしゃがんでかわしてから剣を振るい下ろした。だがやっぱりあっさりとかわされ、再び拳が突き出される。今度はギリギリの所でかわした
が今の突きは絶対鎖骨辺りを狙ってた。…折られたりでもしたら大変な事になりそうだな。苦笑していると横からレインがやって来てキースに向け
槍を突き出す。

「イヴっちー!ロアの方が危ないから援護してきてー!」
「…分かった。ありがと!!」
正直キースと1対1でやりあっても勝てる気がしない。向こうの力量が半端無いのだ。素手でさえ凶器になっている男に何て想定勝てる筈も無い。
しょうがないから此処は同じ体術系を得意としてるレインに任せよう。そう思いロアの方に戻る。
すかさずノエルが銃弾を放ってきた。それを何とかかわしてロアの右側から剣を振るい下ろす。…予想はしていたが銃口でやっぱり受け止められ
てしまった。
「目覚めた漆黒が笑う深遠の闇の声――ブラッティレール」
放たれた闇魔術にロアと2人で吹っ飛ばされる。直ぐに立ち上がったがノエルは既に銃弾を発砲していた。だが自分とロアに向けてじゃない。標的
はキースと争ってるレインと――後ろで援護をしてるリネの2人だ。2つの銃口が2人を見事に捕らえていた。
「リネ!!レイン!!!」
声を掛けて忠告をする。レインの方は直ぐに気付いて銃弾をかわしたがリネの方は詠唱をしていたから反応に遅れた。彼女の肩口から一瞬の内に
血が流れ出す。…リネが軽く舌打ちをして左肩を押さえつけた。其処まで出血はしてないと思うけど…大丈夫か??
マロンが慌ててリネの傍に走り寄ってくる。彼女がリネの回復に回っているから多分大丈夫だ。
「――Insanity」
攻撃の被害をギリギリ受けなかったアシュリーが、ノエルに向け術を打った。
軽いステップでそれをかわしたノエルが再び銃口を此方に向けてくる。今度は自分達とアシュリーだ。アシュリーもあたしも狙われてる事に直ぐに
気付いたから寸での状態で銃弾をかわした。
そんな中で後ろに下がっていたマロンとリネが立ち上がる。回復は終わったみたいだ。彼女の傷は綺麗に塞がっている。…良かった。
安堵して魔弾球をノエルに投げつけた。煙が立ち篭る間にロアと目で合図してそれぞれノエルの左右に回り込む。
これならいけると思ったがやっぱりそう上手くはいかなかった。
「――天籟の紫鎚に共鳴する風。ブロフィティ」
風属性の術であっさりと此方の攻撃を弾き返し、更にすかさず銃弾の弾を入れかえ左右に乱射して来た。
かわした気でいたがロアが右腕を負傷して、自分は足を軽く掠める。
唯膝を付く訳にはいかなかったので痛みを堪えて一旦ノエルから離れた。ロアの方も彼女から離れた場所で傷口を押さえて舌打ちをしている。
「――イグベッション!!」
ノエルが次の攻撃を放つ前にリネが先に出た。指先をぴんと伸ばして振るい下ろされた術は紫の魔方陣を作り出しノエルの足元に展開させる。
そして発動された雷撃にノエルも一瞬呆然としていたが直ぐにその場を離れ再び銃弾を発砲し始めた。
…ところでレインの方はまだ大丈夫か??
乱射される銃弾をかわしつつ、横目にレインとキースを見る。キースもレインもまだまだ余裕そうだが正直レインの顔が少し引きつってる様にも見え
る。…疲れが出て来たみたいだ。此処までほぼ走って来て、その後直ぐに戦闘だったから皆がばてるのも無理は無い。
唯此処で負ける訳にはいかないのだ。まだネメシスの石はノエル達の手の内のままだ。
緑のネメシスまで奪われたら洒落にならない。何が何でも取り返す!!
捨て身でノエルの傍まで走り寄る。銃弾が思い切り腕に当たったが気にせずに走ってノエルに掴みかかろうと指を伸ばした。
ただ指先は虚空を掴んだだけで、空を切る空しい音だけが響く。ノエルは気付くと遠くまで移動してまた銃の乱射を始めていた。
「断罪を断ちし赤の女王――レソビューション」
リネの傍で詠唱していたマロンが無属性魔術をキースに向けて打ち放つ。だがやっぱりキースの動きが桁外れに速いのでかわされてしまった。
瞬きをもう一度する頃には男はレインに向かって大きく回し蹴りを突き出している。ほんの一瞬だけ反応が遅れたレインが腹に思い切り前蹴りをくら
って一瞬顰め面をした。だが直ぐにキースに反抗しようと拳を男へ突き出す。
唯彼もやっぱり疲れている所為か寸での所でかわされ更にキースが振るい下ろした鎖鎌の餌食になった。肩口から思い切り血が溢れ出す。あれ
…あたしより重症っぽいぞ。
肩を押さえ一旦身を引いたレインの代わりに、ロアがキースの対峙に出た。マロンがレインの傍まで走りよって肩口に回復術を掛ける。
鎖鎌の切っ先が半分くらい食い込んでたから相当貫通してる筈だ。…平気だろうか。
心配だったが他人の心配をして自分がやられてたら笑い事じゃ済まされない。ノエルと向き合ってもう一度剣を振るい下ろした。
一歩、二歩と足を下げて攻撃をかわしたノエルが直ぐに銃を此方に向ける。弾を剣で防いで何度も切り掛かった。
…全員もう限界に近い筈だ。グローバルグレイスから此処まで早足だったり走ったりだったし、神殿の奥ではいきなり戦う事になるし……。
何かこのままだとネメシスの石を取り戻す所か、此処で6人仲良く死亡な気がして来た。
縁起でもない事だと自分でも思うが、何せノエル達はBLACK SHINEを束ねる幹部の一員。強いのだって当たり前。
その2人にたった6人で挑んでるんだから、ある意味勇士だけど。
――せめてもう1人だけ、力が欲しい。中衛型で敵の動きを防御する事に長けている、彼がせめていれば―――。
一瞬目を閉じてセルシアの名前を呼んだ。
まあ名前を呼んだって彼が来る筈無いって事ぐらいは自分でも何となく分かってるけど。
そんな余計なことを考えていた所為で銃弾が再び肩口を掠める。同じ場所に二回当たった所為で肩がかなり痛み出した。右肩が上がらない。…も
う右じゃ剣は振るえないな。小さく唇を噛み締めて、剣を左に持ち変える。左でも闘えない事は無いんだがやっぱり左の方が剣の振りは下手だ。

「精練されし聖なる水よ――グラストアクア!!」
リネが術を此方に放ってノエルの攻撃から庇ってくれた。その隙に体制をもう一度立て直し、少しだけ深呼吸をする。とにかくまずは気持ちを落ち着
けよう。もう一度気合を入れなおして、ノエルと対峙しなくては。
リネの術が消える前に大きく祭壇の地面の蹴り上げる。そしてノエルに向け懇親の力で剣を振るい下ろした。
「っ――」
小さく唇を噛み締めたノエルが咄嗟に銃口を前に出し銃先で剣の切っ先を受け止める。
「――Breath」
直ぐにアシュリーが反撃の為ノエルに術を振るった。寸での所で避けられた様に見えたが掠めはしたらしく彼女が腕を押さえて苦い顔をしている。
もう少し押せば微差さもしれないが勝てるか…?やっと勝てる希望が見えてきた。
のも束の間。後ろの方から悲鳴が聞こえて振り返る。
「――リネ!」
後衛の中で最も威力の高い術を持っているのはリネだ。だから後衛の中では彼女が狙われやすい。
現にリネがキースの放たれた鎖鎌に足を拘束され鎖から抜けだそうとじたばたしている。其処にキースが俊足でやって来てリネに思い切り蹴りを
入れた。かわす余興も無く、回し蹴りを腹に食らったリネが痛みでその場に座り込む。
「リネ!!」
叫んでから目でマロンを探した。だがマロンはまだレインの回復に回っている。…駄目だ、マロンもレインもまだ当分動けない。
ロアも剣を支えにして何とか立ってる状況だ。キースの攻撃を上手くブロック出来なかったのか腕の傷が酷くなっている。
まともに動けるのはあたしとアシュリーだけ…ってこれかなりヤバくないか??
焦りと不安を感じた―――その瞬間。
















「――ホワイトグレイシス」


――聞き覚えのある声が、耳に届いた。
今の、光の上級魔術だ。…ノエルとキースの2人に向け光の裁きが降り注ぐ。

キースは魔術を使えない。
この中で術を使える3人――ノエルとリネ、マロンは光属性の術を習得していない。
そう。光属性の術を使える人間は――――1人。




「……随分、遅かったじゃない…?」
「…待たせてごめん。全部吹っ切れた――」

イヴの言葉に遠くでチャクラムを握る男――セルシアが、力強く笑った。










BACK  MAIN  NEXT