マファーラ洞窟を抜けた所で日が暮れ掛けていたので、洞窟付近で野宿の支度に入った。
夜中の見張り当番は本来ならセルシア何だけど…リネとディスクのデータを修復するのに忙しいみたいなので、代わりに自分が見張り番をする事
にした。2人は多分その内寝ちゃうだろうし。
先に眠ってしまったマロン達を挟んだ向こう側で、セルシアとリネがパソコンを除きながら色々と操作をしている。…データ、戻るんだろうか。
それにしても本当に謎だ。誰が何の為にVONOS DISEのデータを消したんだ?それ以前にどうやってデータを消去したのだろう。
じっと2人の姿を見ていると不意に背後に人気を感じて振り返った。


*NO,80...輪廻*


「よーっすイヴっちー」
「…あんたまだ寝てなかったの?」
後ろに居たのはレインだった。眠くないのか何なのか、とりあえずレインはぴんぴんしている。
元気なら見張り番代われよと心の中で悪態を吐いた。そんな事を知ってか知らずか、レインが隣に腰を下ろしてくる。
「リネっち達の様子見てきたんだけどさ、」
…ああ、そういう事か。つまりさっきまでレインも2人の手伝いをしていたという事だろう。レインて偶に冴えてるからな。
「どうだったの?データ、直りそう?」
問いかけるとレインが首を軽く捻る。…難しい顔をしている所から、データの復興は絶望的だろう。元々消されたデータを修復するという作業自体が
無理難題だから仕方ない気もするが。
「まあセルシアもリネっちも、もうちょっと頑張るとは言ってたけどね」
「…ふうん」
セルシアとリネの方を見ると、2人は未だ画面を見ながら何か難しそうな事を話している。
…データの修復をしてくれているのは嬉しいけれど、夜も大分更けてきたし2人もそろそろ寝た方が良いんじゃ?現にやる事を無くしたロアやマロ
ン、アシュリーは既に毛布を出して就寝中だ。レインもてっきり寝ていると思っていたんだけど…。

「…ねえ、レイン」
「んー?何?」
まあ何にせよ丁度好い機会だ。今なら周りは誰も居ないし、どうせならここらで聞いておこう。
セルシアはもう口を割ったんだから、次はコイツの番だ。
「あんたあたし達に何か隠してるわよね?」
「…何で?」
少しだけ驚いた顔をしてレインが問い掛けてくる。絶対何か隠してるという予感は薄々感じていた。
前から思っていたけれどレインは色々と謎が多過ぎだ。自分の事はなかなか話さないからいまいち掴み所が無いのだ。
セルシアもちょっと前までは色々隠してたけれど、全て打ち明けてくれた。10年前の事件の真相。そして9年前の惨劇も。

「…セルシアには本当の事を吐かせるだけ吐かせて、自分は真実を隠して逃げるなんてズルい事。あたしは許さないわよ」
言葉を投げるとレインが苦笑する。
「……別に俺、何も隠してないよ?そりゃ自分の事はあんま話さないけどさあ」
「隠してない?じゃあ聞くけれど――あんたあの槍は本当に良いの?ってか第一家族とか居ないの?あたし達に着いて来てくれてるけど…こんな
所ぶらぶらしてて大丈夫な訳?」
思ってた疑問を全部レインにぶつけてみた。するとレインの表情が一瞬だけ曇った顔になる。…やっぱり何か隠してるな。それがどんな事情なのか
は分からないけれど、とにかくレインは何か重大な事を隠している。そんな気がする。

「…槍の事は、ホントにどーでも良いよ。あれ、彼女から貰った物なんだけどね」
「……あんた彼女居たの?」
初耳だ。まさかこんな馬鹿丸出しの男の傍に好きで居る女が居るなんて思いもしなかった。
…って、彼女から貰った物ならやっぱり大事な物何じゃない。あの時あたしが言った言葉、やっぱりかなり無神経だったな。改めて反省する。
「んー…。居たは居たけど……もう別れちゃったから、俺には必要ない物って事」
「あんたがぶらぶらと出歩いてるから愛想尽かしちゃったんじゃないの?その彼女」
「昔の俺は真面目だったっつーの」
レインがまたもや苦笑した。
…セルシアがよくやってるから、分かる。それは口元が引きつった、‘上辺だけの笑い’だった。
これ以上槍の事を聞くとかなりプライベートな話になりそうだから止めておこう。
‘彼女’についてもあんまり聞いて欲しくないみたいだし……、まあ口を割ってくれただけでも良しだな。
「じゃあ家族は?」
引きつった笑顔を浮かべていたレインの唇から――笑顔が消える。…これが一番聞いてはいけなかった事の様だ。
「…ごめんイヴっち。あんまりそれ聞いて欲しくない」
レインはそう言ってそっぽを向いてしまった。どうやらかなり禁句だった様だ。…‘家族’……か。昔家族と何か合ったのか?
これ以上の詮索は不可能そうだから、言葉に詰まる。
…何か、一気に気まずい雰囲気になってしまった。あんな質問するんじゃなかったと自分で自分を責めているとレインが突如後ろを振り向く。

「ま、気が向いたら話すって。そんな大した事じゃねえしな」
既にレインの表情は普段通りに戻っていた。先ほどの曇り顔が嘘の様だ。…何だったんだ、あれは。
とりあえず気にしてない様なので良かった。安堵の溜息を零しつつ頷く。
「俺もう一回リネっち達の方見てくるわー。見張りお疲れ」
レインはそう言ってその場を立ち上がり、逃げる様に何処かに去っていった。
…レインが立ち去ってから気付く。アイツ、最後の質問だけすっとばして行きやがったな。
もう一度、今度は深い溜息を吐く。
そして遠くに居るセルシアとリネに近付くレインの3人を眼を凝らして見つめていた。暫くじっと見つめていると何か感に触る事を言われたらしいリネ
がレインの頭を思い切り殴っていた。…変な事言ったらリネに殴られる事ぐらい好い加減学習しなさいよ。
溜息を吐いて不意に後ろを振り返ると―――。



「っ――?!」

…ちょっと――所かかなりびびった。何時の間にか後ろには少女が立っている。
だがそれはリネでも無ければマロン達でも無く―――。此処に居る筈の無い少女。



「…ヘレン」
「今晩は」
彼女は相変わらず穏やかな笑顔で笑った。
…流石に此処で出会うのは可笑しすぎる。街の中で出会うならまだしも、何故こんな所で遭遇するんだ?これはもう後を付けられて居たとしか考え
れないけど…。こんな少女が自分達の後を追う理由が分からない。
「何で此処に居るのよ。偶々なんて事、有り得ないわよね?」
問いかけると少しだけ悩んだ顔を見せた彼女がやがて表情を戻して再び微笑む。

「じゃあ、内緒」
それは酷く落ち着いた声だった。…同時に、言葉を失ってしまう。
内緒って…最初から真面目に答える気は無かったって事か。
レインもレインで不思議な所が多いけど、この少女もこの少女で不思議な所が在り過ぎだ。何で黒のネメシスを持っていたんだ?っていうかセルシ
アとリトの過去について、何か知っているのか…?
第一、そのレインとは何か関係が有るのだろうか?
――前に宿屋で黒のネメシスを拾ったヘレンの事を軽く話した時、あたしはヘレンの特徴を何も言ってないのに、少女に会ってない筈のレインがぴ
たりと言い当てた。それってつまり2人に面識が有るって事よね?
…もしかしてヘレンが自分達を追いかけてくるのは、レインと何か関係が有るのだろうか。
レインには結局へレンの事も聞けず終いだった。気まずい雰囲気になってしまったし、彼が逃げる様に立ち去ってしまったからだ。

「…あんた、レインと面識有るの?」

となるとこっちに聞くしかない。
問いかけるとヘレンが少しだけ小首を傾げて――同様に笑った。



「有るよ」



―――やっぱり、そうだ。
あっさりと肯定され肩の力が降りた。同時にレインとの関係の疑惑が上がって来る。面識が有るって…何時、何処で?

「…あんたとレインってどういう仲?」

問い掛けると表情を崩す事なくヘレンは言葉を続けた。

「それも内緒。…きっと何時か分かる筈だから」


…何時か分かる??
こっちが首を傾げるとヘレンが無邪気に笑う。
よく意味が分からないけれどその内どっちかが口を割って話してくれるって事で良いのか?
とりあえずレインとの関係はこれ以上問い詰めても無駄そうだ。きっとまた他の言葉でかわされるに決まっている。仕方ないから別の質問をぶつけ
て見た。

「…あんたがあたし達を追い回すのは、レインが居るから?」

「うーん…。半分正解かな」

半分。って事はもう半分は別の理由か。こっちもよく意味の分からない回答だが…まあとりあえずレインが絡んでいるのは良く分かった。
恐らくヘレンが今まで自分達にアドバイスを続けているのは――レインが居るから、じゃ無いだろうか。多分だけどヘレンとレインはそれなりに仲の
良い関係の筈だ。何故直接レインと話をしないかはいまいち分からないけれど、とりあえずそういう事だろう。
踵を返した彼女が振り返りながら此方に微笑む。

「気をつけてね。――‘牙を向く者’は、直ぐ傍まで近付いてきてる。
足音を立て正面から近付いて剣を向ける‘憎しみ’の人間と、足音も無くゆっくりと近付いてきて喉を掻き破る‘償い’の人間……。
――2人の存在が、お姉さんの事を狙っているから」


…牙を向く者。前に船の上で会った時にもその言葉を聞いた。
それに‘憎しみの人間’と‘償いの人間’??一体どういう事なんだ。…自分が狙われている??
首を傾げている間にヘレンは何処かへと消えてしまった。





…結局、ヘレンは何が言いたかったんだ??
レインとの繋がりも不特定のままだし…よく分からない。
新たな謎が増えて、余計に頭を抱えるだけだった。やっぱりレインに全部押し付けて先に寝ておけば良かったのかも。

…にしてもヘレンのさっきの言葉。――‘憎む人間’と‘償う人間’が気になる。
嘘かもしれないし、あんな少女の言葉じゃ信じても意味無いかもしれないけど……ヘレンの言葉は何時も確信を突いているから信じるを得ざない
のだ。

一体ヘレンは誰の事を指し示していたんだ??
あたしが2人の人間に狙われていると言うのは分かった。けれど狙っている2人の人間が誰なのか、それがよく分からない。
……ヘレンの消えた方向を見て、深い溜息を吐いた。










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