アシュリーのあの時の言葉。出来れば間違っていて欲しかった。
あたしのcross*unionの牢屋に幽閉されて居た時考えた仮説も、違っていて欲しかった!!
――本当は何処かで気付いていたけれど、信じたくなかった。だから今のこの状況も、呆然としたまま動けずに居る。
「もう一度…同じ質問をするわ」
唯一人、アシュリーが鋭い目を‘彼’に向けていた。

「貴方、何者なの?」


*NO,94...BLOOD LIGHT-裏切り-*


何が愉快なのだろう。色の無い目で笑ったレインがアシュリーの方を観る。
「俺?ああ、俺か。じゃあ今度こそ答えてやるよ」
そう言った彼が再び指先を此方に向けた。――次の攻撃が来る。…分かっているのに動けなかった。

「俺は――BLACK SHINE幹部だ」
皮肉の笑みを浮かべて叫んだ彼が素早く腕を振り下ろした。
――フリーズドライヴ…、氷の初期魔術だ。初期魔術の中でも威力の高い部類に入ると思う。
「イヴ!!」
傍に居たセルシアがあたしを突き飛ばして倒れて来た。直ぐ後に氷の初期魔術が頭上を掠めていく。…狙われていたのはあたしだったみたいだ。
未だに状況が頭に追いつかない。
あたし達はBLACK SHINE本部に来た。本部に来て――レインが、あたし達を裏切った…。
ううん、きっと最初から彼はBLACK SHINEの人間だった。
だってあの時――クライステリア・第一神殿。あの時にもうその‘ヒント’は落ちていた……。
よく考えれば気付く筈だったのに、あたしはそれを見落としていたんだ。…いや、敢えて見逃していた。信じたくなかったから。

――クライステリア・第一神殿に行った時。当時はあたしとロア、マロン、レインの4人しか居なかった。
その中であたしとロアがノエルに気絶させられた。マロンはリトにやられた。
けれど――レインはあの時、ずっと起きてた。
あの時のあたしはてっきりあたしが気絶した後にレインも気絶させられたんだと思ってたけど……。そうじゃない。

気絶させる‘必要が無かった’んだ。
だって彼は――はじめからノエル達の仲間だったから。だから……わざわざ気絶させる必要なんて無かった……。
その不信感にあたしは気付いたのに、cross*unionの地下にある牢獄で色々考えたとき――それを見落としている事に気付いたのに。

それを、無視した。
その代償が――きっとこれ。

「抵抗しないと殺られるぜ?」
鼻歌を歌う様に無邪気で残虐な笑顔を浮かべたレインが、再び此方に指を振り下ろした。――また魔術だ。
今度の標的はリネらしい。呆然としたまま動けない彼女を咄嗟に傍に居たマロンが庇って、先程のあたしとセルシア同様2人そろって床に倒れた。
「シャインドグロス」
それでもレインの攻撃は止まない。後衛の2人が一番倒しやすいと睨んでいるのだろう。更に高位な術が飛ぶ。
2人共地面に倒れているから直ぐに体制が整えれない。逃げれずに互いに目を瞑った2人への攻撃を――合間に飛び入ったセルシアが同じ光の
術で弾き返した。

「セルシア…っ!!」

「馬鹿!何してる!!――俺達が殺られるぞ!!」

…セルシアの言う事は最もだ。‘レインは敵’。ちゃんと対峙しないといけない。いけないのに―――。
……仲間だった人間と対峙する事がこんなに怖いなんて、思わなかった。

セルシアの言葉を聞いて――同様にロアとアシュリーがその場を立ち上がる。
「やっと殺る気になったか?」
相変わらず残忍な笑顔を浮かべる彼が、再び此方に腕を振るい下ろした。
――グラストアクア…。水の初期魔術だ。
直感で理解した、レインも‘術の天才’だ――…。唯それを隠していただけだったんだ。
あたしに向けられた術をロアが誘導してくれたお陰で何とかかわしきる。
「レインが強い事ぐらい分かってるだろ!!戦わないと…俺達が死ぬぞ?!」
ロアに説教されたけれど…まだ剣を向ける気にはなれなかった。
だって、さっきまで確かに一緒に居た筈なのに。行き成り敵になって殺し合って――…。
……そんなの、あたしには絶対無理…。
だってレインは…最初からあたし達の事助けてくれた。最初に会った時だって道の分からないあたし達に道を教えてくれて、それからも度々助けら
れて……今朝だって!マロンに掛かった封呪を解呪してくれた……。

…それを何時の間にか口に出していたみたいで、思い切りロアに頬を叩かれた。頬より心が痛い…。
「――目、覚ませ。レインはもう……敵だ」
ロアがそう言って眉間に皺を寄せて目を閉じる。…きっとロアだって辛いに違いない。ううん、6人全員が辛いって思ってる……。
…あたしだけ座ってる訳には行かない。そんな事分かってるけど体が思うように動かない…。
「……何で…」
再び術を振り下ろそうとするレインに――マロンがぽつりと呟いた。

「何で…こんな事に…?」

…それはあたしだって聞きたい。けれどレインはきっとその問いに返してくれない…。
――と思ってたけど、意外と彼は皮肉の笑みを浮かべて答えてくれた。

「教えてやろうか」

そう言った彼が一旦指先を下ろした。…仲間だったあたし達へのせめてもの誼って事か、…それともあたし達が攻撃出来ない事を知ってか…。
レインは皮肉めいた笑みを浮かべたまま、一度下ろした指先を伸ばし…。







「お前の所為だ。セルシア」




…セルシアを、指差した。







…どうして、セルシア??
指差された彼自身も呆然としたまま動けないで居る。…思い当たる節が一つも無いのだろう。

「セルシアが…アンタに何したって言うのよ!!」

マロンに傍に居るリネが涙目で男に叫んだ。誰だってきっとそう思ってる。
セルシアは確かにリネと喧嘩した。リトの事を隠してたから――。
けれど、レインには何もしていない。…彼等は時々喧嘩をしている事も合ったけど、セルシアが何かをしたって素振りは一度も無かった。

――リネの言葉を聞いたレインの表情が一変する。
それは憎しみと憎悪の篭った瞳だった。


「てめぇが自分で言ったんだろうが!!!」

そう言ってレインは強くセルシアを睨んだ。
――セルシアが、自分で言った…。


…それって、一つしか無い。
彼の背負う罪。それはつまり――――。











「せっかくだから教えてあげるわ」

未だ螺旋階段に座ったまま、動く気配の無いのノエルが口を挟む。
彼女は呆然とするあたし達に――とんでもない言葉を放ってきた。














「あたしとレインも、グローバルグレイスが故郷なの」






…ああ…やっぱりそうか。セルシアの表情が真っ青になる。
――グローバルグレイス。それはセルシアとリトが犯した罪により消えてしまった廃墟の街であり、彼等とリネの故郷……。
生き残りはセルシアとリネだけだと思ってたけど、2人は「生き残りは自分達だけ」なんて一度も言ってない。
だから…生き残りが他に居たって可笑しくは無いんだ……。

――それがレインとノエルの2人だった。それだけ。そう、たったそれだけだ。
けれどその運命の重なりがレインを憎悪の道に立たせセルシアを償いの道に立たせた…。

…へレンが前に言った言葉が脳裏を過ぎる。
‘憎しみの人間’と‘悲しみの人間’…。――その内の1つ―憎しみの人間―ってのは、もしかしてレイン??
でもちょっと待て。その考え方で行くと‘悲しみの人間’はセルシアって事になる。
…セルシアもあたしの事を狙っている??
急にそれを思い出して余計に頭が混乱した。今は余計な事を考えてる場合じゃない、けど……。



「リネを救いたかった?――ふざけんな。てめぇ等のそのエゴで何人の人間が死んだと思ってやがる!!」

レインは口調を荒げてセルシアを責め続ける。そしてそれは核心を突いた言葉。だからセルシアも反論出来ず、ずっと俯いている。
…きっとこれがレインの抱えていた‘本当の闇’だったのだ。彼は偽りの笑顔でそれをずっと隠していた。
そしてあたし達はその‘偽りの笑み’に騙されて…彼の心に気付いてあげれなかった。リネとセルシアの事は気付いてあげれたのに。レインは救
えなかった。それがこんな最悪な事態を引き起こしてしまったのだ。
何で気付かなかったんだろう。今までそれに気付く為のヒントなんて、幾らでも合ったのに!!

「お前だけは絶対に赦さない。俺達から散々大事なモノを奪って――それでも生きてるお前が、な」

それはセルシアに向けられた言葉。他の人間に向けられた言葉だと分かっているのに凄い威圧と憎悪を感じた。

「……ごめん…な、さい…」

肩を震わせたセルシアが呟く。きっと彼には‘懺悔’の言葉しか浮かばないのだろう。きっとあたしも同じ立場に立たされたらそうなる。
そしてそんなセルシアを庇うようにしてリネが立ち上がった。
「悪いのはセルシアじゃない。あたしよ。…責めるならあたしにしなさい」
セルシアを庇うようにして立った彼女に、レインの瞳が少しだけ動く。だが直ぐにセルシアの方に視線を戻してしまった。
レインはずっと彼を睨み続けながら、リネに言葉を投げかける。


「……お前の事も少しは恨んでる。けど俺としては罪を犯した人間が一番憎い」

彼はずっとセルシアを睨んでいた。
そしてそのセルシアは何も言えずにずっと黙っている。――きっとそうしているしか無いんだ。

「謝って済む問題だと思ってんのか?
――謝って済むと思ってんなら、今すぐてめぇがてめぇの失態で死んだ人間に直接謝って来い!!」

「っ――…」

セルシアが顔を歪ませた。…それはセルシア自身も心の底で思っていた思いなのだろう。‘俺も死ねば良かった’って、きっと10年前からずっと思
ってる筈だ。リネがリトの事でセルシアを問い詰めた時だって…セルシアは似た様な言葉をよく零していた。
確かにレインの言ってる事は正しい。セルシアとリトの失態は、沢山の人間を殺してしまう惨劇になってしまった。
彼等はリネを救いたかった。けれどそれは所詮2人の‘エゴ’なのだ。それもレインの言葉で筋が通ってる。だから彼がセルシアを憎むのは仕方な
い事だと思う。けれど――…。
…だから‘死ね’って、それは可笑しいと思う。セルシアは生きて罪を償おうとしている。自分の所為で死んでしまった人に精一杯の敬意と謝罪を
込めて頑張って生きようとしているんだ。それを‘死ね’って言うのは、可笑しい。それだけは確かだ。

「セルシアが死んだって何かが変わる訳じゃねえだろ。セルシアに非が合ったのは確かだけど、全部が全部セルシアの所為じゃない」

ロアの言葉にレインが眉間を寄せた。

「はぁ?――どう考えてもコイツの所為だろが!!」

取り乱して叫んだレインが、振り上げた腕を降る下ろす。突然の戦闘再開だった。
反応に遅れた所為で術を向けられたリネとセルシアが同時に術の攻撃を受け、床に倒れこむ。



「…どうしても、分かってくれないのね」

振り絞って出た声はそれだった。
レインが此方をじっと見る。そして、一言。



「分かるも糞もねえ、ソイツが全部悪い」



「……あんたが其処まで分からず屋だなんて思わなかった!!」

立ち上がって鞘から剣を引き抜いた。
――戦う、しかない。戦わないと死ぬのはこっちだ。あたし達にはまだやる事がある。だから、こんな所では死ねない!!

地面を蹴り、レインに向け剣を振るい下ろす。
…レインの唇が少しだけ動いた様に感じた。何か言った様に見えたけどその声は余りにも小さくて聞き取れなかった――。










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