レインとは廊下で別れて、大人しく自室に戻った。 リネは多分セルシアが傍に居るから大丈夫…だと思う。本当は心配だけどあまり出入りを繰り返してたらリネもゆっくり休めないだろう。 それに自分も少し疲れたので、ベッドに横になってそのまま眠ってしまった――。 *NO,110...クライステリア・ミコト神殿* ――翌日。 目を覚まし、部屋を出ると階段の前でロアとマロンの姿が見えた。傍に寄る内にマロンの方が此方に気づいて、手を振られる。 「おはよう。イヴ」 「おはよう、何話してたの?」 問い掛けると隣に居たロアが答えた。 「まだ一週間以上は此処に居ないといけないんだ。どうせだからクライステリア・ミコト神殿を見に行こうと思ってさ」 「イヴも行く?」 クライステリア・ミコト神殿…。 ……そっか、確かレグロス達がミコト神殿は北の大地に在るって言ってたもんな。北の大地ってこの辺の事だったのか。 「此処から近いの?」 「――近いわよ」 不意に後ろから聞こえた声に慌てて振り返ると、振り返った先にはライカが立っていた。 彼女の手には何枚かのケープが握られている。 どうやら貸してくれるみたいで、受け取ってそれを羽織った。―――外はまだ雪が吹雪いている。 …やる事も無いし、神殿を見に行く程度なら着いていってもいっか。頷いて階段を下りた。 そういえば朝からレインとアシュリーの姿を見ていない。セルシアは多分まだリネの傍に居るんだろうけど…あの2人は何処に行ったんだろうか。 「アシュリーとレインは?」 傍に居るロアに問い掛けると彼が首を傾げた。 「朝一応2人の部屋も見に行ったんだけどさ…2人共居なかったんだよな」 「…ふうん?」 て事は2人で何処かに行ってるって事…だよな、きっと。単独行動ってのも考え難いし。 でも2人が行く場所って何処だ?何かとてつもなく不安なんだけれど…。 嫌な予感が横切りながらも外へ出る。…やっぱり外はとんでもない位寒かった。 「姉貴も来るのか?」 「確認したい事が有るからね。着いていくわ」 彼女はそう言って先頭を歩き出す。降り積もった雪を踏みながら街の外に向けて歩き出した。 街の出口に差し掛かった所で、不意によく見る顔を目撃する。 街のゲートの傍に駆け寄った。此方に気づいた彼女が後ろを振り向く。 「…イヴ?」 「…何で此処に居るのよ、アシュリー」 ゲートの前に立ってるのは間違いなくアシュリーだった。何処に居るのかと思ってたらこんな所に居たのか…。 だが辺りを見回してもレインの姿が見当たらない。レインとは一緒じゃ無かったのだろうか。 「レインは?」 問い掛けるとアシュリーが街の外を見た。 「彼、ちょっと探し物をしてるの」 「…探し物?」 「大丈夫。レインは私に任せて」 そう言って微笑するアシュリーに押され、仕方なくロア達と街の外に歩き出す。 レインの‘探し物’って一体何だったのだろうか。神殿から帰ってきたらアシュリーとレインの2人を問い詰めようと思いつつ長い森を歩き続けた。 「アシュリー、何て言ってたの?」 途中、気にかかってたのかマロンが問い掛けてくる。 「…レインの帰り待ってるみたい。何処行ったのか知らないけど」 問いに答えるとマロンが不思議そうに頷いた。…正直あたしもレインとアシュリーが何やってるのかよく分からない。 やがて辿り着いたのは地盤が低くなっている場所だった。そしてその奥に――神殿が、見える。 「滑りやすいから気をつけて」 氷張りの地面を歩きながらライカが言った。彼女の後ろを慎重に着いて往く。 正面の扉を開いて中に入ると、神殿内にまでひんやりとした空気が浸透していた。ケーブを借りて良かったと、肩に掛けたそれを握りながら思う。 入り口の傍で何故か赤々と燃えている蜀台から木の棒に火を付けた彼女が、そのまま神殿の奥に向かって歩き出した。 何処に向かって歩いているのかはわからないが、とにかく着いていくべきだろうと思いライカの後を追う。 「何処に向かってるんですか?」 マロンの問いに先頭を歩くライカがぽつりと呟いた。 「神殿の一番奥に在る‘祭壇’よ」 …祭壇。て事は其処にはBLACK SHINE本部でヘレンが地面に描いていたあの陣と同じ物が存在する? ライカはそれを確認しに来たのだろうか。 とにかく祭壇に行くならあたし達も絶対に着いていくべきだ。ライカの後ろを追いかける様に歩く事数十分。 迷路の様な道を抜けた先に――祭壇は在った。 「…なあ」 「分かってる」 振り返ることなくロアの声に答える。 ――祭壇の前には、ヘレンが描いていたアレと同じ魔方陣が描かれていた。 少なくとも彼女も一度は此処に来た事がある、という事か…。レグロスとネオンに見せてもらったあの本には、陣の大体の形は書かれていたけれ ど此処まではっきりとは書かれていなかった。 魔方陣が在る事を除けば神殿の造りはクライステリア・ミツルギ神殿とほぼ同じだ。 「…一つ、聞いておきたい事が在ったのよね」 不意に魔方陣を眺めていたライカがぽつりと呟いた。 聞いておきたい事、とは何だろう。首を傾げると松明を握りながら彼女が問ってくる。 「今空を覆ってる‘アレ’は、夢喰い――なのよね?」 「…はい」 隠す理由も無いし、隠し通せる真実でも無い。力無く肯定した。 「だと思った。…数年は帰って来なかったロアが帰って来る理由なんて限られてるだろうし」 踵を返した彼女が、此方に寄りながら言葉を続ける。 「壊れたのね。ネメシスの石も」 …‘神官’と言う職をあたし達は見縊っていたのかもしれない。 彼女は此方の事情を何処まで気づいてるのだろうと思いながら小さく頷いた。 「…心龍に会ってどうするつもり?あの龍は正直、人との馴れ合いを余り好まない性格よ」 「夢喰いを封じる方法を、聞こうと思ってます」 「……ま、確かにアレなら知ってそうだけどね」 肩を落とした彼女が、そのまま入り口に向かって歩き出す。 「止めはしないと言ったんだから、止めたりはしないわ。――唯、一つだけ忠告。 心龍は文字通り‘心を読む龍’。 あの塔は元々心龍からの挑戦状みたいな物を受ける場所だから、貴方達はきっと自身の心の闇と戦う事になる」 「…心の、闇」 「気をつけてね。心龍は容赦無いわよ。 自分に会う資格が無いと思われたものは平気で塔をつまみ出されるから」 …心龍に会う為には、自身に打ち勝てって事、か。これは今此処に居ない4人にも伝えておくべきだよな。 特にレインとセルシア。抱える心の闇の大きさはきっと人によって違うけど、あの2人が一番大きい物を抱えてる気がする。 「外の吹雪が酷くなってきたら困るし、そろそろ帰りましょうか」 入り口に傍に立っていたライカがそのまま再び先頭を歩き出す。 マロンに肩を叩かれ我に帰り、彼女を追いかけ歩き出した。 * * * 痛みで眠れなかったのだろうか。朝から彼女は背中の痛みを訴えて腫れた目を何度も開閉している。 タオルで軽く汗を拭いてあげたのだが、それでも彼女の顔色は良くならない。 ‘術式解呪烙印’…それなりに痛いのだろうとは思っていたけれど、此処までとは思わなかった。 「大丈夫?」 軽く頭を撫でてやるが、リネから反応は無い。 大分衰弱してるのは分かってるが水を飲む事さえ困難らしく彼女はコップに口を付けようともしなかった。 見てるだけ、ってのがやっぱり一番辛い。 何かしてあげたいけれど朝方レインから警告を受けた。下手に何かすると余計に痛むから余計な事はするなと。 特に彼女の前でタブーとなるのが術の使用。昨日レインが説明してくれた通り、今リネの体内には膨大な‘術力エネルギー’が流れてる。 それが抑制しきる前に至近距離で術を使ったり回復術を使用する物なら――体内の術エネルギーが過剰に反応してしまい余計に痛んでしまうと いう。刻印の完成も遅れると言っていた。 下手に手出しが出来ない以上。こうして見守るしかない。 見てるだけが一番辛いけれど…他に最善の方法は…。 不意にリネが少しだけ唇を動かすのが見えた。何か伝えようとしているみたいだけれど…上手く聞き取れない。 「どうした?」 微笑むと同時、扉が開く音が聞こえて思わず其方に視線をずらしてしまった。 「リネの様子は?」 部屋に入ってきたのはレインとアシュリーだった。外に行ってたのか2人は少し寒そうだ。 レインの問いに答える前に、彼がリネの傍に寄って軽く頭を撫でた。 「…まだ辛そう、だな」 「…今朝からずっと魘されてる。水もまだ飲めないみたいで…」 「そうか」 現状を聞いたレインが、ポケットから液体の入った注射器を取り出した。 声を掛ける間も無く、早々とリネの右腕を持ち上げ注射器を彼女の腕に差し込む。 「…それ、何の薬?」 「痛み止めよ。気休めにはなるって、レインが」 注射器を差し込むレインの代わりに、傍に寄ってきたアシュリーが答えた。 「そんな物、何処で――」 「さっきアシュリーに手伝ってもらって薬の元になる薬草探しに行った」 …それで外に出てくれてたのか。 俺も少しはリネの為になる事を考えないといけないかもしれない。唯見てるだけはやっぱり嫌だ。 リネ自身は注入された痛み止めが効いて来たのか、先程に比べて大分楽そうだ。 「1日3回までだ。痛み出したら今度はセルシアがやってやれ」 瓶に入った残りの薬と注射器をレインに手渡される。…薬は目分量的にまだ沢山有りそうだ。 「…ありがとう。レイン、アシュリー」 精一杯笑うと2人も少しだけ微笑んでくれた。 BACK MAIN NEXT |