クライステリア・ミコト神殿から無事にロアの家まで戻って来てから、少しだけリネの様子を確認しようと思い彼女の寝ている部屋を訪れてみる。
意外にも其処にはレインとアシュリーの姿が合った。どうやらあたし達より少し前に戻ってきたらしい。
「何しに行ってたの?」
アシュリーを連れ回してたのは多分レインの方だろう。
レインに聞いた方が早いと思い彼に問い掛けると、問いに答えたのはリネの傍にいるセルシアだった。
「リネの為に痛み止め作ってくれたんだよ。薬草を探しに、2人でさっきまで外に行ってたって」
…それで外に居たのか。成る程。アシュリーの言う‘レインの探し物’は痛み止めを作る為の薬草か。
納得してリネの顔を覗き込む。彼女の顔色は確かに大分良かった。


*NO,111...Twilight*


暫くリネの様子を伺っていると、閉じていた瞳が薄目を開く。…起こしてしまったみたいだ。少しだけ頭を撫でて傍を離れた。
とは言えリネもこれだけ人間が居ると眠るに眠れないだろう。あたし達は部屋を出るべきだな。
部屋を出ようとして、レインに声を掛けられる。
「イヴ」
「話なら外にして。リネの迷惑になるでしょ」
「あー…リネ。もう少し此処に居ても良いか」
ちょっと待て。こいつはいきなり何を言い出すんだ。リネの事を今は安静にしておくべきって言ったのは何処の誰よ。
口を挟もうとして、レインが言葉を続けた。

「これ以上引き摺るのもアレだしな…そろそろ話しておきたいんだよ。
多分この中じゃ一番関係してんのはセルシアとリネだろ?俺だって2人には言っておきたい」

「…待って。それって」

「俺だけ隠し事するのは無し、だもんな。
話すよ。10年前のもう1つの結末――俺とセルシアの分岐点を」


…レインが今口にしている事は、間違いなく10年前の過去の話の事だ。


今まで聞いてもはぐらかされるか断られるかしてたけど、此処まで来てレインも口を割る気になったらしい。
てか、何時も聞く度に言ってたもんな。‘何時か話す’って。その何時かが今って事か。

あたし達は構わない。聞ける事なら聞きたいし、セルシアとリネもそれは一緒だと思う。
セルシアとレイン。唯幸せになりたかった筈の2人は何処で道が別れてしまったのか。
レインが裏切った辺りからずっと気にしてた事が、此処で本人から明かされようとしてる。そのチャンスを逃したくはない。

「…けど、リネが」

…唯、心配なのはリネだ。
調合された痛み止めを飲んだとは言え、背中の刻印はまだ痛みを放っている筈だ。そんな中でこの話を聞くのはちょっと無理なんじゃあ?
ぽつりと呟いた言葉に、リネの傍に居たセルシアが彼女の顔を覗き込む。

「平気?」
「…大丈、夫」
小さな声での返答が帰ってきた。シーツを握った彼女が少しだけ頷くのが見える。

「…成るべく手短にはする。悪いな、こんなタイミングになっちまって」
「まあ、逆に言えばこのタイミングを逃したらもう聞けそうに無いよな…」
ロアの言葉も最もだ。多分心龍に逢ったらそのまま流れ的に夢喰いの所まで行く事になるだろう。
長話をしている時間は、多分今しかない。
で。リネの事を考えると――手短に聞くのが最善、か。


「…教えて。10年前の‘もう1つの結末’を」
問い掛けると近くの座椅子に座ったレインが軽く頭を抱えて唇を吊り上げた。


「…何処から話せば良いんだろうな」
セルシアが10年前の事を話した時と同じ様な台詞を呟いたレインが、顔を上げた。

「最初に言っとくべきなのは…察してる奴も多いと思うが、俺が好いてた奴ってのはノエルだ。大分前に折れたあの槍も、ノエルから貰った物」

…やっぱり、そうだったんだ。
何となく察していただけ合って少し肩を下ろした。あたしがあの時言った言葉。絶対にレインを傷付けていた。

「術系は昔から大分使える方だった。ノエルの家系が術系に詳しい奴が多くてな…良く参考書とか見せてもらった事も有る。
俺が医者を目指してたのもその頃だ――…」

「…グローバルグレイスに医者は居なかった。少し遠出しないと診察して貰えない事が俺とリトもよく合ったよ。
――レインが医者を目指したのは、そういう経緯も合って?」

リネの傍で俯いて居たセルシアが、少しだけ眉間に皺を寄せて問い掛けた。
セルシアの方を見たレインが直ぐに視線を逸らしながら頷く。

「それも理由の1つだったな。
…セルシアが今言った通りだ。グローバルグレイスには医者が居なかった。一番近くて20分位街道を歩いた先に有る街だ。
街の奴等も不便な物が合っただろうし――俺はあの街が好きだった」

窓越しに空を見上げながらレインが呟く。
…きっと本気で故郷の事を好いていたんだろう。だからその街へのせめてもの感謝として、街に居ない医者になる事を目指した。

「元々殺しは好きじゃねえ。誰かの為に動ける人間になりたかった。
ノエルが背中を押してくれて――それなりに勉強した。回復術も大分上手くなった。
その少し後、だったか――…。街が火の海になったのは」

セルシアが目を伏せる。…それが9年前。リトとセルシアの犯した過ち、って事か…。
大分話が分かって来た。レインは誰かの為になる仕事に付きたかった。恋人であるノエルもそれを応援してくれて――医者を目指していた。
けれど突然街が何者かに襲撃されて――――…。

「俺もノエルも魔術師だ。街を襲ってきたウルフドールの攻撃から自らの身を守る手段ぐらいは有る。
けど、今と比べれば俺達には何の力も無かった。…全てが貧弱だったんだよ。
…街が襲われた時、俺たちは家から少し離れた場所に居た。慌てて家に行った時には―――もう、何もかもが手遅れだった……」

目蓋を閉じた彼の瞳から、雫が落ちる。

…前にレインに家族の事聞いて、話す事を頑なに拒絶されたのはそれが原因だったんだ…。あの時も無神経な質問をしていたんだなと、拳を握り
締める。気付かない所でレインを沢山傷付けていた。誰も傷付けたくなかったのに、あたしが一番誰かを傷付けていた…。
でも、レインが話してくれて大分10年前の惨劇の概要が分かって来た。
9年前のあの日…、レインもノエルも自らの家族を救う為に火の海となった街を走り抜けた。
けれど2人の力は10年後の今と比べれば余りにも貧弱で――惨劇から自らの大事な人を救う力は、無かった…。
でもそれはセルシアも一緒だ。10年前の彼は今と比べて術も武器も余り巧くなかっただろう。
だからあの日。セルシアもリトという大事な親友を守れなかった。――その辺も、セルシアとレインは似ている。
けれど2人が決定的に違うのは、事件の「加害者」と「第三者」である事…。

セルシアとリトが石を盗んだ1年後にウルフドールが攻めてきたっている理由も、今は何となくわかる。
あたしとアシュリーのお母さん――シルスティアはネメシスの石と寿命が同調している。
その石をセルシアとリトが盗んだ事により寿命が急激に削れて――1年後、あたしに白のネメシスを渡して死んでいった…。
そして管理者であるシルスティアが死んだ事に怒り狂ったウルフドールが、セルシアとリトに裁きを下した。きっとそういう事だったんだ……。


「…ごめん…レイン……。俺…」
「…今更謝るな。謝られたってあの日の事はもう変わらねえ。――俺もお前も、大事な人を失ったまま、だ」

セルシアの言葉にレインが答えた。
…話してる内に、2人がまた嫌悪の仲ならない事を祈ってたけど大丈夫そう…と見て良いのだろうか。
レインもこれ以上セルシアに何かを強要する気は無いみたいだし、彼が一番わかってると思う。セルシアがこの10年間ずっと後悔と反省に胸を痛
めていたこと。だからこれ以上攻める気は無いんだろう。とりあえずその辺は安心した。


「結局俺とノエルだけが生き残っちまった。自分の身しか守れてなかった。
やがてウルフドール族達が去って――その後直ぐだ。

俺達の目の前に、ヘレンが顔を見せたのは」

――旋律が走る。
ヘレンももしかしてグローバルグレイス襲撃に関わっていた?
そう思う他無い。だってウルフドール族が去って直ぐにレインとノエルの所に現れるなんて――少し話が出来すぎている気もする。
…あたしはまた何かを見落としてるんだろうか。VONOS DISEで感じたあの違和感の様に、胸騒ぎがした。


「アイツは俺達の傍に来てグローバルグレイスが襲われた理由を全て語った。
『グローバルグレイスがこんな目に合ったのはこの街に住んでいたセルシア・ティグトとリト・アーテルムが、ネメシスの石を奪ったまま1年も祭壇に
戻さなかったからだ。だからウルフドール族が怒り、この街は滅ぼされた。』って、な。
街の人間の顔は粗方知ってたんだ。セルシアとリトの事も、当然知ってはいた。
俺もノエルもまさかあの2人が、って思ったけれど――信じざるを得なかったよ。アイツは証拠に、お前とリトがネメシスの石を奪う瞬間を見せてきた
んだからな」

「…ウルフドール専属魔術に、確かにそういう術が有る。
相手が見た物を他人に見せる術。――‘ilusion’。ヘレンが貴方達に使ったのはきっとソレよ」

床に腰を下ろし、今まで話に聞き入っていたアシュリーが口を開く。
…成る程。ヘレンはウルフドール族だから、そういう術だって使えるに違いない。
レインとノエルはその術によってセルシアとリトがネメシスの石を盗む瞬間を確かに見せられた―――。


「…その時、本気で2人の事を憎んだよ。
さっきも言ったけど俺はこの街が好きだった。大切な人に囲まれて、唯幸せに暮らして居たかった。それ以上は望まなかった…。
…それなのに――何で他人に俺達の幸せまで壊されなきゃいけねえんだ!!」

レインが拳を上げた所で――マロンが慌ててその手を止めた。
…唇をかみ締めたレインが、力無く揚げた腕を下げる。

「…悪い、頭に血が上った」

レインが頭を抱えて呟く。
別に気にしてないし、…それ程、あの事件がレインにとって許せないという事だ。…責める権利などあたし達には無い。
何時の間にかセルシアが肩を震わせて泣いていた。

「…悪かった、セルシア。責める気は無かったんだ」

「……うう、ん……。…続けて…?」

首を横に振ったセルシアが、俯いたまま静かに涙を零す。
…今のは本当に感情のままに動いてしまっただけだと思う。セルシアを責める気は無かった筈だ。セルシアもそれ位は分かってると思うけれど…
やっぱり自分の所為だって思ってるんだろうな。

「…続ける、な」

手短にってのが目標だったし、話を進めるのが今は優先だろう。リネの為にもセルシアの為にも、成るべく早く話を終わらせた方がいい。
頷いたと同時、レインが言葉を再開した。

「ヘレンの言葉は続いていた。
『リトは死んだけどセルシアはまだ生きてる。2人で裁きを下したいのなら、私に着いて来い』…確かヘレンはそう言った」

「着いていった?」

「…他に行く当ても無いし、俺もノエルもそれ程悲しみと怒りが爆発していたんだ。着いていったよ。
やがてたどり着いたのはBLACK SHINE本部だ。
『此処に居れば何時かセルシアと接触する機会が出来る。セルシアとの接触の機会は必ず作るから、今は私の為に働け』
…その言葉に俺もノエルも上手く乗せられたって訳だ。
そうして俺とノエルはずるずるとBLACK SHINEに引きずり込まれた――」

人を殺したくないとは言え、此処では人を殺さないと生きていけない。
逃げ出したいけど行く当てが在る訳も無く、しかも今此処を離れたらセルシアに復讐する機会は一生無いかもしれない…。
その想いの狭間でレインは何時も揺れていた。
そして何度も悩んだ末に、レインは前者を捨てた。
墜ちる所まで墜ちる決意をして、自らの手を汚した―――。

レインはその代償に、きっと自らの夢を捨てたんだ。
人を殺す事を選んだ自分が、今更人を救う仕事に何て付ける筈が無い。そう思って……。


「俺とノエルの意見が食い違うようになったのはBLACK SHINEに入ってからだ。
ヘレンが俺達を利用してる事は薄々気付いてた。…逃亡したいと、何度も思ったんだ。
けれど独りで逃亡するのは余りにも怖かった。だから何度もノエルに話を持ちかけた。
けれどノエルは一度も肯定をしてくれなかった。其処にもう、10年前の優しかったノエルは居なかったんだ―――。
俺とノエルの仲は自然消滅した。何度も意見が食い違う内に、お互いの事を思う気持ちさえ忘れていた…」


レインが椅子を引いて席を立ち上がる。彼はそのまま真っ直ぐ突き進みにドアノブに手を掛けた。


「悪い、とりあえず此処までしか話せねえわ…」


彼はそのまま部屋を出て行ってしまった―――。
…静寂。レインが居なくなった部屋で全員が俯いたまま動けない。
セルシアはずっと泣いていた。










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