早朝からリネの様子を見に行ったら、彼女はレインと一緒に居た。刻印の完成度を見てもらっていたらしい。 「どうなの?」 問いに対しレインが肩を下ろしながら答える。 「ほぼ完成だ。歩いて塔に行くぐらいなら何の問題も無い」 「って訳だから、あたしも行くからね。止めたって無駄だから」 上着とケープを羽織りながら、リネが唇を釣り上げて笑った。元気な姿を見るのが久しいから安心した反面、本当に大丈夫なのかと不安になる。 念の為レインにも問い掛けたがあれだけ完成していれば無茶をしない限り大丈夫と返って来た。刻印に一番詳しいレインがそう言うんだから、多分 本当に大丈夫なのだろう。 玄関からロア達の声が聞こえる。あたし達を呼んでるみたいだ。 ――塔を開ける日は来た。 リネの支度が出来てから、部屋を飛び出した。 *NO,113...紅蓮の塔* 「刻印、完成したのか?」 階段を下りてきたリネへのロア達の最初の一声はやっぱりそれだった。 「ほぼ完成。もうそんなに痛くないし、平気よ」 再び笑顔で返すリネだが、本当に無理をしてないんだろうか。やっぱり心配だ。 「本当に平気なの?」 リネに聞いても意味が無さそうなので一緒に階段を下りてきたレインに問い掛ける。 「多分な。…ま、リネが平気って言うんだから平気だろ」 …何て適当な。本当に大丈夫なんでしょうね? ますます不安になってきたがリネは本当に元気そうだし、大丈夫だと信じるしかないか…。 「準備は良いのね?」 隣の部屋から鍵の束を持って顔を覗かせたライカが問い掛けてくる。振り返り、頷いた。 返答を聞いたライカがケープを肩に羽織りながら玄関の扉を開ける。 「入り口まで着いてくわ。塔の鍵を開けるのもあたしの仕事だから」 彼女はそのまま、外へと飛び出していった。それを追い掛けあたし達も外へと飛び出す。 1週間ずっと雪が降っていたが、今日は珍しく晴れている。久しぶりに見た太陽が燦々と輝いていた。 とは言え、降り積もった雪の残る外はまだ寒い。もともと寒い気候の街だから仕方ないのだろうが、寒いのはどうにも慣れない。極端に暑い砂漠と かも無理だけど、今だけはその暑さが恋しくなる。 街を出たライカが、森を避け街道の道を歩き出す。あまり雪の積もってない場所を成るべく歩いた。 「相変わらずこの辺は寒いな…」 セルシアの呟きに小さく頷く。まだ歩いて10分も立ってないけど、凍え死にそうだ。 彼も生まれと育ちが砂漠の方だから寒いのが慣れないのだろう。平気そうな顔をしてるロアとアシュリーが少し疎ましくなる。 ――不意に前を歩いていたリネが足を止めた。 大抵リネが足を止めるときは好からぬ物が見えたか聞こえた時だ。彼女は多分この中じゃ一番勘が鋭い。 「どうした?」 リネの隣を歩いていたレインが問い掛ける。羽織っているケープを握り締めた彼女が、辺りを見回した。 「…山犬ね」 リネの目線の先を見たライカが、ぽつりと呟く。 「山犬?」 首をかしげるマロンに、ロアが答えた。 「この辺に住んでるモンスターだ。…厄介なのに見つかったな」 「ちょっと。あれってそんなに厄介なの?」 肩を掴んで問い掛けた。山犬なんてモンスターあたし達の住んでる方では観測された事もないからどんな奴なのかはさっぱり分からない。‘好から ぬ奴’って事だけは理解出来たけど。 「厄介ね。群れで攻撃してくるから」 答えたのはライカの方だった。彼女とリネの目線の先には、数十匹の狼の様なモンスターの群れが見える。…うん、確かに厄介っぽそうだ。 ヘレンと戦って以来戦闘が全く無かったから五感が鈍ってたかもしれない。鞘に収めていた剣を抜いて、前に立った。 「じゃあさっさと倒すべきだな」 同じく皆より前に立ったレインが今にも襲い掛かろうとしている山犬に槍先を向ける。 「下がってて!」 多分まだ戦うまでは至れないと思うリネとケープを握るライカに叫び、山犬に向かって斬りかかった。 ――空を斬る音が耳に残る。多少予想はしてたけど、動きが速い。 「イヴ!!」 ロアが叫んだと同時、今にも此方に牙を向けそうだった山犬の一匹にセルシアの戦輪が掠めた。 直ぐ後にセルシアがもう一度戦輪を投げるが、器用にソレを避けた山犬がマロン達の方に襲い掛かる。 「シャインドグロス――!!」 山犬がマロン達に襲い掛かるより、レインの対応の方が僅かに速かった。放たれた術が山犬の1匹を飲み込み、地面に屈しさせる。 「――wind」 次いでアシュリーの放った術がマロンの目の前に居た山犬に当たって、地面に倒れた1匹が完全に動かなくなった。 ――まず1匹。頭の中でカウントしつつ、周りに居る山犬に剣を振るう。 「そいつ等の弱点は火!!火系の術で対応して!」 ライカが叫ぶのが聞こえた。――火系の術、となると使えるのは誰だ? レインの方を見たが、彼が首を横に振る。 「悪いな、火系は不得意だ」 槍を振るい下ろしたレインが罰の悪そうな顔を浮かべた。 …セルシアも確か火系は使えなかったよな。って事は使えるのは―――。 「…リネ」 刻印はまだ完全に出来上がった訳ではない。出来れば余り戦闘に加えたく無かったんだけど――この場で火系の術を使えるのはリネぐらいしか 居ない。アシュリーも使えない事は無いだろうけど、純粋は火の術を出せるのは彼女だけだ。 「大丈夫。ホントに平気だから」 微笑んだリネが腕を振るい上げた。 ――レインが止めない、って事は多分もう使っても平気なんだろうけど…心配でリネから目が離せない。 「イヴっ!!」 立ち尽くしているとマロンに腕を引っ張られた。直後、先程まで居た場所に牙を向いた山犬が駆けていく。 背筋が凍った。マロンに助けられてなかったら、今頃山犬の餌食だった。 「――デスブラッシャー!!」 指を振るい下ろしたリネが、山犬の群れに火花を放つ。 詠唱を無くして発動した術は、群れで固まっていた山犬を一瞬で燃やした。 悲鳴の様に声を上げた山犬達が、遠くに向かって走り出す。――火を見て逃げ出したみたいだ。 安堵して剣を鞘に戻した。リネの傍に寄ると、彼女が雪の上に座り込む。 「リネ」 「…平気……ちょっと、バランス崩しただけ」 直ぐに雪の上から立ち上がろうとしたリネが、再びバランスを崩して雪の上に倒れた。 同じく傍に寄ってきたセルシアが、慌てて彼女の体を抱き起こす。…やっぱりまだ術を使うのは無理だったか。刻印は完全に完成した訳じゃ無かっ たもんな。 「ちょっとレイン」 「刻印が完成していない状態で術を使ったから、術エネルギーが過剰に消費されただけだ。体調に影響は無いし、10分もすれば戻る」 リネの様子を覗き込んだレインが淡々と答える。 …10分もすればって、10分もこんな所に居たらそれこそ風邪でも引きかね無いじゃない。もっと早く教えなさいよ。軽く睨むとレインが苦笑した。 「回復術…じゃ治らないのよね?」 「術エネルギーは回復術で治る物じゃない。本人の精気次第だ」 アシュリーの問いに苦笑を浮かべていたレインが少し頷く。 となると、10分此処で待つしかないか? 悩んでいるとリネの体を支えていたセルシアが顔を上げた。 「俺がおぶるよ。此処で止まってる訳にはいかないだろ?」 一瞬だけリネの体をロアに預け、背中を向けたセルシアが彼女の体をおぶる。…まあセルシアがそれで良いなら、そうするのが最善だろう。塔ま での道のりはまだ長そうだし、到達する頃にはリネの具合も良くなってる筈だ。 「…ごめん」 ぽつりとリネが呟く。疲れた顔のリネの頭を少しだけ撫でた。 「気にしなくて良いわよ」 リネのお陰で山犬を追いやる事が出来たんだし、刻印が完成していない状況で術を使ったのだから仕方ない。 微笑むとリネが安堵の顔を浮かべて目を閉じた。 少し遠くの位置で塔を見ていたライカが傍に寄って来る。 「…平気?」 「大丈夫。進んで」 肯定を返すと頷いたライカが再び街道を歩き出した。 遠くの方に空まで届いている塔が見える。結構歩いた気がしたけど、そうでも無いみたいだ。塔への距離はまだ遠い。 時折気になってセルシアの方を振り返るが、平気そうな顔をして微笑むので特に声も掛けれなかった。 「変わろうか?」 レインが問い掛けるが首を横に振る。 …まあこの中で一番軽いのはリネだろうし、セルシアぐらいの腕力が有ればリネを背負ってても大丈夫なんだろうな。戦輪を投げるってのはかなり 腕力が要るだろうし……。…そう考えると平気なのも納得できる。いや、それともリネは自分が守るっていう意地なのか何なのか…。 よく分かんないけどとりあえず大丈夫って言うんだからほおっておく事にした。レインも何となく悟ったみたいで特に追求せずマロンの隣を歩き出 す。 ――数十分歩いた頃に、漸く塔の入り口らしき物が見えてきた。 近くで見ると相当大きな塔だった事に気付く。遠くで見たときはそれほど大きくなかった気もするが全然そうでもなかった。 塔の入り口に近づいたライカが、ポケットに入れていた鍵の束を取り出して、その中から銀に輝く鍵を鍵穴に差し込む。 鍵の開く音が微かに聞こえ、彼女が鍵を抜いたと同時に誰の手を借りる訳でも無く塔の扉が自動的に開いた。 「あたしが案内出来るのは此処までよ。心龍は最上階に居る、…気をつけて」 塔の中を見ながらライカが言い放った。 塔の中は暗くて、どうなっているのかよく分からない。 6人の方を振り返ると、何時の間にかリネがセルシアの背中から降りていた。 「平気なの?」 「もう大丈夫」 少し疲れた笑顔だが、それでも先程よりは元気そうな笑顔でリネが笑う。 10分もすれば治るってレインが言ってたもんな。多分大丈夫なんだろう。 定かじゃないけれど此処まできてリネを此処に置いて行くのもアレだし、連れて行くしかない。 「大丈夫。貴方達なら、きっと―――」 ――ライカの言葉を聴きながら、塔の中に足を踏み入れた。 BACK MAIN NEXT |