――暗闇の続く部屋に、皆と一緒に入った事までは覚えてる。 部屋に入ってから先に歩き出したであろうイヴとロアの姿を追いかけて歩いたは良い物の、気がついたら独りきりになっていた。 …はぐれてしまったのか、それともこれも心龍の挑戦の一つなのか……。 何にせよ此処に留まっている訳には行かない。早く誰かと合流するべきだ。 目の前にある扉のノブに手を掛け、ゆっくりと扉を開いた。 *NO,116...‘王’の闇* 灯篭の灯った部屋は相変わらず無音で、誰の気配も無い。 慎重に部屋に足を踏み入れ、辺りを見回した。…罠の様な物は無さそうだ。 部屋の突き当たりには階段が見える。とりあえず階段を掛けあがってみようと思い階段に近付いた。 ――不意に視界の端に見えていた灯篭の火が揺れて、足を止める。 この部屋には私だけの筈。なのに何で近付いて居ない灯篭の火が揺れた? もう一度、慎重に部屋を見回した。けれどやはり其処には何も無い。無音の空間が、残されただけ。 …気の所為だったのだろうか。 溜息を吐き、もう一度階段に向かって歩き出した時だった。 「――!」 足元に自分の影と、自分じゃない何かの影がはっきりと映り込んだ。 咄嗟に後ろを振り返る。振り返った先には、此処に居る筈の無いモノが居た。 「お前はまだ世界を知らずにいる…。私のところに戻ってきなさい、アシュリー」 「――お、父さん」 尋常でない大きさを持つ獣の体。老いているも何処か優しいその瞳を、私は誰よりも見ていたのだから、間違える筈が有るだろうか。 ――‘心龍はあたし達の心を読み取ってくる。だからアシュリーを気をつけて’―― 不意に脳裏に横切ったのは、何時かイヴから聞いた警告だった。 ああ、私は試されているんだ。 自分が一番敬愛し、そして恐れている存在である肉親を使って。 私が心龍に会う資格が有るのかを。きっと今試されている。 頭では理解しているのに何も言葉が出なかった。 もし本物だったらどうする?だってまだ心龍の作った虚像とは決まった訳じゃない…。 そんな考えが輪廻して、その場を動くことすら出来ない。 「お前の下した罰は余りにも軽過ぎる。ネメシスの石は我々王族が何が合っても守らなくてはいけない神聖なる石だったのだ。 それを盗むのは言語道断。お前もそれは分かるだろう?」 「…私は、間違った判断をしたとは思ってない」 セルシアはもう十分な位に償った。 ネメシスの石を盗んだこと、本気で後悔しているのだって何度も伝わってきた。 だからこそああいう判断を下したのだ。だからセルシアとリネに下した罰――あの判断だけは間違ってると思えない。 「分かっているのか?私に逆らえば待っているのは里からの追放と刑罰だ」 ――そんなの、分かってる。 私もウルフドールの王族だけれど、私以上に偉いのは明らかに管理者-ビテュオ・リーシス-を妻とした父だ。 父から下された言葉は絶対。例え私だろうと父が殺せと言ったなら私は有無を言わさず殺されてしまうのだろう。 里の者が慕ってるのは私じゃない。私を通して父を慕っている。 それももう、ずっと前から気付いてた。 だから私は孤独だった。対等に話せる人の居ない寂しさを、里からの疎みや憂いの瞳をグランドパレー諸島を抜けて別の森や草原を歩いて紛らわ していた。 あの日もそうだったの。 イヴ達に出会ったあの日も。同じように孤独を感じて、あの狭い檻から抜け出した。 ちょっとだけ。イヴに嫉妬していたのかもしれない。私の欲しい物――信頼や絆――をすべて持つ彼女の事。 でも違った。イヴだって最初から何もかも持ってる訳じゃなかった。 相手に信じて欲しいから自分を信じて、相手を信じる事を貫いたから、彼女はああして皆に好かれる存在となっているんだ。 自分独りが何をしても意味が無い。なんて事は無い。って事を、彼女は証明してくれた。 遠かった世界が、近付いて見えたの。 彼女達と旅をする様になってから。 「私はセルシアとリネの罪をこれ以上重くしようとは、思わない」 だから、失いたくない。 自分から動いて手に入れたモノ。 信頼という確かな絆で結ばれた最初で最後の仲間達を。 「確かにセルシアはネメシスの石を奪った。 グローバルグレイスが滅んだのも其れが理由だし、彼等の過ちがレインの運命も、私やイヴの運命も捻じ曲げた。 だから彼は身を持って教えてくれたの――。 今有るモノを失う恐怖。それを守り続ける為にしなくてはいけない事」 だから、私は。 「今此処に有る仲間達を、失いたくない」 それが私の答え。 セルシアとリネに下した罰の理由。 「――……」 何も言わなくなった父の姿が微かに歪み出した。歪み出した体が、ドロドロと泥の様に解けて行く。 そうして姿を現したのは泥の様な形をしたモンスターだった。 ――ドッペルゲンガー。誰かに化ける事の出来る都合良く出来たモンスター。 やっぱり私は最初から試されてたみたいだ。イヴの忠告が無かったらすっかり騙されていたのかも知れないと苦笑する。 ドッペルゲンガーはそのまま地面に解ける様に崩れて、消えていった。 …踵を返し、階段を見上げる。 もうこれ以上、この部屋に罠は無いだろう。階段の方まで歩き、段差を一段一段上がっていく。 やがて見えた扉はペンキで塗られた様に赤い色をしていた。ドアノブを回し、ゆっくりと扉を開く。 扉の先にはまた暗闇が続いていた。少し目を凝らしてみてみると、どうやら廊下の様だ。暗闇の廊下を少しずつ歩き出した―――。 BACK MAIN NEXT |