とにかく皆の姿が見えない以上、独りで進むしかない。心龍に対し心の中で悪態を吐きつつも灯篭の灯る部屋を只管歩いた。
…時折。背後から足音が聞こえるのは気の所為だろうか。
振り返るが、其処には誰も居ない。居る筈が無い。其処に在るのは薄暗い闇だけだ。
ため息を吐いて、再び前を向く。
…一瞬、目の前を何かが横切った気がした。


*NO,122...‘わたし’の闇*


警戒して、剣の柄に手を掛けた。
…何処かで同じ様に剣の柄を握る音が聞こえる。
やっぱりこの部屋には何か入る。何が入るのか知らないけど、とんでもないモノって事だけはまず間違いなさそうだ。
息を殺して辺りを見つめてみたが、灯篭の火が揺れているだけだった。
……気配は感じるのに、姿は何処にも見えない。どういう事なんだろう。
咄嗟に背後を振り返ってみたけど、やっぱり其処には何が居る訳でも無く薄暗い闇だけが残されている。
…気のせい。にしてしまえばそれで済むんだろうけど、どうにも気に掛かってその場を動く事が出来なかった。
鞘から剣を抜いて、慎重に一歩一歩進んでみる。
やっぱりそうだ。何処かから強い気配は感じるのに、姿だけは全然見えない。
まさか上か?と思って天井を見上げてみるものの何かが居る筈も無く、其処には虚空が広がっていた。
…鞘から剣を引き抜く音が、遅れて聞こえて来る。
反射的に背後に剣を振るった。…金属の擦れ合う音が響く。

今、剣の切っ先を受け止められた。

って事はやっぱり此処には誰かが居る。姿を一行に見せない何かがこの部屋に潜んでいるのだ。
一歩後ろに下がって、手ごたえを感じた場所に剣を振るい下ろした。
けれど二撃目は空振りに終わった。移動された後だったのだろうか。舌打ちしたと同時、真上から刃物を振り下ろす音が聞こえて咄嗟に体を左に
投げた。…姿は見えないけど、今絶対攻撃されてた。一歩逃げるのが遅かったら、軽症じゃ済まされない傷を負っていたかもしれない。
見えない何かに警戒しつつ、壁に背中を付けて辺りを見回してみる。
激しく揺れていた灯篭の火が微弱になっていた。風で火の勢いを消されてしまったのだろうか。弱弱しい火は今にも消えそうだ。
消えそうな灯篭の火を見るが、影はあたしだけ。
‘居る’のに‘居ない’。この部屋はどうなっているのだろう。確かにあたし以外の何かが居る筈なのに、影さえ見る事が出来ない。
暫く警戒したまま動けずに居たが、何時まで経っても向こうから攻撃してくる気配は無かった。
…あたしが攻撃しない限り、向こうは攻撃してこない?


――そう考えてみれば、そうだ。
あたしが鞘から剣を抜いた、後に向こうも剣を抜いた。
あたしが剣を振るった後に向こうも剣を振るった。

真似しているのだろうか。それとも偶々なのだろうか。
頭の中で何かが突っ掛かる。頭痛がして一瞬目蓋を閉じた。

――心龍はあたし達の心を読み取る。ライカから聞いたその話を、あたしは他の6人にも話した。
多分、今あたし達7人が離れ離れになってるのはそれぞれの最大のトラウマが違うからだ。1人1人に違ったトラウマを見せ付ける為に、心龍はあ
たし達7人をそれぞれ別行動にさせたんだと思う。
その‘トラウマ’を大体予想出来るのはレインとセルシア。
レインはノエルだと思うし、セルシアはリトだと思う。2人が引きずってるのは、過去という重石。
今2人がそのトラウマである2人に出逢っているのなら…あたし達5人も、今トラウマを見せられてるって事になる。
マロンもリネも何となく予想付くし、ロアとアシュリーもわからない事は無い気もするけど。

じゃあ、あたし自身のトラウマって何だ?
cross*unionリーダー?それともヘレン?はたまたロア達?
…違う。確かにリーダーの事もヘレンの事もトラウマじゃないって言ったら嘘になるけど、一番のトラウマと言う程トラウマじゃない。
ロア達の事はトラウマと言うよりは後悔…かもしれない。
救えなかったこと。助けれなかったこと。何度も合って、それが後悔に繋がってる。だから‘トラウマ’とは違う。
じゃああたしの抱える‘闇’って何?
仲間達の事でも、裏切られたリーダーの事でも、騙されてたヘレンの事でも無いのなら。

答えは、ひとつ。


手に持っていた剣が指先を伝って地面に落ちた。落とした、と言った方が正しいんだろうか。
直ぐ後に、何処か遠くから同じ様に剣を落とす音が聞こえる。
トラウマ、と言う言葉じゃ可笑しいかもしれないけど、あたしが抱える一番の‘闇’。それは、きっと。

「ずっと逃げてた、」

向かい合う事を恐れて、逃げ続けてた。

「ぶつかる事を恐れてた」

ぶつかったら見失いそうで怖かった。

「そう。それはきっと―――」




自分、自身。










真似してたんじゃない。行動全てが‘一緒’だっただけ。
あたしの闇。それはきっとあたし自身だから。
だからこの部屋に居るもう一つの気配の答えは―――‘影’だ。


灯篭の火が刹那強くなって、一瞬だけ部屋全体が見渡せる程に明るくなった。
一瞬だったけど。確かに、見えた。

立ち尽くしてたもうひとつの‘影’。
それはあたしが向かい合う事から逃げ、ぶつかることを恐れていた。…涙を零す、私自身。

それは本当に一瞬だった。
此方を見ていたわたしが、一瞬だけ微笑んで。
――大きく揺れた灯篭の火が消えた。



――灯篭の火が消えると、部屋は本当に真っ暗だ。
動くに動けずに居ると、暫くして灯篭の火が再び灯る。

…其処にもう、自身の姿は無かった。
床に投げた剣を拾って鞘に戻すが、それ以外は何の音も聞こえない。…無音。誰の気配も感じなかった。


―――あたしは、ずっと逃げてた。
誰かと向き合うこと。自分と向き合う事さえも。
何処かで恐れてたの。だから上辺だけの関係を貫く気だったのかもしれない。
自身の心にも嘘を吐いて、そうして全てから逃げようとしていた。
誰かにすがる事で、逃げ切れると思っていた。
逃げれる筈も無いのに。
どうして向き合うとしなかったんだろう。

…それが、あたしの闇。

再び灯った灯篭の火は、先ほどに比べて比較的明るかった。
部屋を見渡してみると、気づかなかったが部屋の奥に階段が見える。
――あの階段以外に道も見つからないので、とにかく階段に近寄ってみた。
慎重に階段を上がると、やがて鮮やかな赤でペイントされた扉が現れる。扉を開いてみると廊下が続いていた。これも又一本道だ。
意を決して、廊下を歩き出した。


* * *

あたしが此処に来て、もう何時間かは経ってる気がする。
けれど一行にロアとイヴは姿を見せない。やっぱり2人共先に上に行っちゃったんだろうか。いよいよ不安になってきた。
溜息を吐くと、セルシアが此方を少しだけ見る。
「大丈夫?疲れた?」
「…ううん、平気」
疲れた訳じゃない。刻印ももう痛まない。だけど――。

――口を開こうとしたその時。あ、というマロンの声が聞こえて、同時に扉が開く音が聞こえた。
反射的に音のした扉の方を振り返る。

「やっと来たのね。この遅刻魔」

「…もしかして全員揃ってる?」

苦笑して扉から顔を覗かせたのはロアだった。…どうやらあたしは余計な心配をしていた様だ。
ロアがまだだったなら、きっとイヴもまだだ。
扉を閉めたロアが此方に寄って来る。

「全員は揃ってない。イヴがまだだから」

先程のロアの問いに対し、マロンの隣に座っていたアシュリーが立ち上がった。
アシュリーの言葉にロアが辺りを見渡したと同時―――再び聞こえた扉の開く音に、やっと来たのかと愚痴を零しつつも安堵してしまう。

「遅かったな」

彼女に最初に声を掛けたのはレインだった。
廊下から応接間に出た彼女が、辺りを見回して溜息を吐く。

「あたしが一番ドベって事ね…。待たせてごめん」

此方に歩み寄ってきたイヴが、傍に来て笑った。


――これでやっと全員揃ったって訳だ。
応接間の中央。果てしなく続く螺旋階段を見上げる。
この上に、きっと心龍は居るんだろう。造りからしてまず間違いない。


「――行こう。覚悟、出来てるんでしょ」

微笑んだイヴが踵を返して、階段に向かって歩き出した。










--It leads to Chapter Z!!--



BACK  MAIN  NEXT to Afterword